GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#127『もしもの愛』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのはイ・チャンドン監督の8年ぶりの新作。
イ・チャンドン作品といえば、めっちゃくらう映画ばっかりなんですが、それこそ長編映画の醍醐味。
どうせチケット代を払うなら、人生変わるような映画を映画館で見なくてなんとする。
軽い映画が好きな人はTikTokでも見て人生変えずに時間溶かしたらいいんじゃないすか。
でも、映画にお金と時間をかけられることを贅沢だという人もいるかもしれませんね……。
Text: Kyoko Endo
『パラサイト』より複雑化した階層社会を鬼才イ・チャンドンが描く、くらう映画
話しかけてくる近所の人に挨拶もそこそこに出かける一家。車の中で妻ミオク(チョン・ドヨン)は「黒っぽい服はこれしかなくて…」と言っていて、急な不幸のようです。行った先はやはり葬儀。泣き出す家族の話から、死因は自死であったらしい。この映画はそんなところから始まります。
亡くなったのは労働争議後クビになって自死した人で、葬儀にいたのはみんなストに参加していた仲間たちでした。大規模リストラに抗議もせず会社に残った人々とストに参加した人々との間で分断が起き、さらにリストラされた人の中でも、警察に暴行された人とそれを見殺しにして逃げてきてしまった人との間で分断が起き、小さな企業城下町で分断された人々が同じ集合住宅に住んでいたりして、街ぐるみで住人が傷ついているような状況です。
その葬儀の様子をドキュメンタリー映画監督のイェジ(チョ・ヨジョン)が撮影しています。夫のホソク(ソル・ギョング)がチャミスルを手酌でグイグイ飲み始めますが、ミオクに二杯目を止められて喧嘩になります。ホソクにはアルコールの問題もありました。なのにそのいざこざをイェジが撮ってしまい「何を撮ってるんだ!」とさらに大揉めに。
しかし映画を制作したいイェジは、ミオクたちに高価な焼肉をご馳走するなどして接近してきます。出会ったときは怒っていたミオクも女性同士で年齢も近いこともあり、自分にカメラが向けられるのもうれしくて、どんどんイェジと仲良くなっていきます。でもイェジが本当に撮りたいのは大会社のリストラの犠牲という自分のテーマに近いホソクのほうでした。
ホソクとミオクは労働者、イェジが知識人で、労働者対知識人という属性の違いがあるところに、監督の夫、名家出身のサンウ(チョ・インソン)も絡んできます。サンウは使用人を笛で呼びつけることになんのためらいもない生活を送ってこられた人。祖父が警官だったということから、日本の統治下で権力を得て、84年の民主化以前の軍事独裁体制で権力者側で富を貯めこんだ階層だということがわかります。
こうしてイェジという中産階級出身の知識人のために、決して会うことなどあり得なかった労働者層の夫婦と名家出身の富裕層夫婦が突然友だちのように振る舞うことになります。この階層の描き方はかつてポン・ジュノが描いた『パラサイト』の富裕層対労働者層より一層複雑化しています。
じつはサンウは心の中では労働者なんて目につくところにいない方がいいくらいに思っていた人です。子どものころから当たり前のように使用人に世話をされてきていて、人に好意を示されたりするのは当然だと考えている節もあります。高い教育を受けていて社交的に振る舞えるし、自分の車の下に誰かがものを落としたら車を動かして探すような親切さも見せることができ、妻のためにも頑張ってホソクたちをもてなしますが、どうしても埋まらない溝はずっとあるのです。
階層の差異は、イェジがインタビューを撮るためにホソクたち夫婦をサンウの別荘に招いたことでさらに顕著になります。別荘は、主人たちの目のつかないところで使用人によって整頓され掃除され美しく保たれています。そんな場所でサンウはホソクたちの子どものチョルにテコンドーを教えたりしますが、父親であるホソクは、仕事や争議やバイトで時間がなくてチョルにゆっくり何かを教える時間などありませんでした。
子育てにゆっくり時間をかけられるのは労働や家事をアウトソーシングできる有閑階級だけ。失業や孤独からアル中になってしまったホソクからすれば健康も贅沢品。イェジのように正義を声高に要求することも、生活に追われているミオクからしたら贅沢なこと。階層による差異とホソクが戦わざるを得なかった絶望を、監督は科学者がデータを積み上げるかのように積み上げていきます。ですが、ホソクとミオクの自尊心や意地、美しいものに心を動かされる感性など、どんな富裕層にも奪うことのできない労働者たちの品格もまた描かれている。何がすごいってこの映画はそこがすごいんです。
監督は鬼才と言われるイ・チャンドン。2023年にレトロスペクティブ上映が行われたのでそのとき過去作に触れた人も多いと思います。兵役で光州事件の加害の当事者になったことからトラウマを負った青年を描く『ペパーミント・キャンディ』や重度障害者に恋する発達障害の青年を描いた『オアシス』、人生をやり直そうと地方都市にやってきたのに息子を誘拐されてしまうシングルマザーを描いた『シークレット・サンシャイン』など、ずっしりくらう系のすごい映画ばかり撮ってきた方。そこもおすすめポイントなんです。
ちなみにこの『もしもの愛』は『ペパーミント・キャンディ』と『オアシス』主演のソル・ギョングがホソク役、『シークレット・サンシャイン』主演のチョン・ドヨンがミオク役で、もともとのイ・チャンドンのファンなら絶対見逃すわけにはいきません。イ・チャンドン作品初見の方も、是非スクリーンで見て打ちのめされてください。
『もしもの愛』
監督:イ・チャンドン出演:ソル・ギョング、チョン・ドヨン、チョ・ヨジョン、チョ・インソン
(2026/韓国/164分)
10月23日(金)より一部劇場にて先行公開
11月6日(金)よりNetflixで配信
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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