上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #122『マテリアリスト 結婚の条件』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #122『マテリアリスト 結婚の条件』 上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #122『マテリアリスト 結婚の条件』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#122『マテリアリスト 結婚の条件』

2026.05.20

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『マテリアリスト 結婚の条件』。
一見普通のロマコメに見えるかもしれませんがA24新作は一筋縄ではいきませぬ。
日本には夫婦同姓押しつけ問題があったりするので結婚という制度にいろいろなお考えもあるでしょうが、
そもそもなんで人は結婚するのか?
世間にウケがいい稼ぐ男を追い求めるべきなのか?
セリーヌ・ソン監督が実体験から描いた、笑えて深い必見作です。

Text: Kyoko Endo

A24ロマコメで納得、やっぱり愛がなくちゃね

セリーヌ・ソン監督は実体験をもとに創作するタイプらしく、いちいちリアルでうなずくことばかりです。前作『パスト ライブス/再会』もソン監督自身が脚本も手がけているのですが、これが本当に素晴らしい。前作では、アメリカで劇作家になった自分と、幼馴染だった韓国男子との再会を題材に人の縁の不思議さや関係性の美しさを軽妙に描いて、クリストファー・ノーランにメンションされるなど映画界の話題になりました。

本作も劇作家時代に生活のために婚活マッチングしていた経験をもとにしています。主人公は結婚相談所で9組のカップルを結婚まで導いたルーシー(ダコタ・ジョンソン)。9組ってそこまで多いと感じないかもしれませんが、顧客はニューヨークで弁護士や企業エグゼクティブとして稼ぐ人々で、結婚を望む相手はバブル時代の日本も真っ青の高条件というところがちょっと事情が違います。会費もそれなりなビジネスなんです。

ルーシーが勤めている企業は男性と女性の双方の会員同士をマッチングするシステム。ゲイカルチャー盛んなニューヨークではストレートの男は貴重なので、ルーシーは通勤途上で高身長のそれっぽい男性が歩いてきたら声をかけて有望会員をスカウトします。顧客は本音全開。女性たちは「ハゲはイヤ」「デブはイヤ」「身長は6フィート(180センチ)以上」「人種差別したくないけど夫にするなら白人」「年収は20万ドル以上がいいけど10万でも許容する」などなど。男性会員も「30代のスリムな女性と言ったのに40代のデブが来たから退会する」などと言ってきます。39歳の中肉中背なのに。

そんな失礼な通告を女性会員にどう伝えるか。ルーシーはまるでAIのように「デートは楽しかったけどケミストリーがなかったと言っていたわ」などと言って、フラれた女性会員を元気づけて会員につなぎとめるのですが、どっちの不平も聞いているから人間を条件だけで見るようになってしまっています。「彼女はOKクォリティ」「いい人だけど特色がないから売れない」というふうに。

そんなルーシーは顧客の結婚式で、身長180センチ以上、PE投資の同族企業役員でクレイジーリッチなハリー(ペドロ・パスカル)に出会います。そしてその結婚式でウェイターのバイトをしていたのが元カレで舞台俳優のジョン(クリス・エヴァンス)。ジョンと別れたのは嫌いになったからではなく、記念日にも余裕がない彼の貧しさや大事にしてもらいたい願いが叶わない悔しさや悲しさが原因でした。

ハリーは弟夫妻を結びつけたルーシーの聡明さを気に入り、猛プッシュをかけてきます。デートは毎回高級レストラン。ジョンと行きたかったのにその前段階の駐車料金で喧嘩になって諦めたようなディナー料金をこともなげに払うハリー。トライベッカの18億9000万円のペントハウスに住んでいて服や髪型のセンスもいい。

ハリーには欠点らしい欠点がありません。「あなたやあなたの弟みたいな人がいるから女性会員は理想を下げられない」「お互いの市場価格を比べると私の価値では見合わない」と言うルーシーに「形のない資産(intangible assets)に魅かれているんだ」と返す頭の回転の速さ+「僕は金ならたっぷり持っている」という経済力と鉄壁の自信。ジョンの演劇の公演につきあってくれて「おもしろかった」と言ってくれる懐の深さ(ちなみにこの演劇もセリーヌ・ソン作)。

ジョンはいいやつなんですが、小説家志望の友人や俳優仲間とルームシェアしていてまだまだうだつは上がっていない。しかし顧客に重大なトラブルが発生してルーシーは自分の仕事に疑問を抱きはじめ、直後にハリーが決定的に持っていないものに気づいてしまいます。原題がMaterialistsと複数形なのがミソ。人を条件だけでふるいわけてきたマッチングメーカーが経済状況や身長や体重や年齢といった目に見える価値以外の何かに目を向けざるを得なくなったとき……というのが、このドラマのキモなんです。

どんな相手とつきあうかで人生が大きく変わってしまうのは、先先月ご紹介したダルデンヌ兄弟の『そして彼女たちは』でも見ましたね。でも今回はあれとは真逆の超リッチな世界。もし自分が5億持っていてもその相手を選ぶのか想像してみれば自由に選択できるという発想もありますが、そんなのも揺るがすラグジュアリー度で、たぶんハリーは50億ぐらい余裕で持っている。でもそこに絶対になくてはならない何かがない、という状況です。

かつては女性に経済力が与えられていなかったので経済力がある男性と結婚して生活していくケースが多かったわけで、愛があればそういうのもいいけど愛がないと家事と貨幣の交換どころか無償の家事労働を死ぬまでやるみたいな関係性になってしまうのではないか。女性にとっては体のいい奴隷制みたいなもんだったから家父長制にいま厳しい目が向けられているのでは? そして結婚≠生計とすると、誰かと一緒に住むのは何のため?

双方が経済的に独立していて価値観や趣味が合ったとしても、妊娠出産や流産や病気、転職に退職、借金や事件など、人生って転機だらけ。出世や大金で性格が悪くなる人もいます。お金は多くのことを解決してくれるけれど、出してもらって気兼ねしたり、出して恩に着せてしまったりとかもよく起こるものです。だから年を取ったとき相手と一緒にいてもいいと思えるかどうかは結局そのときも相手といて楽しいとかおもしろいとか安心できるとか……つまり相手を好きかどうかってことになりますね。

ルーシーが劇中で言う通り、結婚って1年2年どころか10年でも先行きがわからないものですが、本作は愛と人生についての名台詞だらけ。台詞のおもしろさばかりじゃなく、人間の条件みたいなことをコメディで考えさせる深みがあり、将来結婚なさるつもりがなくても、もしくはすでに結婚なさっていても見ておいていただきたい作品です。エンディングテーマはジャパニーズ・ブレックファストのオリジナルですよ。

『マテリアリスト 結婚の条件』

監督・脚本:セリーヌ・ソン
出演:ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカル
(2025/アメリカ/116分)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
5月29日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
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PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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