GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#27『ワイルドライフ』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。今回の作品はアメリカの家族の物語。
といっても強いパパと優しいママのウソっぽいアレではなく、壊れていく家族。
とくに母親の行動に欧米の観客はショックを受けたようですが、
夫に忍従する貞淑な母親像しか見たくないなら昔の退屈な映画だけ見てればいいのです。
壊れていく関係性を描いていても心に残る、美しい映画です。
Text_Kyoko Endo
大竹しのぶみたいなキャリー・マリガン。
ポール・ダノはすごくいい俳優ですが、私にはなんとなくぼんやりした子どもみたいな印象でした。そんな印象を受けたのは私だけではないはずで、というのも役柄も、誘拐容疑をなすりつけられて拷問される知的障害の青年(『プリズナーズ』)とか、天才ミュージシャンなのにお金を父親に搾取されたりマネージャーに持ち逃げされたりするスター(『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』)とか、憧れの女性とやっと結婚したら公然と浮気されまくる夫(『戦争と平和』)とか、いい人なのに不運だったり要領が悪い、聖愚者みたいな役が多いのです。ダノ自身、自分は少しおっとりしていて何にでも疑問を抱くタイプだとインディペンデントのインタビューで語っています。しかし、ゆっくり考える人ほど深く考える。ダノもそうだったらしく、初監督したこの作品は素晴らしい出来となりました。
父子がアメフトの練習をしているシーンから映画は始まります。典型的な平和なアメリカのイメージ。父親は子どもに宿題をやったのか尋ねたりして教育熱心。でも、場面が進んでいくうちに父親は元はプロゴルファーだったけれど成功できず、ゴルフクラブでコーチ兼雑用係をしているとわかります。客の靴を磨いてあげたりしてちょっと太鼓持ちみたいな感じ。小切手が不渡りになっていたりして家計は苦しそう。なのに父親はゴルフクラブのマネージャーと揉め、結局その仕事を辞めてしまいます。スーパーのレジの仕事はやりたくないけれど妻が外で働くのも気に入らない。妻は業を煮やして水泳コーチの仕事を見つけてきます。
これは子どものフラットな目を通して、壊れてゆく夫婦関係が描かれていく物語なんです。子どもが起き出していくと、父親がソファに寝ていたりする。もう両親は同じ部屋で一緒に寝ていない。それだけ夫婦仲が冷えきっているということ。父親は肉体労働を始め、山火事の消火作業に行くという。生命の保証がないうえ低賃金の仕事なので、母親は猛反対しますが、聞かない。男らしさを示さなければという考えに取り憑かれているのです。消火作業は山奥のキャンプに寝泊まりするので、長期間家を空けることになります。「小遣いをやりたいが金がない」見送りにきた息子にこんな台詞を言って、たいした金にならない出稼ぎに…。
父親がいなくなったある日、母親は息子を車に乗せて山火事の現場に行きます。広大な自然の中の、小さな車にいる母子。風景が美しすぎて切なくなるほどです。結局、夫が理解できないってことしか理解できなかった彼女は、夫に代わる愛人をつくります。相手は成功しているカーディーラーで、水泳教室の生徒で、飛行機を持っているほど金持ちだけど、初老。飛行機に乗っているときのことを子どもに話してくれて、その内容は村上春樹の短編みたいなのだけど、同じ席で「成功できたのは周りが無能だからだ」「富は富を生む」とか言っちゃうような人です。母親も女性は誰かに養われるべきだという幻想にしがみついているから“安定”を彼女にくれそうな手近な男性のところに気持ちが行ってしまう。はっちゃけ方が大竹しのぶさんの演技にも似ています。
まだ若い母親にしてみれば、夫の仕事のために自分の仕事を辞めて友だちも親類もいない山奥の町に来たのに、当の夫が仕事を辞めてしまってなんかよくわからない自分の理想を追いかけている。でも子どもがいるからいまさら帰ることもできず、自分らしい生き方もわからなくなっている状況。父親は父親で、どうにかしてこんなはずじゃなかった自分の人生と折り合いをつけなければならない。大体ここんちの親ってすごく未熟で子どもにもそれを隠さない。生活が大変すぎて隠せないのです。
この映画は、家族全員に感情移入できる細やかな描写が素晴らしいのです。父親の無能や母親の不倫を糾弾するのではなく、そのどうしようもできなさを描いている。同じタイトルの原作小説(邦訳はまだありません…)をもとに脚本を書いたのはポール・ダノと、彼の私生活のパートナーでもあるゾーイ・カザン。彼女も俳優で『ビッグ・シック』などに主演しています。舞台で『かもめ』に出演したときキャリー・マリガンと共演して仲良くなっていたそう。
俳優たちの無言の演技に委ねられている部分が多いのもさすがです。父親を演じるのはジェイク・ギレンホール。この人が出る映画は軒並みおもしろいので見たほうがいいです。それこそ『プリズナーズ』でもダノと共演していますが、台詞などなくても心中を表現できる素晴らしい俳優です。母親を演じるキャリー・マリガンも演技力に定評のある俳優です。そんな名優たちに引けを取らないのが子役のエド・オクセンボールド。『ヴィジット』に出ていた男の子、といえば、成長の早さに驚かれる読者の方もいそう。この映画の中ではポール・ダノにそっくり。
で、最終的には、浮気(なのか本気だったのか)がバレて、二転三転するのですが、そのときに父親が「ain’t this a wild life ?」(なんて人生だ!)と言う言葉が、wildlife(飼いならされていない動物)にかかったタイトルになっています。子どもは親を選べない。生まれた場所でなんとか生きのびていくしかないのです。未熟な大人のもとで生活せざるをえない子どものサバイバルを描きながら、それでもそこには愛があり、郷愁があって、記録しておきたかった思い出がある — そんな子ども時代を描いた美しい小説のような映画です。
『ワイルドライフ』
(2018/アメリカ/105分)監督:ポール・ダノ
出演:キャリー・マリガン、ジェイク・ギレンホール、エド・オクセンボールド
配給:キノフィルムズ
7月5日(金)YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館ほかにて全国ロードショー
(C)2018 WILDLIFE 2016,LLC.
公式サイト
『ワイルドライフ』を観た人は、
こっちも観て!
今回は俳優陣と監督の最近の出演作を紹介します。ダノは死体と旅する『スイス・アーミー・マン』のほう が近作ですが、代表作的なものから先におすすめする次第です。彼らの出演作はどれも要チェックですよ。
『ゴールデン・リバー』
『ワイルドライフ』と同日公開のギレンホール出演作。法律があってないような開拓時代。金を探しにいく西部の旅は二転三転して意外すぎる結末へ。ギレンホール目当てで見に行って、ジョン・C・ライリーを好きになって帰るかもしれませんが。公式サイト
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』
ビーチ・ボーイズのボーカルでソングライター、ブライアン・ウィルソンの波乱に満ちた人生。60年代のウィルソンをダノが、80年代のウィルソンをジョン・キューザックが演じる。ビーチ・ボーイズは『アス』などでも印象的に使われる一般教養。是非ご一聴を。公式サイト
『未来を花束にして』
女性は投票すらできなかった1910年代のイギリスで、参政権獲得のために闘ったサフラジェットたちの物語。マリガンが演じるのは、劣悪な労働条件で働いてきて娘にはよりよい未来をと願う母親。世界が少しはマシになったのは彼女たちのおかげ…。公式サイト
PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。