GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#43『ジュディ 虹の彼方に』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
多少のネタバレはご容赦ください。今回ご紹介するのは『ジュディ 虹の彼方に』。
先日の第92回アカデミー賞でレネー・ゼルウィガーが主演女優賞を受賞した傑作です。
そのパフォーマンスの迫力たるや…!
Text_Kyoko Endo
アカデミー賞主演女優賞の圧倒的演技を見て!
今回ご紹介するのはアカデミー賞主演女優賞受賞作の『ジュディ 虹の彼方に』。とくに新しい趣向はない正攻法の映画なのですが、レネー・ゼルウィガーのパフォーマンスは必見。私はいつもメモを取りながら試写を見るのですが、おもしろい作品はふたつに分かれます。メモが膨大になる映画と、引き込まれすぎてメモを取る手が止まる映画。今回は手が止まったほうです。
この『ジュディ』とはジュディ・ガーランド。1922年生まれのハリウッド女優です。2歳のころから子役として舞台に出て、1939年の『オズの魔法使い』でスターダムに。しかし契約していたMGMの苛酷な管理でティーンのころから痩せ薬などを飲まされ、睡眠薬を手放せず、精神的に不安定になって撮影をすっぽかしたりしているうちにクビになり、財産管理もできなくてお金でも苦労して47歳で睡眠薬の過剰摂取で亡くなってしまいます。
しかしこのころのハリウッドって女優の扱いが相当酷かったらしく、みんなこんななんです。M G Mはジュディのほかディアナ・ダービンとも契約していましたが少女スターはひとりでいいという社長の判断でディアナはあっさりクビに。ディアナはユニバーサルに移って『オーケストラの少女』で大成功を収めるものの、ハリウッドのスタジオシステムを嫌って30歳そこそこで引退してしまいます。ジュディは精神錯乱状態になり『アニーよ銃を取れ』を降板しましたが、そこでジュディの代わりに主役を演じてスターになったベティ・ハットンものちに鬱になって睡眠薬中毒になってしまいました。ジュディの娘のライザ・ミネリもアルコールと薬物の中毒に苦しんだ時期がありました。なんかもう、死屍累々という感じ…。
本作にも出てきますがMGMを作り上げた鬼社長ルイス・メイヤーの、まだ幼いジュディに対する追い込み方がすごい。冷酷なマネージャーに徹底管理させ、食事や睡眠時間もまともに与えません。ジュディが健康を守るためのまっとうな要求をおずおずと切り出すと「じゃあさっさと無名のティーンに戻りたまえ」と洗脳に近い説得でジュディがあきらめるように仕向けるのです。
メイヤーはロシア移民の子として育ちスクラップ業者から劇場を買い取り劇場チェーンを拡大して行った立志伝中の人物でシビアなんです。俳優たちの賃上げを認めなかったなど様々な逸話が残っていて、彼のスタジオって独裁国家みたい。ジュディはそんな巨大システムの中で自分を二の次にすることばかりで育ってきたので自分を大事にできない大人に育ってしまいました。ずっと孤独だから恋をするとすぐ結婚したくなっちゃう。でも夫たちは愛が冷めると敵対してしまう。ジュディはひとりで戦っているのです。
しかしこの映画の魅力は、逆境を生きたジュディの強さと優しさを描いているところ。「自分たちと違う人間が気に食わないのよ」とエスタブリッシュメントを批判しゲイのファンたちを慰めるシーンで、それが際立ちます。夜中のロンドンをひとり歩く姿なんて侍みたい。舞台の上でももちろんひとりで観衆を納得させるパフォーマンスを見せなくてはなりません。
映画はジュディが子連れで宿泊料金を滞納してホテルを追い出されるところから始まります。体面を気にする高級ホテルが大スターを放り出すなど通常はありえないので、やはり滞納が度を越していたのでしょう。どこに行くか考えながらタクシーでぐるぐる街を巡りますが「あのホテルはだめよ」などと言っている。別のホテルでも追い出されたことがあるようです。結局離婚した夫の家を夜中に訪ねるのですが、子どもはずっといていいけど君は出て行って、ということになる。子どもを手元に置きたいジュディはお金のためにロンドン公演に行くのです。
そのロンドン公演でのドラマがこの映画の主軸で、ステージでジュディ・ガーランドのナンバーを歌い上げるレネー・ゼルウィガーに圧倒されます。タイムズはこの作品を『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』と並べて賞賛していますが、本当にそういう感じ。この作品を見るまではジュディ・ガーランド? エラくクラシックだけど…と思っていた自分を張り倒したい。
ところでアカデミー賞授賞式で、レネーはシャンパンではなく水を飲んでいました。健康のためかもしれませんが、授賞を確信してスピーチに備えていたのかもしれません。実際、5本の主演女優賞ノミネート作品を見たなかで、彼女は際立っていました。レネーはジュディ・ガーランド本人は主演女優賞をもらえなかったことに触れ「ジュディ・ガーランド、これはあなたのものです」とスピーチしました。レネーの役への入りこみ方を見れば、ジュディの名誉を回復するために、ジュディに身を捧げて賞を獲得したようにも思えるのです。
『ジュディ 虹の彼方に』
(2019/イギリス/118分)監督:ルパート・グールド
出演:レネー・ゼルウィガー、ジェシー・バックリー、フィン・ウィットロック
配給:ギャガ
© PATHÉ PRODUCTIONS LIMITED AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2019
3月6日より全国ロードショー
公式サイト
『ジュディ 虹の彼方に』を観た人は、こっちも観て!
ジュディやレネーの映画はぐぐれば出てくるので、ひとり戦う女性パフォーマーの映画を集めてみました。アカデミー賞主演女優賞作品は強い女性だらけ。歴代ノミネート作品もディグってみるといい刺激をもらえそうです。
『A M Y エイミー』
2011年に27歳で亡くなったエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー。頼った男に裏切られるところも、酒と麻薬でステージで失敗して観衆から缶を投げつけられる痛ましいシーンもジュディと重なります。強烈に素晴らしい歌と無頼な生き方も…。『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』
これも毒親に育てられダメ男に引っかかった女性の物語。五輪選手が夫にライバルを襲わせた事件を劇映画化。せっかく才能があって血の滲むような努力をしても地位を守れるかどうかは男次第です。マーゴット・ロビー主演+プロデュースも話題に。『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』
スポ根マンガ以上に過酷な、五輪選手の凄まじい裏側を描き切ったドキュメンタリー。ほんの少しの集中の乱れにも鬼コーチに「くそったれ」「ろくでなし」と罵倒される女王の姿に、メイヤーに追い込まれるジュディを思い出します。4月10日公開。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。