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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #85『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #85『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#85『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

2023.03.02

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
前回がVol.86かと思っていたら、年末年始が番外編だったので、どうも今回がVol.86のようです。
別のバースで年末にVol.85を書いていたようだ。今回ご紹介するのはマルチバースものの傑作コメディ。
今年のアカデミー賞最多ノミネートで話題なので、公開を楽しみにしている人も多いはず。

Text_Kyoko Endo

これ以上突き抜けた作品は当分出てこないかも。

略称エブエブを皆様に見ていただきたい気持ちでいっぱいの今日このごろ。ときには1日3本くらい試写を見ているなか、ある一本の映画のことばかり一週間くらいずっと考えている…というのもよくあることですが、朝、思い出し笑いで目が覚めたのは、この映画が初めて。アカデミー賞10部門11ノミネートに従って、見どころを説明していきたいと思います。

コインランドリーを経営しているエヴリンは税金の申告準備に追われていて、しかも絶縁状態だった父親がそのタイミングで中国から会いにくることになっている。結婚を反対されて駆け落ち同然に家を飛び出したので、父親にはどうしてもいいところを見せたいが、娘はレズビアン。いい娘でいることといい親になることが同時にはできないストレスと忙しさでパニックを起こしかけているところに、別の宇宙からきた夫に宇宙を救えと言われる…ここまで、ついて来れてない人いませんよね? みんな『ドラえもん』見たことあるよね?

エヴリンはマルチバースの別の自分の能力を借りて戦うことになります。別のバースにジャンプするときは、そのエネルギーを得るため思いっきりおバカなことをしなくてはならず、俳優たちが全員Jackassか!と突っ込みたくなる振り切った奇行をやりまくってくれます。そしてまた、マルチバースが多様すぎ。人類が誕生していなかったり独自の進化を遂げていたりするバースやアニメパートも。マルチバースというSF設定に、家族や思いやりをテーマにしたストーリーでアカデミー賞脚本賞&見どころしかない満足感で作品賞にもノミネートされました。

ADHD気味なのにクレイジーな環境で戦わなくてはならなくなったエヴリンを演じたのはミシェル・ヨー。集中力が散漫で感情も不安定な母親がバースジャンプでこれまでの人生を一挙に見せられ、目はうつろで肩で息をする…彼女の演技のリアルさで、ありえない設定に一気に引きこまれてしまいます。別のバースのカンフースターの能力コピー後のアクションは流石で、主演女優賞にノミネート。もともとジャッキー・チェン作品などでカンフースターとして人気を博しつつ『宗家の三姉妹』など文芸作でも演技力を評価されていた俳優で、最近では『ガンパウダー・ミルクシェイク』でも素晴らしいアクションを披露していましたね。

夫役のキー・ホイ・クァンも助演男優賞にノミネート。すでにゴールデングローブ助演男優賞を獲得しています。お父さんやお母さん世代では『インディ・ジョーンズ』や『グーニーズ』の子役時代を懐かしく思い出す人も多いはず。しかしアジア人俳優には不遇の時代、子役の年齢をすぎると役に恵まれず、カンフーアクションの指導者の道へ。久々に俳優復帰、しかもオーディションを受けて参加したのが本作。ウェストポーチを使ったキレッキレのカンフーを披露してくれます。

助演女優賞には、コインランドリーをやっているエヴリンのバースでは国税局員、別のバースではエヴリンの恋人や悪の手先というやはり多様な演技を求められたジェイミー・リー・カーティスがノミネート。ミシェル・ヨーともキー・ホイ・クァンとも格闘シーンがあり、ミシェルへの飛び膝蹴り+キーへのバックブリーカー+さらにはちょっと想像できないバースでのラブシーンなど脳裏に焼きつく見どころ多数。

エヴリンの娘で、別のバースでは宇宙の暗黒女王ジョブ・トゥパキのステファニー・シューもダブルで助演女優賞にノミネート。渡辺直美を思い出させるややプラスサイズなかわいさ。母親の不器用な言動に傷つく娘の寂しさも、闇堕ちした悪の女王の孤独にも、二人の絶望にも共感できます。

このジョブ・トゥパキの衣装がめっちゃかわいいのですよ。きゃりーぱみゅぱみゅとレディー・ガガのステージ衣装を足したみたい。エヴリンの衣装もバースによって『侍女の物語』の労働キャンプの人みたいだったり、銀幕の女優らしい豪華なパーティードレスだったり、京劇のようだったり、遊び心に溢れるクリエイションで衣装賞もノミネート。

音楽のソン・ラックスもノミネート。ソン・ラックスのライアン・ロットとデヴィッド・バーンとミツキが参加したオリジナル曲もノミネート…ともはやキリがなくなってきた感じもしますが、監督はダニエルズ。ダニエル・シャイナートとダニエル・クワン。映画学校で知り合い、ミュージック・ビデオの世界で活躍してきた二人で、最初の長編が『スイス・アーミー・マン』。ポール・ダノが無人島で死体と友だちになる男を演じて映画ファンをどよめかせました。ハリー・ポッターのラドクリフが死体役を演じたのも当時は衝撃でした。ダニエル・シャイナートの単独監督作を除けばスイスの次がエブエブで、長編2作めで監督賞ノミネートは快挙。

ノミネート部分以外でも、カンフー指導者役の西脇美智子や、別のバースではターミネーターのようなおじいちゃん役のジェームズ・ホン、『RRR』みたいなアクションを披露するハリー・シャム・J Rなど注目していただきたいところだらけの映画。でもエブエブは大きな賞を狙って撮ってないみたいに見えるんですよね。監督たちが個人的に好きなものを詰めこんで、趣味を極めて撮ったら当たっちゃったのではないかと。

なにしろミシェル・ヨーは現在60歳、ジェイミー・リー・カーティスは64歳で、キー・ホイ・クァンは復帰第一作。ステファニー・シューは舞台やテレビシリーズのキャリアはありましたが自主制作映画にしか出ていませんでした。アラ還スターと無名の俳優+アジア人家族+説明困難なS Fと古い映画会社が二の足を踏む要素だらけで大成功。

公開時はたった3館でスタート。それが昨年12月時点で4000館に、100賞以上の受賞に…と大きくなって、結果、A24で最高収益。なおかつ整理すべきところは整理する編集術もよき。編集もアカデミー賞ノミネートされてたんでした。マーケティングやアイドル人気に乗っかった企画では逆立ちしたって創れっこないクリエイション。見てほしい作品しかレビューを書かない私ですが、この映画は本当にいますぐチケットを予約して祭りに参加してほしいと思っています。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

(2022/アメリカ/140分)

監督:ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート
出演:ミシェル・ヨー、ステファニー・シュー、キー・ホイ・クァン、ジェイミー・リー・カーティスほか
配給:ギャガ
©︎2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
3月3日(金)より全国ロードショー
公式サイト

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』だけじゃない! 3月のおすすめ映画。

エブエブは私は本当に好きだし、3月中旬にはバースジャンプのモノマネをあちこちで見ることになりそう。しかしSFに尻込みする人がいることもわかってます。SFが苦手な人にも楽しんでいただける作品もまだまだありますよ!

『別れる決心』

登山中の滑落事故、妻の殺人が疑われるが――復讐三部作の天才、パク・チャヌク監督の最新作。「これまでも愛の物語を撮ってきた」とおっしゃる監督の、会心のラブストーリーです。ラブストーリーだと理解できるまでに数回見る必要があるかもしれませんが、そこがわかると鳥肌もの。公開中。

『エンパイア・オブ・ライト』

名匠サム・メンデスがコロナ禍で映画館の必要性を実感して制作した美しい作品。80年代のイギリスの海辺の街で、映画館で働く中年の女性は、進学を断念してやってきた黒人の青年に出会う…。スカや2トーンなど当時の音楽もフィーチャーした映画賛歌。公開中。

『逆転のトライアングル』

カンヌのパルム・ドールでこれもアカデミー賞監督賞ノミネート作。インフルエンサーがクルーズ旅行に招待されますが、金持ち至上主義ゆえにクルーズ船が転覆、流れ着いた島で無力な金持ちに生活力のある掃除婦が下剋上というパワフルな階級差ものです。公開中。

『ボーンズ・アンド・オール』

ルカ・グアダニーノ監督の新作。ティモシー・シャラメとテイラー・ラッセルが食人鬼を演じる、ホラー要素強めのラブストーリー。80年代のアメリカを舞台にした美しいロードムービーです。※これを見るなら絶対エブエブより先に見ておくこと。公開中。

『WORTH』

大規模テロ事件911が起きた訴訟社会のアメリカ。大量の訴訟が起こると国庫は破綻する。しかし被害者救済はマスト、そのため亡くなった人々の生命の値段を算出することになった弁護士たちが目の当たりにしたのは…。マイケル・キートン主演の社会派人間ドラマ。公開中

『唯一、ゲオルギア』

名作揃いのオタール・イオセリアーニ映画祭が開催中。なかでも本作はジョージアの歴史を一挙に見せてくれる貴重な日本初公開作。上映時間246分とはいえ4世紀からの長大な歴史を紐解くほんの数時間で、旧ソビエト社会の理解も深まる貴重な映像ばかり。公開中。

『センキョナンデス』

日本の地方選挙ってこんななの? 東京にいてはわからない抱腹絶倒選挙ドキュメンタリー。『香川1区』のB面というより両A面みたいな作品でありつつ、大事件の記録でもあります。エモい前振りのプチ鹿島さんのワードチョイスには学ぶところしかない。公開中。

『マジック・マイク ラストダンス』

男性ストリッパーのマイクは足を洗ったものの事業に失敗、バイト中に富豪の妻に気に入られ、ロンドンの老舗劇場で男性ストリップを公演することに。才能あふれるダンサーたちのステージはめっちゃ楽しいです。とにかく気分をアゲてくれる作品。3月3日公開。

『フェイブルマンズ』

スピルバーグ監督の自伝的な作品で、映画制作に夢中な長男の目から見た崩壊していくユダヤ人家庭を描く。ハッピーな成長物語というより、じつは、母が夢と現実に引き裂かれることで家族が変質していく様子を、子どもの解離症状まで冷徹に描写したドラマ。3月3日公開。

『マイヤ・イソラ 旅から生まれるデザイン』

マリメッコの主力商品のほとんどをデザインしたマイヤの足跡を本人の日記や手紙、アーカイブ映像で綴るドキュメンタリー。19歳で娘を出産したものの、娘を母に預けて美術を学び世界を放浪するように旅したマイヤ。娘への手紙からその強さや原動力が明かされる。3月3日公開。

『Winny』

データ交換ファイルを開発したためにでっちあげ逮捕されてしまったプログラマーの実話をもとにした劇映画。素晴らしい法廷もので、無実のプログラマーを支援する弁護士たちが熱いです。政治が不健全だと経済発展もないことを証明する作品でもあります。3月10日公開。

『書かれた顔』

私はフェミニストだけどフェミニンな美しさもやはり大事だと思います。ダニエル・シュミットが日本で出会ったフェミニンな美しさを撮った作品が4Kに。絶頂期の坂東玉三郎さん、玉三郎さんが手本にする杉村春子さんから美しさやエイジングについて考えさせられる名作。3月11日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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