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The Identity of NATTOFRANCO.
納豆フランコというアイデンディディ。
Photo_Yuichiro Noda
Interview&Text_Mami Okamoto
Interview&Text_Mami Okamoto
JAPANESE
ENGLISH
NATTOFRANCO。日本語で書くと、納豆フランコ。
一度聞いたら忘れられない、風変わりな名前のブランド。
デザイナーのノエミ・アイコ・セバヤシは、パリで生まれ育った、日本とフランスのハーフの女の子。
国籍はフランスだけど80年代の日本カルチャーが大好きという独特のアイデンティティと、
私たちと同じ瞳と髪の色をもつ不思議な女の子です。
そんなノエミが作る服は、彼女自身に呼応するようなマイノリティな強さにあふれ、
ほかのどこにもない、国籍不明のアウトプットが話題を集めています。
そんな彼女に日々の生活のこと、服作りのこと、ちょっと変わったアイデンティティのこと、
パリの彼女の自宅兼アトリエにて話を聞きました。
パリのマイノリティを象徴する、ちょっと変なブランド名。
- 〈納豆フランコ〉というブランド名、すごく変わってますね。由来を教えてください。
- ノエミ・アイコ・セバヤシ(以下ノエミ):私はフランスと日本のハーフなんです。どちらのアイデンティティも持ち合わせているって意味を込めて、日本の伝統食である納豆とフランスを掛け合わせたブランド名にしました。なんで納豆かというと、単に納豆が大好きだから。私は食べ物のアイデンティティも白人じゃないのね。
- ノエミはフランスと日本のハーフなんですよね? 日本に住んだことはあるんですか?
- ノエミ:日本に住んだことはないんです。フランス生まれフランス育ち。だから、日本語はほどんど話せないんです。でも、北海道の美幌町というところにおじいちゃんおばあちゃんが住んでいるから、自分のルーツや日本のカルチャーを知るためにも、機会があればなるべく帰りたいと思ってます。パリに住んでいる日仏ハーフの子たちは、日本語と日本の文化を学べるインターナショナルスクールに行くことが多いんだけど、私は現地の公立学校に行ってました。普通にフランス人として暮らしているんだけど、半分は日本人だから、学生時代はマインドが混乱することが多かったです。
- 日本人ハーフの女の子って、パリではどんな存在なんですか?
- ノエミ:フランスには日本人のハーフって少なくて、すごくマイノリティな存在なんです。日本にいたほうが、ハーフの存在がよそ者っぽくないと思う。小さい頃は、私は国籍はフランスなんだけど、やっぱり純粋なフランス人じゃないんだなっていう思いがあって、自分は人とは違うっていう思いを常に抱えて育ってきました。いまは仕事もあるから気にならないし、むしろハーフであることは強みだと思っています。
日本人の父親がクリエイションとファッションの原点。
- お父さんが日本人なんですよね?日本のカルチャーに興味を持ったのはお父さんの影響?
- ノエミ:はい。80年代のカルチャーをリアルに生きてきた父の存在が大きいです。私は、パリにいながら、日本のアーカイブに囲まれて育ったんです。父は広告業界で働いていて、昔は仕事を全部手作業でやったりしていたから、私もコラージュとか手作り感のあるものが好き。そういうクリエイションの部分でも父の影響を受けています。ちなみに、納豆フランコのカリグラフィは、わざとちょっと下手な感じで、父が描いているんですよ。
- 例えばどんなものから日本のカルチャーに影響を受けたんですか?
- ノエミ:特に80年代の本やポスター印刷物から。写真集やマンガ、ちょっとエッチな本なんかもおもしろいし、漢字やひらがなのフォントも私にとってはとても新鮮とっても新鮮なんです。街の看板やパッケージデザイン、アイドルや女子プロレスとか、当時流行っていたちょっとキッチュな髪型や服装や、お化粧の感じとか、歌謡曲やフォークソングもとっても好きです。時代も国も越えて色々な日本のものを見て育ったんですよね。そういうものからインスピレーションを得て、かなり細かい部分まで服にアウトプットしてます。
- ファッションに興味を持ったきっかけもお父さんの影響?
- ノエミ:そう。父は私のファッションアイコンであり、ファッションの原点です。小さい頃から、父とよくパリの古着屋で買い物してて、男の子の洋服ばかり着てたんです。古い〈カーハート(Carhartt)〉のブルゾンと〈エレッセ(ellesse)〉のジョギングパンツに、リブのレギンス。足元はボルドーのドクターマーチンみたいな。そういうのもフランスでは、とても珍しいスタイルなんです。だから、子どもの頃から私はパリのストリートの若い子たちとは違うんですよね。それはすごく思う。
- 最近、盛り上がっているパリのストリートカルチャーについてはどう思う?
- ノエミ:正直、パリのストリートカルチャーって、ロンドンやNYのコピーだなって思うんです。だから、私に影響を与えるものではないかな。トレンドについても全然わからない。私はフランス人みたいな格好はしないから。そう言ってしまうとパリで服を作っている意味なんてなくなっちゃうけど、正直、友達と家族がいるからやっているって感じなんです。ロンドンやNYのストリートは、街自体がカルチャーって感じがするからカッコいい。他のどこにもない、街特有の空気があって個性があって。だからロンドンやNYにいるストリートの女の子たちはみんな私のミューズです。
- フランスの女の子と日本の女の子、違うと思うことはある?
- ノエミ:「女の子でいる」ということに関して、日本とフランスではスタイルが違うと思う。日本はフェミニンで、女の子が女の子らしくいないといけない感じ。パリでは最近、トムボーイみたいな子が受け入れられているけど、結局日本人もフランス人も、男の子は女の子が好きなんですよね。理想の女の子像を抱いているから、自分はずっとアウト・キャストだったわ(笑)。
日本でもフランスでもない、マイノリティが発信する服。
- ところで、自分でブランドを立ち上げようと思ったのはどうして? ブランドを立ち上げるまでは何をしていたんですか?
- ノエミ:高校を卒業してファッションスクールに2年間通って、19歳からパリを拠点にするクチュール系のブランドでインターンをして、服作りに関しては一通り学びました。その後、ジャーナリストのダイアン・ペルネのアシスタントになって、ブログを書いたりしていたんです。学校も行ってたし、洋服は好きだったんだけど、モードは嫌いだった。それは、ファッション業界に入って改めて思ったこと。だから、私は自分の好きなものを作ろうって思ったんです。ブランドを始める前は、お金が必要だからたくさんのバイトをしてました。その経験は自分ためによかったかなとも思ってます。〈ジャックムス(JACQUEMUS)〉だって、昔は〈コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)〉で働いていたでしょう? 大変だけど、やりたいことを叶えるためには必要だったと思う。
- 〈納豆フランコ〉の服を通してどんなことを伝えたい?
- ノエミ:国籍は関係なく、女の子としてカッコいいこと。自立していること。それから、女の子の強さを伝えたい。自分の服を若い子にも着てもらいたいし、リーズナブルに抑えたいから、バイヤーから頼まれたものを作ってお店に卸すのはやめて、いまはECだけで売っています。私は昔は自分はアーティストだと思ってたけど、ブランドを始めたいまはビジネスウーマンだと思ってます。いまは日本の体操着に興味があるので、そこから想像を広げてTシャツやウエアを作ってみたいかな。これからも、自分の等身大で好きなものを服に落とし込んでパリから発信できたらいいですね。