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どれも社会の狂気を反映している?秋の映画たち #102『憐れみの3章』& 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
どれも社会の狂気を反映している?秋の映画たち   #102『憐れみの3章』& 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

GIRLS’ CINEMA CLUB

どれも社会の狂気を反映している?秋の映画たち
#102『憐れみの3章』& 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

2024.09.25

実際に見ておもしろい映画しか紹介しないコラム。
傑作目白押しななか、必見作のキーワードは狂気。
鬼才ランティモス監督は偏執と盲目的服従を描き、
インテリジェントなガーランド監督は内戦下に人々の良識を保とうとするジャーナリストたちを描きます。

Text_Kyoko Endo

『憐れみの3章』
エマ・ストーンのキレッキレなダンスは必見

これまでも『女王陛下のお気に入り』や『哀れなるものたち』と読者の皆様を夢中にさせてきた作品を発表してきたヨルゴス・ランティモス監督の新作。3話からなるオムニバスで、3話を演じる俳優陣はほぼ同じ。でも演じる役柄はまったく別。いくつものパラレルワールドの物語を見ているかのようです。じつはまったく同じ登場人物が一人だけ出てくるのですが、でもその存在そのものがカメオ的なんです。

3話に共通するテーマは偏執的な服従や支配。上司と部下、夫と妻、カルト宗教教団の教祖とその信者という3つの関係性で、登場人物たちがあり得ないといえばあり得ないかもしれないけれど、やりがちといえばやりがちにも見える奇行に走っていきます。人はどこまで命令を聞くのか? 命令されれば殺人も行うのか? という疑問自体には、すでにナチス政権下のドイツや、大日本帝国下の南京に回答が出ています。残念ながら、答えはイエス。そしてそれに近いことが私たちの日常生活とまったく変わらない舞台設定の中で行われているのがこの映画の肝。

しかし現代の日本も、内部告発者を自殺させるようなことは起こっていて、そんなパワハラ常習者が所属する政党を盲目的に支持する人がいまだにいるような状況です。アメリカに至ってはあのメチャクチャな人がまた大統領候補に…ですから、この作品もまたクレイジーな世相を反映していると言えますね。従属したがる人というのはどうしても縋る対象を探してしまい、その相手から命令されたら聞いてしまうものらしい。

主要登場人物を演じるのは女性はランティモス作品で三度目の主演になるエマ・ストーン、カルト信者役でのキレッキレのダンスシーンには鬼気迫るものがあります。『ドライブアウェイ・ドールズ』のマーガレット・クアリー、『ザ・ホエール』や『ザ・メニュー』のホン・チャウ。男性はウィレム・デフォー(怖い)、ジェシー・プレモンス(『シビル・ウォー』観たあとだと本当に怖い)などという実力派俳優陣が、正気とは思えないほどの従属や、正気とは思えない人への従属を演じるので、164分まったく目が離せないのです。だってクレジットが終わってからもまだまだエピソードがあるんですよ。

さらに『憐れみの3章』ができた経緯も驚き。『哀れなるものたち』の主要撮影を終えた後に、編集作業期間を利用して製作。えっ、空き時間にこんなの作れちゃうの? ランティモス監督、もう天才としか呼べません。
というわけで、これは劇場に見に行くしかないでしょう!

『憐れみの3章』

監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー(2024/イギリス・アメリカ/164分)
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
9月27日(金)より全国ロードショー
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
アメリカの分断をリアルに描いたA24初の大作

内戦に陥ったアメリカを描く問題作。A24初の大作映画として見逃してはならない作品です。大統領に対してテキサスとカリフォルニアが同盟して反旗を翻し、19州が離脱。大統領は「軍事作戦中の最高の勝利だ」とかプロパガンダ放送しているけど、じつはもう負けそう。だから最後のインタビューを取りに行こうとしているジャーナリストたちが主人公。しかし独裁者大統領は記者は見つけ次第射殺する方針で、取材も命懸けです。さらに戦場となっているアメリカで飛行機も飛んでないわけで、戦火の中を車で1379キロ移動しなければならないのです。

その何重にも命懸けな状況下で取材に行く主人公の一人、ベテランの戦場カメラマンのリーをキルステン・ダンストが演じていて、リーに憧れて取材にもぐりこむ新米ジャーナリストのジェシーをケイリー・スピーニーが演じています。『プリシラ』『エイリアン:ロムルス』と今年はケイリーの当たり年。にしても、理不尽な状況下に強大な敵と戦わされる役ばっかり…。ちなみに『憐れみの3章』のジェシー・プレモンスも印象的な役で登場します。

リーはジェシー(プレモンスじゃなくて、ケイリーの役柄のほうね。以下同)にもすぐそれと認識されるほど有名なカメラマンで、これまでアフリカやアラブなど戦地を何ヵ国も渡り歩いてきました。それも世界のひどい状況を自国の人々に伝えて良識を守ろうとしていたからなのに、自国が分裂して内戦になってしまい、ジャーナリストとしての自信や希望を喪失しかけています。一方のジェシーは世界に出て行って自分の力を試すことに元気いっぱいだけど、戦場には全然慣れていません。これは使命とか役割の継承の物語でもあって、そこも注目していただきたいところ。

南部連合だったバリバリ保守のテキサスと、リベラルなカリフォルニアが組むわけないってことだけが本作の設定がフィクションだと思える唯一の担保になってますが、まあほかのとこはリアルすぎるほどリアル。それと言うのも、「論理的に起こり得ないことは入れていない」(監督談)ドキュメンタリー性ゆえ。セットを組んでいるのは大統領官邸とかだけで、廃墟部分はアメリカに実際にある場所で撮っているんです。

問題作ゆえディスも多そう。「見たような場面」「ストーリーは想像がついた」などと言う人もいますが、監督はこれまでのアメリカの戦争映画の構図を意図的に採用して、アメリカでこれが起こっても本当におかしくないんだよってメッセージを送ってるんだってば。大事なシーンでスーサイド(2曲も使われてる!)やデ・ラ・ソウルを使ってくるセンスも本当にかっこよくて、これはIMAXとか大画面で見ていただきたいです!

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、ケイリー・スピーニー(2024/アメリカ・イギリス/109分)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
10月4日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

『憐れみの3章』と『シビル・ウォー』だけじゃない! 今月のおすすめ映画

こっちも面白くていい映画しか紹介しないと決めているのですが、今月(9月中旬〜10月上旬)は傑作大渋滞。豪華すぎて、うにトロあわび和牛みたいな、港区に集まる成金の宴会か!みたいな豊作。栄養的に、滋味深い野菜っぽい映画も入れときました。

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』

これまた狂気の世界…。前作『ジョーカー』でテレビ司会者を生放送で殺害したアーサーは、ダークヒーローのジョーカーとして社会に不満を持つ人々に熱狂的に受け入れられたが、それがまた事件を誘発してしまい…前作からヒース・レジャー篇へ観客を力技でねじこむすごい映画です。10月11日公開

『ヒューマン・ポジション』

スローな文芸作を見たい方にはこちらがお勧め。地元紙で働くアスタは強制送還された工場労働者の過去の記事を目にし報道を引き継ぐことにして…アンティーク家具の手入れが、調査報道や社会的良心を育てることにかかる時間を暗喩する美しい映画。美しい街や北欧家具が多数見られます。公開中

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

ろうあ者の両親から生まれた健常者の大は、思春期から母に反発していましたが…吉沢亮が作家として独り立ちするコーダの青年を演じ、俳優としての実力を証明した感動作。『そこのみにて光輝く』など数々の素晴らしい文芸映画を撮ってきた呉美保監督の長編復帰作です。公開中

『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』

クリスチャン・ディオールのデザイナーに昇りつめるも、ヘイトクライムで有罪になりすべてを失った神童ガリアーノ…ファッション業界を仰天させたニュースの真相は? 謝罪の重要性、働きすぎの怖さ、才能イコール人格ではないことなど、いちいち勉強になるドキュメンタリーです。公開中

『Cloud』

集団の狂気を描く黒沢清監督のサスペンススリラー。儲けのことばかり考えてアコギな商売をめんめんと続けてきた転売屋の青年が気づいたらネットの憎悪の標的になり…最後はアクションになるけれど後味はホラー。嫌味ばっかり言う菅田将暉くんのイヤ演技が見もの。9月27日公開

『SUPER HAPPY FOREVER』

海辺のホテルで5年前に無くした帽子を探し回る男。不可解で人迷惑にも見える行動は、亡くなった妻の面影を探しまくる旅だから…。人生の儚さとともに、一瞬の偶然が永遠に記憶に刻まれてしまう人間そのものの不可思議さを映像化したような作品です。9月27日公開

『柔らかい殻』

現在は演劇界で活躍中の鬼才、フィリップ・リドリー監督の92年のカルト作がスクリーンに。片田舎で子どもが殺され、9歳のセスは、父が読んでいたホラー小説の吸血鬼に似た女性を疑うが…アメリカの水爆実験を背景に、少年が目撃する社会の不条理が美しい映像で描かれます。10月4日公開

『HAPPYEND』

近未来の日本、親友同士のコウとユウタ。ふたりの悪ふざけの結果、高校にAI監視システムが導入されてしまいます。校長のやり方に反発するコウは、のらりくらり遊んでいたいだけのユウタと距離ができてしまい…少年の友情を描く後味の良い青春映画です。10月4日公開

『二つの季節しかない村』

『雪の轍』でカンヌを制したトルコ人映画監督、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の新作。地方に赴任した男性教師のサメットは都会に戻ることばかり考えていて…本当にどうしようもない男が主人公ですが、どこにでもいそうな男のどうしようもなさへの冷徹なツッコみが素晴らしい映画です。10月11日公開

『リュミエール』

フランスの大女優が映画界で働く女性を描いた人間模様。現代の私たちと同じ仕事・恋愛のしがらみやそこからどうやって自由に生きていくかがばっちり描かれています。「映画作家 ジャンヌ・モロー」としての特集上映で『思春期』『リリアン・ギッシュの肖像』の2本とともに10月11日公開

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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