上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #107『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
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GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#107『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

2025.02.27

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『名もなき者/ACOMPLETE UNKNOWN』。
ティモシー・シャラメがあのボブ・ディランを演じるとあって、
公開を待ちに待ってた方も多いと思います。アカデミー賞にもノミネートされていますが、
ノミネートで終わったとしてもこの映画を見るべき理由は山のようにあるのですよ。

Text_Kyoko Endo

ティモシー・シャラメ新作必見の理由

いよいよ3月3日の発表を控え、どの映画がアカデミー賞を獲るかを予想した記事や投稿を見かけるようになりました。この作品も主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞、衣装賞、監督賞、作品賞、脚色賞などなどにノミネート。しかし私の予想としては、作品賞は獲らないような気が…しております(言っておきますが予想を外す自信もあります)。

作品として非常に優れているのに作品賞は獲らないような気がする理由は、トランプ大統領が就任演説で「性別は男性と女性しかない」とLGBTQ+を真っ向から否定する超極右発言をしたからです。ハリウッドは文化人としてこれにNOを言うため、極右的マッチョ発言に疑問を投げかけるために、トランスジェンダーや女性を扱った作品を選ぶのではないか。でなければアメリカの文化人までもがいよいよヤバいのではないか…。

まず、この映画の主演がティモシー・シャラメだということ。軽い脇役ならともかく、シャラメ主演の映画をこのコラムで紹介しなかったことあった? フランスのティモテがハリウッドのティミーになっても、読者はみんな彼が大好き。それに演技と作品のクオリティは毎回期待を裏切りません。彼は今回は歌も歌うのですが、一瞬口パクかと思ったほどディランそっくり。5年間の練習を経て、完全になりきっていて、話し方とかもそっくり。やはり素晴らしい演技力です。

主人公のボブ・ディランを知らない人はいないとは思います。2016年のノーベル文学賞以前に、アカデミー歌曲賞、ピューリッツァー特別賞、グラミー賞なんかはどの部門で何度獲ったか数えるのがめんどくさくなるほど獲っているロックのレジェンド。そのレジェンドになるはるか前、フォークからロックに興味を持ち、表現を変えようと模索していた5年間をこの作品は描いています。

だから音楽映画として楽しめるところもおすすめポイント。特にいまはAIが個人の嗜好に合わせてフラットにおすすめの曲を選んでくるので最近発表されたインディーズと一緒に70年代フォークが出てきたりして音楽シーンが流行に左右されない時代ですよね。だから50〜60年代のフォーク、ブルース、ロックが一度に聴けるこの作品は若い音楽ファンにもおもしろいんじゃないかと思います。私生活でも音楽遺跡巡りが趣味な音楽オタクのディラン、若いころからジャンルレスに音楽を聴きあさっていて『ブルースの魂』に出てきたブラウニーとサニーの演奏を聴きに行ったり、キンクスを大音量で聴いたりしているシーンもあるんです。

ジョーン・バエズとの交際やウディ・ガスリーとピート・シーガー、ジョニー・キャッシュとの交流も描かれます。ジョニー・キャッシュはまさに、本作を監督したジェームズ・マンゴールドの『ウォーク・ザ・ライン』の主人公。ウディ・ガスリーはハル・アシュビー監督の『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』の主人公。バエズやシーガーの歌はいまでもデモとかに行くと歌っている人がいます。全員、やりたいこと優先で目先の金や名声を動機にしてない人というのがポイント。ジョーン・バエズとのシーンでは、ディランの身勝手さに振り回されるジョーンの怒りも描かれていて、フェミ的な目線も入っています。

しかし何より見ていただきたいのはクライマックスのニューポート・フォーク・フェスティバルでのディランの姿です。これはもう史実であってネタバレでもなんでもないので書いちゃいますが、過去のフォークのヒット曲を熱望する観客に、自分がやりたいロックをぶちかまして大ブーイング。レディオヘッドも2回目の来日で『クリープ』やらなかったりしましたが、そりゃそのときどきで表現したい作品を持っているのがアーティストというもの。日本のレディオヘッドファンは大人しく新曲を聴いたが、当時のアメリカのフォークファンは荒れ狂う。投げつけられる空き缶をかわしてそれでもロックをやるシャラメ/ディランの姿は誰もが見なくてはなりません。

というのも、いまの時代、多数派に負けたり人の目を気にする人が多すぎるからです。人目を気にするってことは、やりたいことがやれなくなり言いたいことが言えなくなるってことなんですよ。ディランがディランらしいのは、人目を気にせず止められてもやりたいことやってるから。こういう人には作中のジョニー・キャッシュのように応援してくれる人も自然とつきます。少数でも強力な同志がいれば多数派に応援されなくてもいいんです。自分が人に流されやすいなと思う人も、流されない自信がある人も、見ておくといざという時お守りになるような映画です。

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ(2024/アメリカ/141分)
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
2月28日(金)全国公開
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』だけじゃない!そのほかのおすすめ映画

白すぎ批判やメイルゲイズ反省後のハリウッド作品はおもしろくなっているのでやっぱりアカデミー賞には注目しています。ノミネート作品は夏ごろまで断続的にご紹介できそう。今月も傑作揃い。先月ご紹介した『ブルータリスト』もお忘れなく!

『聖なるイチジクの種』

アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。昇進した父の仕事は国家の指示通りに反政府活動家を冤罪で起訴すること。ある日護身用にと父が持たされていた銃がなくなり…後半はもはや『シャイニング』! ものすごくおもしろい政治&家族サスペンスです。公開中

『ノー・アザー・ランド』

ガザ停戦にはなったものの、イスラエル政府のパレスチナ人迫害はまだ続いていて、ヨルダン西岸はかえって爆撃が激化。そうした国家の愚挙を、生命の危険に晒されながらパレスチナ人カメラマンとイスラエル人ジャーナリストが暴いた記録。これもアカデミー賞ドキュメンタリー賞候補作です。公開中

『Anora アノーラ』

これもアカデミー作品賞をはじめとする6賞にノミネートされている本命作品。ブルックリンでストリップダンサーとして働くアノーラはロシアから来たオリガルヒの息子イヴァンに気に入られ電撃結婚しますが…。風俗で働く女性の苦いリアルをしかしポップに描いた傑作。2月28日公開

『ジュ・テーム、ジュ・テーム』

アラン・レネの1968年作品が日本初劇場公開。自殺から生命を助けられ、時間旅行実験に参加するクロード。過去を旅して出会うのはいまはいない恋人…。記憶の断片をつなげると、S F悲恋物語のていでじつはホロコースト生存者のサバイバーズギルトが滲み出ているすごい作品。2月28日公開

『石門』

実家を離れて大学に通うものの貧しくてバイトに明け暮れる20歳のリン。報酬が高額だという卵子提供ビジネスに応募したら検査で妊娠がわかり…稼ぐことだけが正義とされる世の中で、産む性としての身体も売り物になってしまう。やるせない現状を淡々と描いた中国発の秀作。2月28日公開

『ケナは韓国が嫌いで』

中堅クラスの大学を出て金融会社に就職し片道2時間の通勤ラッシュに耐えてきたケナは、明るい希望が持てない韓国を飛び出して――人気小説『韓国が嫌いで』をチャン・ゴンジェ監督が映画化。ケナの不満には頷けることばかり!原作よりフェミ目線マシマシ。爽やかな良作です。3月7日公開

『Playground/校庭』

ノラは小学校に入学したばかり。ノラにとってはすべてが恐怖で、兄だけが頼り。しかし兄がいじめを受けているのを目撃してしまいます。忙しすぎる大人はまったく無力で、友だちもできたノラと兄との関係も変わり…幼い子どもの視点から個人の人格をどう守るべきかを描いた圧倒的な必見作。3月7日公開

『Underground アンダーグラウンド』

『鉱 ARAGANE』『セノーテ』と、人が目を向けない地下空間の美を撮ってきた小田香監督。新作の舞台は日本。魅惑的な映像に引きこまれるうちに、カメラは沖縄のガマへ。そこで語られる物語にもまた胸を打たれる美しい作品。3月7日公開。監督の過去作品の特集上映はすでに公開中です。

『白夜』

画家のジャックは、失恋苦で自殺をはかったマルトを止めたことがきっかけで彼女に惹かれていくのですが…ドストエフスキーの短編をブレッソンが映画化した71年の作品なんですが、全然古びてません。むしろいまの日本でも起こっていそうな恋愛のリアルがここに。3月7日公開

『ウィキッド ふたりの魔女』

本作も主演女優賞&助演女優賞ノミネート。『オズの魔法使い』を元にしたファンタジー&人気ミュージカルの映画化で、美しいおとぎの国の魔法の世界は幻惑的に美しく、インド映画並みにダンサーを投入したダンスシーンは圧巻のひと言。早くも後編が待ち遠しいです! 3月7日公開

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
Twitter @ cinemawithkyoko
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