

GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#111『28年後…』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
猛暑です。とニュースでわざわざ言われなくても感じてます。暑い。
前回の原稿を書いていたころは長袖を着ていたような気がするのだが、その記憶もあやふやになるほど暑いです。
その暑さを忘れるほどのスリルにどきどきしつつ、
人間とは何かという根源的な問いに立ち返らせられる映画が今回ご紹介する『28年後...』です。
Interview & Text_Kyoko Endo
ゾンビ映画に教わる人間性
人間を数分で凶暴化させる殺人ウィルスが、研究所に侵入した動物愛護テロリストによりロンドン中に拡散され、たった28日でイギリスが崩壊した有様を描いたのが、2002年公開の『28日後…』でした。モンスター化するけれど感染者は人間。でもやっぱりゾンビっぽいからゾンビ映画の名作と言われています。その後、フランスまでウイルスが拡散した『28週後…』も撮られたが、どうやらフランスはウイルスの封じこめに成功したらしく、28年後(つまり今から5年後?)世界で唯一ゾンビ列島となったイギリスが舞台になったのが本作『28年後…』です。

『28日後…』では軍人が「感染前から人は殺し合っていたじゃないか」と言い、少女を従軍慰安婦にしようとしたりして、パニックに陥った社会が理性を失っていく様子に焦点が向けられていました。感染者も怖いけど、生き残った軍人も怖かった。本作では、国内だけじゃなく海外の人間も怖い。海外は救援を諦め、イギリス国民は見殺し。ガザやウクライナに対して指一本動かさない人々への風刺のようです。
イギリスは孤立して世界の巡視船に監視されていて、感染していない人々も国外に逃げることはできず、小さな共同体でなんとか生き残っています。そんな共同体のひとつ、干潮のときしか本土とつながる道がないホーリー・アイランドで育った主人公のスパイク(アルフィー・ウィリアムズ)は、本土でゾンビ、もとい感染者を弓矢で殺すという通過儀礼を父親(アーロン・テイラー=ジョンソン)にやらされます。マッチョ…。

脚本のアレックス・ガーランド氏は『MEN』監督時のGCCのインタビューでも、夜道で女性が前方にいたら怯えさせないよう道の反対側を歩くとおっしゃっていたほど意識が高い方で、じつはマチズモ批判がほぼ全作品に織りこまれています。このマッチョな父も、それゆえに悲しい目に遭うことになるのですが、文明が退化したり機械が使えなくなると男性の力が頼りにされて男性優位になるんだな、ということもよくわかります。
また、ダニー・ボイル監督は、スペインのエル・パイス紙のインタビューで、政治的な映画を撮ったのではないが社会状況をレファレンスに使用したと述べ、イギリス人は周辺諸国より自国が偉いと思いこんでブレグジットで自らを閉じこめてしまったと指摘。他者とのコミュニケーションを失った環境でスパイクの父は殺るか殺られるかの状況で暴力的にならざるを得ず、主人公が別の可能性を探すことになると語っています。

28年も経つと、街は緑に覆われ、感染者も様々な進化を遂げ、危険は増大しています。しかし廃墟と化した本土でほかの人間が生きている証、巨大な炎を発見したスパイクは、島に戻ってからその炎を挙げていたのが医師だったと知り、病気の母(ジョディ・カマー)を治療してもらうために発作で意識が朦朧とした母を本土に連れ出します。
完全なディストピア、地獄のような世界でも救いというか正気を保つ術はある。それが人間性と文化なのです。スパイク少年が頼る医師ケルソンは感染者と非感染者の区別なく死者たちを火葬にしています。滅亡する世界の中でも感染を拡げない努力をしている医師としてのプライドと、弔いという行為を続ける人間性が見て取れます。ケルソンは進化して危険になった感染者も殺さず、モルヒネ混合薬で眠らせるだけです。

感染予防のためヨードを塗って全身オレンジ色になったレイフ・ファインズは、上座部仏教の僧侶のよう。彼がつくる骨のモニュメントは、アウトサイダーアートの傑作、郵便配達夫シュヴァルの理想宮のようです。『28年後…』はこのケルソン医師の存在により、シリーズ中もっとも人間そのものの尊厳、人間らしい行為とは何かを問うた作品になりました。


暴力や非人間性を描くことにより逆説的に人間性を炙り出すのは“28シリーズ”に限らず、歴史的に優れたホラー作品ではよく行われてきたことです。古くはロメロ御大の元祖『ゾンビ』、最近では『罪人たち』も理性を喪失した集団の怖さで緊張感を高めています。人種隔離政策下のアメリカ南部が舞台で、黒人をリンチ殺害する白人暴力結社KKKが怪物とともに恐怖の対象となっているのです。はっきり言って、音楽を解する吸血鬼よりも差別主義者のほうが非人間的に見えるの。『ゾンビ』も『罪人たち』も『28年後…』も人間性や文化がどれほど人間を人間らしくしているかをはっきり描いているのです。

ところで『28年後…』ではイギリスを代表するアート作品、アントニー・ゴームリーの“エンジェル・オブ・ザ・ノース”が効果的に使われています。ゴームリーの彫刻は国立近代美術館の二階など日本でもあちこちで見ることができます。錆びた鉄がよく使われるのですが、その錆が手入れされなかったのか翼が半分くらいになってしまっているのもリアル。エンジェルが建てられたのは98年。まさか4年後にその国がゾンビ列島になるとは…。世界が変わるのはあっという間だよ、気をつけてね、と製作陣が警告しているかのようですね。
『28年後…』
監督:ダニー・ボイル脚本 アレックス・ガーランド
出演:アルフィー・ウィリアムズ、ジョディ・カマー、アーロン・テイラー=ジョンソン、レイフ・ファインズ(2025/イギリス、アメリカ/115分)
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
大ヒット公開中
『28年後…』だけじゃない!今月のおすすめ映画
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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