上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #125『オデュッセイア』
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GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#125『オデュッセイア』

2026.08.26

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回はクリストファー・ノーラン監督の新作『オデュッセイア』です。
映画好きだという男子に好きな監督を聞くと高確率で「ノーランっす」と答えます。
「こう答えときゃ映画通っぽい」安牌みたいになってはいるけど、やっぱりこの新作を推す理由がある。
どんな理由かというと…。

Text: Kyoko Endo

古代ギリシアを舞台にした集大成的新作で戦争の悲惨さと加害性を訴えるクリストファー・ノーラン

『オデュッセイア』の原作はホメロスのギリシャ古典。成立は紀元前7〜8世紀。主人公オデュッセウスは戦争に勝ったのに、軽率な暴力からポセイドンを怒らせてまっすぐ家に帰れなくなり、部下はどんどん死んでいくし、乙姫みたいなニンフに引き止められて別の島で記憶を失いかけたり…と10年もさまよい歩いて、いまでも「放浪」とか「長い旅」の代名詞になるような災難に遭ってしまいます。その物語をノーランはびっくりするほど原作通りに描いているんです。

photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.

でも、ノーランはオデュッセウスを完璧なヒーローとして描いていないんです。 原作でもオデュッセウスって要領よさそうでいてちょいちょい失敗するんだけど、それをつぶさに描くことでマチズモあるある的失敗も浮き彫りにしています。賢い部下にやめろと言われることをやってしまったり、外交や交渉も間違えまくって現地の人から返り討ちにあって逃げ出したりしている。

photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.

そもそもアガメムノンと一緒の船団で帰ってりゃ早く帰れたのに、上司と一緒に帰りたくない中間管理職みたいにアガメムノンの船団離脱しちゃって迷いまくるダメさ。さらに貴族以外の部下は頭数みたいな考え方だから地獄(冥府)で戦死した部下に詰められまくるんですが、このへんがしっかり戦争というものの批判、また、階級格差で戦争を逃れる富裕層批判になっているんですね。

photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.

ちなみにオデュッセウスが入ってるギリシア軍で一番エラいアガメムノン王は、戦争に勝つために娘を生贄に捧げていて、その恨みから妻のクリュタイムネストラに殺されるような人。しかも『オデュッセイア』の前日譚『イーリアス』では若干地位が下の同盟国軍のアキレスにお前の女奴隷をよこせとか言ってモメて分断を招いた男。だからオデュッセウスが別行動したかった気持ちもわかるんですが……。原作『オデュッセイア』も戦勝者すら結局は幸福になれない物語なんですね。

2024年の日本被団協のノーベル平和賞受賞に先立ってクリストファー・ノーラン監督の前作『オッペンハイマー』が2023年にアメリカで公開されていたことを鑑みれば、被団協の不断の努力が尊いのはもちろんのこと、ノーランも世界に核の恐怖を思い出させるのにひと役買っていたわけです。どうも今回の『オデュッセイア』でも、勝者の物語より戦争の悲惨さに重点を置いているようなんです。

photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.

あとこの映画で大事なのが「トロイの木馬」を成功物語にしていないとこ。「騙してやったぜ!」っていう戦勝の手柄ではなく、加害の記録、恥ずべき侵略戦争として描いているんですよ。キルケのくだりでは、はっきり男性批判をセリフとして入れている。キルケは山岸凉子先生も描いている(山岸先生はクリュタイムネストラも描いている)魔女で人間の男を豚に変えてしまうんだけど、ノーランはキルケにハッキリ男性批判させているんですよ。こういうところが私がノーランを推す理由。ハリウッドのマーケティングの可能性もあるけど、プロデューサーのエマ・トーマスと公私ともにパートナーとしてずっと一緒に映画を作ってきているせいかもと思います。

そもそも男たちはキルケの小屋にノックもせず押し入っているし、キルケに性的虐待を受けた過去をほのめかすようなセリフも言わせているとこがうまい。ここのシーンについてノーランは「ホラー要素を入れたかった」とインタビューで答えていて、ここの特撮もめっちゃおもしろいので必見です。

photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.

絶世の美女だからトロイア戦争のきっかけになったヘレネの役にアフリカ系のルピタ・ニョンゴをキャスティングしたり(クリュタイムネストラ役と一人二役)トランス男性のエリオット・ペイジをキャスティングしています。インクルーシブネスも当然考えているでしょうけど、エリオットはエレンだったころ『インセプション』に出てるので、シンプルに才能を評価しているとも考えられますね。主役級から脇役まで見事なキャスティングなのもポイント。

photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.

ところでこの作品、アメリカでは売り上げ記録を書き換えまくる大ヒットを記録していますが、ヒットの秘密は、植民地主義の片棒担いだり最近も児童の性虐待があったりしたキリスト教の黒歴史が明るみになって、もはや聖書を自分たちの価値観と胸を張って言えない知性派アメリカ人に(反知性派は黒歴史が明るみに出ようと全否定するだけだから関係なし)「僕たちにはこういうルーツがあるじゃないか」とギリシア文化を提示して、さらにそこに新たな価値観を加えて見せられたってことがあるんじゃないかと思います。

photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.

めちゃくちゃ原作通りなのでギリシア古典をある程度知っている人にはこの物語は先が読めてしまうし『インセプション』とか『テネット』みたいに何がくるかわからないストーリー展開はないけれど、それでも本作はノーラン集大成みたいな感じなのでおすすめです。オデュッセウスと妻子で異なる時間経過とか『ダンケルク』の経験があったから成功したという水上戦とかキルケの特撮とかにノーランらしさがよく出ているし『アンドレイ・ルブリョフ』や『乱』を参考にしたという絵作りには『ダークナイト』以降ずっとIMAXで映画を撮っているノーランのIMAX愛が感じられます。これこそせめて劇場で見るべき映画。これを配信で見るのは高級ステーキハウスのプライムリブを紙皿で食べるような感じになるかもしれないです。

『オデュッセイア』

監督・脚本:クリストファー・ノーラン
出演:マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ
(2026/アメリカ/172分)
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
9月11日(金)より全国ロードショー
2D(字幕/吹替)、IMAX®(字幕)、DolbyCinema®(字幕)、
4DX(字幕/吹替)、MX4D®(字幕/吹替)、35mm(字幕)の全6種9バージョンで公開
© 2026 UNIVERSAL STUDIOS

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PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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