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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#40『マリッジ・ストーリー』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#40『マリッジ・ストーリー』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#40『マリッジ・ストーリー』

2020.01.08

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介する映画はNetflix映画『マリッジ・ストーリー』。離婚を描いて結婚とはなんぞやと問うノア・バームバックの新作です。
女友だちと見たら会話が盛り上がること必至。彼氏と見たら未来が占えるかも。ある意味ギャンブルですが。
それにしても離婚てすごいエネルギー要りそうですよね。

Text_Kyoko Endo

誰もが心当たりがありすぎる結婚の話。

『マリッジ・ストーリー』は夫婦が離婚するまでのプロセスを描いて、ゴールデングローブで作品賞・脚本賞・主演俳優賞・主演女優賞・助演女優賞にノミネートされ、ローラ・ダーンが助演女優賞を獲得。オスカーも期待されていまして、もうNetflixで見た人も多いはず。ニューヨーク在住で劇団主宰するチャーリーと女優のニコール夫妻を演じたのはアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソン。

チャーリーがニコールの長所を語るモノローグから映画は始まります。ニコールは人の話をよく聞く、うまく夫を促してあとは自由にさせる、本気で遊ぶ母親で、勇気があって、知ったかぶりをしない、僕の好きな女優だと。チャーリーのモノローグに、ニコールが子どもとモノポリーを楽しんだり青春映画で大胆に脱いだりしている映像で、観客は「すごいいい人じゃん、なんで離婚することになっちゃったの?」と思わされます。

今度はニコールがチャーリーの長所を上げていく映像です。映画ですぐ泣く感受性の強い人で、家事万能、服のセンスがよくて、子煩悩…とこれまたラブレターのよう。それが一転して、離婚カウンセラーとの話し合いのシーンになり、話し合いがギスギスしないようまずお互いの長所を書かされたということがわかります。長所を読み合うのをニコールは断固として拒否して、えげつない捨て台詞を残してカウンセラーの事務所を出てきてしまいます。

この映画を撮ったノア・バームバックは、生き生きした会話を書くことで定評がある人。ブレイクした『イカとクジラ』は両親の離婚に巻き込まれたティーンが主人公で、それも自分の両親の離婚を思い出して書いたそうです。だからこの作品が公開されたとき、ノア・バームバックが今度は自分の離婚のことを書いたのでは? と英米メディアは色めきたちました。

なにしろニコールとノア・バームバックの前妻、ジェニファー・ジェイソン・リーは共通点が多いのです。J Jリーはタランティーノの『ヘイトフル・エイト』で助演女優賞にノミネートされたりした実力派女優。『ガールフイナム』の読者には『ユニークライフ』の過保護なお母さんと言ったらぴんと来るかもしれません。ニコールはLAでスターに囲まれて育っていて、J Jリーもハリウッド生まれ。青春映画『初体験/リッジモント・ハイ』で脱いだりしているところも同じ。

しかし監督がさまざまなメディアに語っているところによれば、スカヨハや、凄腕離婚弁護士役のローラ・ダーン(この役本当に最高)にもリサーチしたみたいです。スカヨハはライアン『デッドプール』レイノルズと円満離婚したあと、フランス人一般男性と離婚して、その2度目の夫と親権争いしたらしい。ローラ・ダーンはミュージシャンのベン・ハーパーと離婚しましたが、離婚成立まで3年くらいかかっています。チャーリー側の離婚弁護士を演じたレイ・リオッタもまたまた離婚歴があり、主な出演者のなかで離婚歴がないのってアダム・ドライバーだけ…? いやいや結婚62年のアラン・アルダがいました。

ただ、この映画はそんなゴシップを知らなくても充分以上におもしろいのです。いろんな人のいろんなリアルさが入っていて、それが共感を呼ぶから。離婚の理由がわからなかった最初のシーンから、見ていくうちにニコールがなぜ離婚したいと考えたのかがわかってくる。これが妻(もしくはヘテロのパートナーと暮らす女性)あるあるで、身につまされます。おそらくは夫側に立って見る観客もあるあるだらけのはず。

ハリウッドですでに成功していたニコールには映画界を捨ててチャーリーのオフ・ブロードウェイの劇団に入った経緯がありました。最初はハリウッドスターの彼女目当てに劇団を観にくる人が多かったのですが、彼女が劇団の主演女優というポジションに留まる反面、夫は情熱も収入もすべて自分の演劇につぎ込んで成長して有名になっていきます。それでニコールは「夫の活力にエサを与えているだけ」という気持ちになってしまうのです。

チャーリーは才能がある人特有のマイペースさで周囲を気にしないところもあります。そうなると気を遣うタイプのニコールだけがすべての心配をすることになってしまう。ジェンダーギャップもあって、夫は妻をあまり独立した存在として見ない。そんなときにニコールにテレビドラマ出演のオファーがあるのですが、チャーリーはあまり本気で考えていません。パイロット版をつくる間だけだろうと気軽に妻と子をロスに送り出します。

そこが本当に浅はかなのです。ドラマが長期ヒットしてシリーズが何シーズンにもなったらどうする? という考えが彼にはない。妻を見くびっていたからというよりは、自分が興味あるものしか見ていなかったからなんですが。凄腕離婚弁護士からの書類が手渡されて、初めてチャーリーは呆然とするのです。ゴシップを知らなくてもおもしろいと書きましたが、この辺はバームバック自身の話なのかもと想像するのも楽しい。

どっちも負けず嫌いな二人はそれゆえ離婚してしまうので結末はみんな知ってるということになりますが、ここに書ききれないちょっとした会話やディテールこそがこの映画の魅力なので、もういまこの場でNetflixに飛んで映画を見てほしいくらいです。途中、もしかするとここで仲直りできたのでは…というポイントが数々あって、結局この映画は離婚を描いて結婚そのものを描いている。タイトルの秀逸さにもまた唸らされるのでありました。

『マリッジ・ストーリー』

(2019/アメリカ/147分)

監督:ノア・バームバック
出演:アダム・ドライバー、スカーレット・ヨハンソン、ローラ・ダーン
配給:Netflix
Netflix独占配信中
公式サイト

『マリッジ・ストーリー』を観た人は、こっちも観て!

バームバック監督過去作のなかでも本作に絡んでくる映画。ゴシップネタ的には前妻と現パートナー両方が出演している『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』などもありますが、すべてに共通するのは“身につまされる”ってこと。

『イカとクジラ』

サンダンスで監督賞と脚本賞を受賞し、アカデミー賞脚本賞にもノミネートされたバームバック監督の出世作。親の離婚で混乱するティーンエイジャーを演じたジェシー・アイゼンバーグを有名にした作品でもあります。ジェシーって若いころからnerd役ハマりすぎ…。

『マイヤーウィッツ家の人々』

これまた親の離婚で振り回された異母兄弟たちの絆を描くコメディ。めんどくさいお父さん役がダスティン・ホフマンで、無職の長男役にアダム・サンドラーとキャストも豪華。常連ベン・スティラーがバームバック監督の分身らしき末っ子役。親の病気とか、身につまされます。

『ヤング・アダルト・ニューヨーク』

アダム・ドライバーがすげえやな駆け出しドキュメンタリー監督役で主役のベン・スティラーに絡んできます。一方ベン・スティラーのうじうじ加減も身につまされますが、離婚の危機を回避したいい例でもあり救いがあります。ビースティのアドロック出演も話題に。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。