GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#44『デッド・ドント・ダイ』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介するのはジム・ジャームッシュ監督の『デッド・ドント・ダイ』。
豪華スター総出演のゾンビ・コメディです。
いったいなんでまたアート系インディー映画の代表者がゾンビ映画を撮ることになったのでしょうか。
Text_Kyoko Endo
ジム・ジャームッシュはなぜゾンビ映画を撮ったのか。
コロナ騒動で楽しみにしていたイベントがなくなりがっかりしている皆様。皆様が健康であれば、手洗いとうがいで身を守り、ティートゥリーでも吹きかけたマスク持参で映画館へG Oですよ。頑張って開けている館を応援したいし、余暇には娯楽も必要とアリストテレスも言っている(まじで! )。そして感染といえばゾンビ(不謹慎にお感じでしたらお詫びします)。今回ご紹介するのはジム・ジャームッシュ監督の『デッド・ドント・ダイ』です。
水圧破砕法でシェールガスをガンガン取り出したせいで地軸がおかしくなった世界。この水圧破砕法ってS Fではなく、欧米でホットにトラブってる環境問題です。水圧破砕法では化学物質を加えた水を大量に岩などに当てて割って石油を取り出すのですが、近隣の住民の水が汚染されたり、地震の原因になったりしている。挙句、環境が変わって死人がゾンビ化しちゃったという設定です。ちなみに舞台となっているセンタービルという町の名前はフランク・ザッパの『200モーテルズ』から取られたそう。ありがちなアメリカの地方都市ってことですね。
冒頭、頼りない感じで登場する警察官たちがビル・マーレイとアダム・ドライバー。眼鏡とお腹の肉と歩き方で田舎町の警官になりきっちゃうのはさすが。農夫からホームレスに鶏を盗まれたと通報があったのですが、その農夫がブシェーミでホームレスがトム・ウェイツ。ブシェーミは“Keep America White Again”なんて帽子をかぶっていて飼い犬の名前がラムズフェルド。超保守なので自由人を目の敵にしているわけです。
それぞれのいなたい日常が描写されたのち、死体が墓から出てきて人々を襲い出します。一発目のゾンビがもうイギー・ポップとサラ・ドライバー。早い! スターが出てくるの早いよ! キャスト欄を見ていただければわかると思うのですが、通常3人のところ、今回は8人も書いている。これでも絞ったのです。だってエキストラ以外みんなスターなんだもん。豪華というより無駄遣いに近いキャスティング…。旅行中のティーンアイドル役でセレーナ・ゴメス、オースティン・バトラー、ルカ・サバトまで出てますよ。
ビルとアダムとクロエ・セヴィニーが事件の捜査に来ますが、案の定あんまり役に立ちません。一方、町の葬儀屋ティルダ・スウィントンは『キル・ビル』さながら日本刀でバッサバッサゾンビの頭を落としていきます。彼らの戦いが見ものですが、それ以上にスターウォーズ的ネタやメタ映画的会話がファンにはハマるはず。ある意味大御所のおふざけと取られかねない作品ではあるのですが、そう断じることはできない。おすすめする理由があります。
ジャームッシュといえば『ストレンジャー・ザン・パラダイス』でのデビュー以来、アーティスティックなかっこいい作品を撮ってきた名監督。なんで今回ゾンビだったのか。ティルダ・スウィントンはカンヌのインタビューで「『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』がヴァンパイア映画だったから次はゾンビ映画ねと言っていた」と語り、ジャームッシュはmoviefoneに「ティルダが「あのゾンビ映画はいつ撮るの?」とせっついてくるから」と答えました。しかし、L Aタイムズにロージー・ペレスが語ったところでは「いま世界で起こっていることを悲しく思っている。ゾンビ映画以外に表現方法を思いつかない」とジャームッシュに言われたそうなのです。
そもそもゾンビ映画ブームの嚆矢となったジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や『ゾンビ』はすごい社会批判映画でした。ジャームッシュは改めてそれを踏襲しているのです。複数の媒体で「ロメロが50年前に同じこと言ってんじゃんと批判されているけれど、企業の利益追求と消費社会が袋小路にあるというメッセージはいまのほうがより重要になっている」と語り、PhillyVoiceでは「僕のヒーローはグレタ・トゥンベリだ」とまで。環境問題を憂えるジャームッシュ監督の怒りがこの映画にはこめられているのです。
と言っても、監督は洗練された方なので登場人物たちは誰かに熱く説教したりしません。ただ、生前の欲望に取り憑かれたゾンビが跋扈する様子を見せるだけ。そのゾンビの執着がザナックスだったりスマホだったりするのです。ビルとアダムのメタ映画的やりとりにも、人間のゾンビ化が現実に起こりかねないぞとのメッセージがこめられていそう。アダムといえば、前作『パターソン』では慎ましい生活に喜びを見出していたパターソン役でした。監督は前作ではお金を使わずクリエイティブに生きる人生の美しさを穏やかに表現していましたよね。
が、今作のアダムはゾンビをバッタバッタとなぎ倒すピーターソン役。アダムのgoodguyからbadguyへの転身もまた、監督自身の社会に対する「優しく言ってりゃつけ上がりやがって、自分のことばっか考えてんじゃねえ! 」的怒りの現れなのかもしれません。
『デッド・ドント・ダイ』
(2019/スウェーデン・アメリカ/107分)監督:ジム・ジャームッシュ
出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、クロエ・セヴィニー、ティルダ・スウィントン、スティーヴ・ブシェミ、トム・ウェイツ、イギー・ポップ、サラ・ドライバー
配給:ロングライド
© 2019 Image Eleven Productions Inc. All Rights Reserved.
近日公開予定。
公式サイト
『デッド・ドント・ダイ』を観た人は、こっちも観て!
#37『ゾンビランド:ダブルタップ』でロメロ先生の名作を紹介してしまったので、今回はジャームッシュ監督がmoviefoneに好きだと言ったゾンビ映画の中から以前紹介したロメロ先生と『ゾンビランド』を除外した2本+新作をご紹介します。
『新感染 ファイナル・エクスプレス』
韓国の新幹線KTXという密室でゾンビから逃げまどう設定もさることながら、雪崩るほどのゾンビの大量投入で画面がエラいことに。ジャームッシュだけじゃなくスティーブン・キング御大も絶賛する傑作。これを撮らせた韓国の鉄道会社も偉い。『ショーン・オブ・ザ・デッド』
ジャームッシュ監督のみならずロメロ御大やタラ先生も認めたカルトクラシック。ゾンビ映画にロマコメを持ち込んだ功績もあり、これがなければ『ゾンビランド』も生まれなかったかも。『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト監督の出世作。『CURED キュアード』
ゾンビが感染るなら治癒したらどうなるのか。“回復者”は人間を襲ったときの記憶を持ち続け、トラウマと罪悪感に苦しんでいる。しかも感染しなかった人間から差別され…ゾンビの気持ちを描いた画期的な作品。タイムリーすぎる3月20日公開。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。