GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#48『タレンタイム〜優しい歌』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を…といいつつ、今回は旧作。
しかしソフト化されていない幻の名作で、いましか見られません!
前回に引き続き仮設の映画館での公開です。仮設の映画館から公式ホームページに行っちゃうと、
なんか映画館の周りをうろうろしててなかに入れない…みたいになっちゃうから気をつけてね。
まず映画館を選んで、そこから入館する仕組みですよー。
Text_Kyoko Endo
だからいま『タレンタイム』を見てほしい。
新型コロナウイルスの感染防止のため映画館も休館。上映を楽しみにしていた作品が公開延期になってうちひしがれる映画ファンにとって数少ない朗報のひとつが、配給会社さんの英断により『タレンタイム〜優しい歌』の配信が始まったこと。前回『精神0』でお伝えした“仮設の映画館”で5月31日21時まで視聴できます。配信期間は延長の可能性ありと書かれていますが、万が一延長されなかったら後悔の涙にくれるしかないわけで…これはどうしたって31日までに見るでしょ。(その後上映期間延長が決定!6月30日まで視聴可能に)
この『タレンタイム〜優しい歌』アクションも濃厚なラブシーンもなくて派手な作品ではありません。でも映画的に美しいシーンが随所にあって見飽きない、多くの人がこの映画をオールタイムベストに選んでいる名作。さらに強調しておきたいのが、作品に織り込まれた監督の反骨精神に満ちたメッセージなんです。
タレンタイムとは音楽コンクールのこと。アメリカン・アイドルの学校版みたいなもので、そこに登場する生徒たちの群像劇です。『タレンタイム』はジャンル分けしづらい作品です。あえて言えば青春映画。しかし描かれるのは恋愛と友情だけじゃなく、多民族とか多宗教に起きる問題も絡んできます。
マレーシアは多民族国家なので、この映画の主な登場人物たちの出自はばらばらです。ヒロインのムルーはイギリス人の祖母がいるマレー系のお嬢さま、ムルーが恋するマヘシュはインド系。タレンタイムに出場するハフィズはマレー系で母が脳腫瘍で闘病中、ハフィズに反感を抱くカーホウは中華系で父親はベンツで迎えにくるけれど成績1位でいないと息子を殴る…と環境もさまざま。
監督はヤスミン・アフマド。この映画が公開された直後に夭折してしまい、伝説の監督と言われています。彼女が『細い目』でマレー系少女と中華系少年の恋愛を描くまで、マレーシア映画で違う民族同士の恋愛が描かれることはなかったそうです。ヤスミンは人種差別に反対し、宗教や民族の違いで恋人同士が引き裂かれたりすることにはっきりとNOを唱えていました。自由を訴えたことでイスラム保守から目をつけられ、両親が仲良くふざけ合うシーンでさえしつこく検閲されたりしたといいます。保守勢力が政治権力とも結びついていたのでヤスミンは大変な圧力と戦わなくてはならなかったのです。
検閲と戦い続けた挙句に生前は母国で劇場公開されず、死後やっと公開が認められた作品もあったほどです。キラキラした学校生活が淡々と進んでいく『タレンタイム〜優しい歌』ですが、じつはマヘシュの叔父が異教の隣人に殺されてしまうショッキングな事件も起こります。こっちを主体にしなかったのは検閲がうるさくなるからではと思うのですが、じつはこのエピソードがすごく大事。この叔父さんがマヘシュに送るメッセージにこそ、人種や宗教差別へのNOや、愛するものがいたらためらうなというヤスミンの反骨心がこめられているのです。
そんなヤスミンの敵は保守ばかりでもなかった。C Mディレクターとしてキャリアをスタートしたヤスミンは大衆にもわかりやすい作品を撮ってきたのですが、そのヤスミン作品の親しみやすさがお高い芸術主義者から酷評されていたそうです。ヤスミンはブログで酷評されたときのことをアンドリュー・ワイエスの言葉を引用しながら書いていて、酷評に耐えている映像作家たちを励まし、内なる直感に従って心のおもむくままに製作しろと言っています。バッシングを受けながら明るく希望に満ちた作品を作り続けた彼女の強さも見習いたいですね。
さらなるお勧めポイントはこの映画の素晴らしい音楽。ミュージシャンで俳優かつ映画プロデューサーのピート・テオがつくっています。このピート・テオがまたすごい気骨のある人です。音楽は優しいのですが、生きざまがロック。
ヤスミンが検閲などで創作を妨害されてきたことはすでに書きました。当時のマレーシアでは汚職が罷り通り、抗議の声をあげる人が自殺と見せかけて殺されたりした疑惑もあった。あまりにもひどい政治に人々も無気力・無関心になってしまい、投票に行きもしなかったのを、ピート・テオは投票を呼びかけるクールなラップの動画『UNDILAH』(Vote!という意味)を制作して海賊盤屋経由で広め、投票率を上げたのです。で、最終的にその政権はひっくり返っちゃったのです。
ロックってなんだと言ったら、それはファッションじゃなく生きざま。国民を守るはずの法律を都合よくねじ曲げ国民を苦しめる政府にNOと言ってこそロック。だからトランプに尻尾ふったキッド・ロックは三流呼ばわりされるわけで…。そんな権力に抗ったヤスミン・アフマドの努力の結晶、かつ気骨あるピート・テオの名曲が聴ける名作として、いまこそ『タレンタイム〜優しい歌』を見ていただきたいのです。
『タレンタイム〜優しい歌』
(2009/マレーシア/115分)監督・脚本:ヤスミン・アフマド
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール
配給:ムヴィオラ
© Primeworks Studios Sdn Bhd
5月2日(土)よりロードショー&配信開始
公式サイト
仮設の映画館の詳細はこちら
『タレンタイム〜優しい歌』を観た人は、こっちも観て!
ヤスミン・アフマド作品でいま見られるのは『タレンタイム』だけですが、彼女の名前をウォッチリストに入力しておいて吉です。ほか2作は無料配信されています。期間限定なので、いまのうちにチェックしてみて。
『細い目』
ヤスミン・アフマド監督・脚本。中華系のジェイソンは海賊盤DVDを売っていて、マレー系のオーキッドと出会い、恋に落ちる…マレー人優遇政策など社会背景も描かれているところはさすが。続編『グブラ』とともに、これも「仮設」で見たいなあ。『15マレーシア』
ピート・テオがプロデュースした力作。マレーシアを描いた15の短編のなかにヤスミンの遺作『Chocolate』も収められています。英語字幕でなら、YouTubeの中のPete Teo Televisionで宣伝なしで無料で見られます。本文で触れた『UNDILAH』もそこで公開中。『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』
行定勲監督の『鳩』にヤスミンのミューズ、シャリファ・アマニが出演。シャリファ・アマニは『タレンタイム』ではサード助監督で出演はしていないのだけど、すっごくチャーミングなので彼女にも注目。これも2020年6月30日まで無料配信されています。