GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#61『花束みたいな恋をした』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
今回ご紹介するのは『花束みたいな恋をした』。ドラマのヒットメーカー坂元裕二脚本に、菅田将暉と有村架純主演ですでに話題。
冒頭でそれぞれが別の相手と一緒にいて、別れてそれなりの時間が経っているところから始まる物語なのですが、
じゃあなんで学生時代の恋愛って長続きしないのか、今回は考えてみたいと思います。
Text_Kyoko Endo
学生時代の恋愛が長続きしないのはなぜ。
もちろん、学生時代の恋人と結婚していまでも仲いいです、なんて人もこの世にはいます。じゃあなんで多くの学生カップルは別れてしまうのか。この二人はなんでそうなったのでしょうか。この映画、青春時代の恋愛をカルチャーまじえてキラキラ描こうとしつつ…ほんとにそれが好きなの? という言動がちょいちょいあって、どうもそこが恋愛が成就しない一因ではと見ました。
イヤホンを分けあって音楽を聞いているカップルを見て、ステレオは左右で出てる音が違うのに!と憤慨する麦(菅田将暉)と絹(有村架純)。坂元裕二脚本『カルテット』の“唐揚げレモン”みたいな、世間でよく行われていることにダメ出しして注意を引く出だしです。別れていた二人が、お互いが同じカフェに来ていたことに気づくわけですが、男子はともかく、視野が広い女子が同じ店内に昔の男がいることに気づかないってことあるんでしょうか。まあそこはいいです。
この二人、すでに出会いから、好きなものが決まっているようでいて決まってなかったんじゃないかなと思える節もある。絹は2015年にはラーメンブログを書いていて「好きな言葉は“替え玉無料”です」とか言っているのに、そのラオタぶりは付き合い始めたらまったく出てこなくなってしまう。麦は麦で「好きな言葉は“バールのようなもの”です」なんて言ってるくせに、清水義範にも立川志の輔にもなんのメンションもない。
二人の行動ってしばしばそんなふうなのです。天竺鼠の同じライブを二人とも逃していて話が盛り上がったりするのですが、なーんで前売り買っといてなんでそういうことになるのか。絹の場合は、焼肉をおごられていたからで、焼肉店に入った時点で天竺鼠と焼肉を天秤にかけていたはず。麦に至っては忘れていた。二人ともナスビくんにハリセンではたかれて、天竺鼠が好きなのか、トガったお笑いが好きな自分が好きなのか、自分を見つめ直したほうがいいです。
カルチャーってかっこいいものだから、何か好きというとそれでアイデンティティが決まるような錯覚に陥りやすい。作家は誰が好き、ミュージシャンは誰が好き、というのは自己紹介に使うのはいいけれど、それは真の自己ではないんですよね。学生時代だとまだ自分の好きなものがはっきり決まっていないかもしれないけど、それはそれでいいのです。好きなものを10年くらいかけてじっくり探したっていいのです。成長するにつれて好きなものが変わっていくこともあります。まずいのは、周囲に流されて好きなものを捨てちゃうことなんです。
そんな二人は仕事についたらますます状況に振り回されてしまいます。外部要因として、日本人の働き方まじでやばい、というのはあります。ジェンダーギャップ先進国最下位の日本、社会システムからアウトカーストにされてきた女子よりも男子のほうが社会体制に組み込まれやすいという背景もあり。就職氷河期のまっただなか、絹は圧迫面接で体調を崩し、麦は法定労働時間って何でしたっけ? というような働かされ方をしていて、どちらも労働条件はよくないが、社会体制に組み込まれた男子の麦はどんどん仕事人間になり、絹が『食べるのがおそい』を見せようとすると、ブルシットな自己啓発本読みふけったりしてるようになっちゃう。
でも、絹は麦に、麦は絹に何を期待していたというのでしょう。学生時代のように早稲松や下高井戸シネマに通って、ジブリのアニメから名前をつけた猫を飼って、二人で散歩するように暮らせれば幸せだったはずなのに。好きなものを少しずつ手放して、いつの間にか「男として金を稼ぐ」だの「将来設計を」だのと違う価値観に取り込まれ、先進国レベルでは非常識な日本の“常識”に振り回されて自分を見失ってしまう。学生時代の恋愛はかくして破綻するのです。
ついでに。最初から二人の趣味があまりにも似すぎているのも気になりました。絹は麦の家に初めて行って穂村弘、今村夏子、舞城王太郎などが並んでいる本棚を見て「まんまうちの本棚じゃん」と言うのですが…作家の趣味はいいのだけど、うーん、それって楽しいのかな? 同じ本が多少あったとして、そこにプラスして興味があってもまだ読んでない本とか、全然知らない作家の本が入っている本棚を持っている男の子と付き合うほうが面白いのでは。同じ本を共有する楽しみはわかるけど、違う本をお互いにシェアするほうが世界は広がるではないですか。まんま同じ本棚というところですでになんか閉塞感があるというか。先行き短そうな予感がしてしまいます。
しかし我が身を振り返ってみれば、学生時代の恋愛が破綻したとて楽しく生きていけます。いろいろ心配して恋愛しないより、恋愛の思い出があったほうが感情的にも豊かな人生になるのでは。絹も麦も新しい相手をちゃんと見つけていますし、リモートワークが増えたことで日本人の働き方も変わっていくことでしょう。明るい面を見つつ、パートナーがいる人も今はフリーの人も、ケーススタディとしてキラキラだったはずの恋がダメになる過程を見ておかれてはいかがでしょうか。
『花束みたいな恋をした』
(2020/日本/124分)監督:土井裕泰
脚本:坂元裕二
出演:菅田将暉、有村架純
配給:東京テアトル、リトルモア
©️2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
1月29日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト
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