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暇と欲をいさぎよく楽しむKOTONAデザイナー・山下琴菜。
暇と欲をいさぎよく楽しむKOTONAデザイナー・山下琴菜。

MARGINAL THINGS.

暇と欲をいさぎよく楽しむKOTONAデザイナー・山下琴菜。

2021.03.26

なんでもオンラインショップで次の日には欲しいものが手に入れられる時代。
時間も速度もどんどんスピーディーになるなかで、
どうしても日常にある「無駄なもの」の大切さを忘れてしまうことってありませんか?
あらゆる時代にもまれても原石のように残るそういった自分でしか手に入れられないものこそ、
自分自身のセンスを常に更新するものだったりしますよね。
どんな世の中になろうと残りつづける価値を大事にする
ファッションブランド〈コトナ(KOTONA)〉の山下琴菜さんとワインを嗜みつつ、
「暇と欲」についてときに冗談を交えながら話を伺ってきました。

Photo_Harumi Obama
Interview & Text_Yoshiko Kurata

目指すのは街角のスナックのような存在。

ーあるインタビューで、どのような人に向けて作っている服かという問いに対して琴菜さんは「だらしない人のため / 欲深くて、多忙な日々を送る現代女性たちに向けて」と答えてて。一見すると相反する言葉なんだけれど、でもよく考えると素直に人間味のある人たちを想像してますよね。
ブランドコンセプトとして、「人間味のある人たちのためにつくってる」って言葉がここ最近しっくりくるようになってきました。どうしようもなくだらしなくて、でも好きなものには素直で貪欲で、なぜか忙しい人たちが私の周りの友だちには多くて(笑)。そういう人たちって、自分のスタイルをちゃんと持っててイケてるんです。
ー「だらしない」と聞くと、どうしてもネガティブな意味合いの「怠惰」を連想してしまいますが、〈コトナ〉の服から連想する意味合いはもっとポジティブですよね。
「だらしない」って、実はすごく効率的だなって思うんです。これも身近な友だちの例えなんですけど、シルクが好きな子がいて。シルクの魅力についてその子曰く、着心地がいいからパジャマに最適だし、でも上品な素材だから外出にも使えてすごく便利だよと。総合的にシンプルな生き方なんですが、そのなかにはちゃんと自分の「好き」に合うものを選別したスタイルを持ってますよね。私自身もパンツを自分のスタイルとして決めているからブレることもなく、マイペースに生きれているような気がします。
ー20S/Sから始めた1週間Tシャツシリーズも、そういうあらゆる女性像やシチュエーションを想像してつくってるんですか?
そうですね。月曜日はこのシリーズのなかで、いちばんシンプルだからこそ長く着てもらいたくてしっかりした生地感に仕上げていて。火曜日は華奢でかわいらしい雰囲気に、水曜日は構築的なフォルムをつくって大人らしく。木曜日は、Aラインでちょっとゆったりめにつくりつつも、袖で遊んでいて。金曜日は水曜日よりもさらに大人の女性のためにつくっています。それで、土曜日はワークディティールを盛り込んでいるから、土曜大工にも(笑)。個人的に日曜日がいちばんリラックスするイメージだから、Vネックにやわらかい生地感を選びました。

リラックス感を意識した「日曜日」Tシャツ。

ー一方で以前ほど外出する時間が短くなった代わりに、SNSでの情報が過多になり、自分自身の確固たるスタイルや好きなものを自信持って追い求めることって少し難しかったりするように思います。
私も幼少期に、異常なまで自分のスタイルを持ちつづける母親の姿に戸惑いを覚えてました。例えば、小学2年生の参観日に母親がツイードのセットアップで登場し、ひとりだけ明らかに浮いてて、すごく恥ずかしくて嫌だった。そのあと「もう参観日に来ないで」って拒絶するようなことを言ったのに、それでも母親は折れずに毎日自分のスタイルを貫き通してたんです。その一方で、自分も母親に着させられるブリブリのピンクのドレスや”女の子らしい”服を拒絶して、自分なりにパンツスタイルを貫いて。単純に兄がいたことも関係しているけど、そういう自我をファッションに投影してたんですよね。
ーそこからファッションを純粋に楽しむようになれたきっかけは?
大学卒業後に、広告会社でインターンシップしながら中目黒のバーで3年間バイトしてて。よくお客さんをカウンター越しにぼんやりと観察しながら、イケてる人/イケていない人に分別していました。単純においしくお酒が飲めているかどうかってところに行き着くんですけど、それ以前にイケてる人たちって自分の好きなことをやってる人だなって気がついて。そこでふと「あ、私自身も好きなことやったほうがいいじゃん」って思い切れて、ファッションの道に進むことにしたんです。そこでまず自分とファッションの接点として思い出したのが、さっきの母親のエピソードでした。当時は肯定できなかったけど、実際に自分の好きなことを理解してたりスタイルを築いている人って、愛がある人が多いんです。それで、いざファッション業界に入ると、一見見た目が奇抜な人こそ、すごく優しい人だったりして、どんどん肯定できるようになりました。
ーブランドを立ち上げる前は、文化服装学院からここのがっこうを経てますよね。〈アキコアオキ(AKIKOAOKI)〉、〈ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)〉、〈リョウタムラカミ(RYOTA MURAKAMI)〉(*現:〈ピリングス(pillings)〉)、〈ノリコナカザト(NORIKO NAKAZATO)〉などさまざまなキャラクターを持つ面々が在学していた頃だと思います。
そうですね、ちょうどみんなでショーをやったり、人前に出る機会が多かった時期だと思います。「就職しなくても大丈夫じゃない?」「自分たちでやっていけるよね」というムードが漂っていて、どんどん表に出ていった時代ですね。私自身この経験があったから、ブランドを立ち上げることができたのですが、一方で立ち上げ後に社会のルールや納品書の作り方などの仕事の基本を知っていったから、いま振り返るとある意味ブランドと一緒に成長していったと思います。
ーここのがっこうでは、定期的にプレゼンがあって、そこに向けて自分のことをとことん掘り下げていきますよね。山下さんの場合は、先ほどの母親のエピソードが根底にあったのでしょうか?
当時からよく「ここのがっこうなの!?」と周りから驚かれるほど、自分を掘り下げることには熱中していなくて。どちらかというと、自分の内面よりも自分と社会との接点を模索することに興味がありました。ただその接点を表現しようにも、とにかくプレゼン発表がめちゃくちゃ下手くそで(笑)。「あなたは言いたいことを相手に言葉で伝えるのが苦手だから、まず何をするより先に本を読んで」って先生に言われました。そこで一回服づくりもやめて、本と向き合ったら、書籍のなかで行われる言葉遊びや作者の考え方にすごくファッションを感じたんですよね。読書することで自信がついて、また服と向き合うことができました。
ー当時のバイブルとなった書籍は?
國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』。当時学生しながらも、バックパッカーで海外をふらふらとしたり、人生働くだけじゃないよなあってぼんやりしてたときに出会って腑に落ちた書籍です。日常をあくせくして働くより人生をどう彩るかという考え方に、すごく勇気付けられました。もう10年前に読んだ本だけど、現代思想としても通じる一冊だと思います。
ー私もその書籍好きで、そのなかでも触れている「暇」を受け止めることが大事なのは分かっちゃいるけど、日常生活に試みるには意外と難しかったりしますよね。
書籍でも触れられてるんですけど、まず「暇」と「退屈」って主観的か客観的かの違いなんですよね。それでいうと、人間みんな実はずっと暇なんですよ。実際やることもあるけど、追われているという感覚をなくすと自然と「暇」につながると思います。でも、単に「暇だ〜」って思っちゃうとネガティブなことも考え始めるから、私の場合は意図的に「好きなことしよう!」って決めてます。最近だとレコード集めにハマってるから、暇になったらレコード探しの旅に出かけたり、散歩したり。

囚人服を意識したというセットアップ。

ー暇だと、どうしても予定を入れたくなっちゃいます。
それって、もう暇じゃなくなっちゃうじゃないですか。例えば海外旅行中で暇になったら、とりあえず散歩しますよね。そういう感覚を日常にもどう落とし込めるかなって考えています。でも実際、みんなやることたくさんありますよね。私、そんなないもん(笑)。
ーいや、やることは琴菜さんもそれなりにあると思います(笑)。けど、そういう余白を見失っちゃうと、人の感度にも影響が出てきますよね。個人的には、最近どんどん物事の効率化が進むなかで、「贅沢」「浪費」などの感覚をいま一度大切にしないといけないと思うんです。
めちゃくちゃわかります。最初から効率と機能だけを優先すると、感度を試す余白がなくなっちゃって、どんどん感覚が鈍っちゃう。例えば、「これがいまいちばんかっこよくて便利です!」ってMAX値のものだけで満足してしまうと、それ以外のものが視界に入りにくくなりますよね。さっき紹介した私の友人たちは、それとは逆で自ずと自分のやり方で効率的なことを探っていく時間や感覚を持ち合わせているんです。『暇と退屈の倫理学』でも触れているとおり、「消費」は必要なもの / 「浪費」は必要以上なものという違いがあって、本来であればその交互を繰り返すうちに、その人の審美眼って洗練されていくと思います。
ーこれまでにそういう審美眼を磨く大切さに気づく体験ってありましたか?
学生時代にふらふらと海外旅行してたときに訪れたサハラ砂漠で出会った少年から石を買った体験ですね。現地の人が観光客に向けて、いろいろな石を売りつけてくるのはよくある光景だと思いますが、その少年だけただ単に石を見せるんじゃなくて、皿の裏で石を削って「アイシャドウにも使えるよ」ってオススメしてきて。当時は「まあ、おもしろいか」と思って買ったくらいだったんですけど、帰国して半年後に改めて見たらめちゃくちゃキレイでびっくりして。そういうふうに「いま」ではなく長い時間の経過でこちらの見方も変わるんだなって。
ー一見「無駄なもの」とされることにもたくさんヒントがありますよね。それは街づくりにおいても、極端な例ですけど街全体にコンビニのような店が乱立しているより、やっぱりバーやクラブなどカルチャーが生まれる場所があるほうが、街も健康的に循環して生き生きするんだと思います。
お土産ショップやリサイクルショップもそうですよね。それでいうと、バーも本当は生活に必要不可欠かっていうとそうではない。だって、普通に外でご飯食べたら、そのあとは家に帰って飲めばいいわけだし。でも、それでもバーに行きたくなったり、必要とされるのは、そこにいろいろなものが循環しててみんなの心の拠り所になってるからだと思います。ファッションもそうなんだろうなと思っていて。実際SNSだけ見つめていると一辺倒で「あまり個性のない人が表に出る機会が多くなってる」と思いがちだけど、いつの時代でも複雑な味を求める奥行きがある人だって一定数いるって信じてます。
ーそういう意味では、〈コトナ〉は今後どういうブランドになっていたいですか?
スナックのような存在になりたいです。さっき言ったとおり、誰かの心の拠り所になる場所は大切だと思うから。絶えず流動的に動くファッションという大きな流れから、ひょいとはみ出た流れ者が行き着く場所になっていたいです。それが数パーセントのパイであろうと、「ファッションの世界はファッションらしく華々しくやっといて! こっちはこっちの世界があるから!」って割り切れている自分のスタンスがあるんですよね。

PROFILE

山下 琴菜

2016年に女性特有の気分や逞しさ、だらしなさといった日々の生活に転がっている感情を汲み取ることからウィメンズブランド〈コトナ(KOTONA)〉をスタート。「現代の高等遊民のワードローブ」をキーワードに上質な野暮ったさを纏い、精神を解放し、自分自身に向き合えるためのウェアを展開。その人らしさを確立するお手伝いをし日常を豊かにする。
kotona.jp.net
Instagram @kotonakotonakotona