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Siaの初監督作を見るべき理由。『ライフ・ウィズ・ミュージック』
2022.3.14 Mon

Siaの初監督作を見るべき理由。『ライフ・ウィズ・ミュージック』

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。今回は連載の枠を飛び出してニュースでも一作品ご紹介。
Siaの初監督作ってどうなの? ロッテントマトやimdbでびっくりするほど点数低いんだけど…と
心配しているファンは多いと思います。いい作品なので、心配しないでどんどん見に行ってください。
あなたが見ているその点数、もしかすると作品を見てもいない人がつけたのかもしれません。

『ライフ・ウィズ・ミュージック』の俳優たちの演技は素晴らしいです。Siaが映画のために書き下ろした曲の歌詞を字幕で楽しめるのもいいところ。ミュージカルシーンの美術も衣装も素晴らしく、これまで自分のミュージックビデオで才能を発揮してきたSiaが全力投球した必見作です。2021年のゴールデングローブのミュージカル部門と主演女優賞部門にもノミネートされました。

アルコールやドラッグの問題を抱えたズー(ケイト・ハドソン)が、ガーナ出身の隣人エボ(レスリー・オドム・Jr.)に助けられながら、自閉症の妹ミュージック(マディ・ジーグラー)と生きていこうとする物語で、ズーの人間的成長が描かれます。

いい作品なのに、現地では自閉症の妹役にマディが起用されたことから「なぜ自閉症の俳優を使わないのだ」と自閉症コミュニティが猛反発、コマーシャルで予告編が流れた段階で公開中止要請の署名まで集まるように。怒りのSiaが「私も自閉症の俳優なんですけど」というツイッターに「酷い俳優なんでしょうね」と返信したりしてしまって炎上に油。ゴールデングローブにノミネートされた際には取り下げ署名まで起こってしまいました…。

自閉症については確かにマディが演じるミュージックを不適切に扱っているシーンがあったらしく、これについてはSiaはカットすると約束。自閉症の人にも会いドキュメンタリーも見てリサーチしたということですが、日進月歩で自閉症の研究が進んだところにリサーチが追いつけなかった点もあったのかもしれません。

しかし、ヒロインはマディではなくケイト。テーマは不良健常者の人間的成長なのです。ここで障がい者を脇役に使うのか、という問いかけもできなくはないが、ドラマで誰かが脇役になるのは当たり前のこと。そんなこと言ったら聴覚障害者の親から生まれた健聴者の子の物語なんて描けなくなってしまいます。

また、当事者発言でも冷静な批判でもなく、この機に乗じて才能ある女性を叩きたいのでは…? これは歌手である彼女への職業差別では…? と感じられるコメントも散見されました。自閉症の少女を演じるマディの歪めた顔の静止画像をばら撒いて嘲笑っていた投稿者もいたが、それは自閉症差別ではないのでしょうか。

何より騒動が起こったのが公開前で、実際に作品を見てつけた点数なのか判断しがたいのです。低点数の人のコメントの多くが1行程度しかなくレビューになっていないのにも“どうも見ていないのでは疑惑”が湧くのですが、ちゃんと見ていそうな人も、あまりの否定派の勢いに、ほかの作品なら8つけるところを6、7つけるところを4にするような腰が引けた投稿をしていて、全体的に作品が正当に評価されていない様子。

マディ自身は「自閉症の俳優をというコミュニティの人たちの気持ちもわかります。でも、そうした俳優ではダンスができないと思います」とコメント。そうなんです、この映画の見どころのひとつが主人公たちの内面の気持ちを表現するダンスシーン。「すべての痛みからの自由」を表現した、マディの身体能力を使いまくった圧巻のダンスなので、そこは譲れなかったのでは。

このダンスパートは素晴らしく、美術も衣装も凝りに凝っていてかわいいのです。Siaのミュージックビデオを飽きるほど見た人も、新鮮に楽しめるでしょう。このダンスシーンをしてこの作品が(年月が経ち騒動が落ち着いた暁には)カルト・クラシックになるのでは、という人もいるのです。

そしてケイト・ハドソンの演技はやはりいい。髪を丸刈りにしたパンクスでうわついたトラブルメーカーとして登場しますが、妹の世話をしながら精神的に成長していく変化を繊細に演じています。Sia本人もチラッと出ていて、映画ファンにとっては90年代のアイコン、ジュリエット・ルイスが出ていたりするのもうれしい。

「自閉症の俳優を使おうとしたけれどその俳優にとって撮影がストレスフルだとわかり、だめだった」と言っていたSiaでしたが、そののち「障害者差別じゃない。マディと一緒じゃなきゃ創作できないしやる気にならない」と本音を告白。私はマディは頑張ったしミスキャストではないと思っていますが、監督の贔屓によるミスキャストなんてよくあること。だからと言って、作品を公開しなければ問題ごと葬り去るという感じになってしまいます。ケイト・ハドソンがコメントしているように、最も大事なのは「見て議論する」ことではないでしょうか。

念のため付け加えておきますが、自閉症コミュニティの人々に怒るなと言っているのではないのです。彼らが自由に感情表明し、意見を言える状況は常に担保されなければなりません。障がいを真似されるなどのいじめを受けていたとすれば、健常者の演技に反発する気持ちもわかります。でも、「これをみんなに見せないで」ではなく「みんなで見て話をしましょう」のほうが理解の助けになるはず。作品のシャットアウトは、話し合いでは何も解決できない世界を招くことになってしまうのではないでしょうか。
 
 

Text_Kyoko Endo

『ライフ・ウィズ・ミュージック』
監督・製作・脚本:Sia
出演:ケイト・ハドソン、マディ・ジーグラー、レスリー・オドム・Jr.
(2021/アメリカ/107分)
配給:フラッグ
©2020 Pineapple Lasagne Productions, Inc. All Rights Reserved.
全国ロードショー
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