「映画館にひと休みしにきてもらいたい」 岸井ゆきのが紡ぐ、小さなラブストーリー。
「映画館にひと休みしにきてもらいたい」  岸井ゆきのが紡ぐ、小さなラブストーリー。 「映画館にひと休みしにきてもらいたい」  岸井ゆきのが紡ぐ、小さなラブストーリー。

A little love story.

「映画館にひと休みしにきてもらいたい」
岸井ゆきのが紡ぐ、小さなラブストーリー。

2026.06.26

吉本ばななの短編小説『ミトンとふびん』に収められた一篇を映画化した
『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』。
日本と台湾の合作により映画化が実現した本作で、主人公のちづみ役を演じた
女優・岸井ゆきのさんにインタビュー。
母を亡くした悲しみに打ちひしがれるちづみが、台湾人の母と日本人の父を持つ
シンシン(ツェン・ジンホア)と出会い、小さなぬくもりを見つけていきます。
作品への思いや、撮影の裏話などをお聞きしました。

Photography: Zero Wang

― 台北を舞台にした、吉本ばななさんの原作が元となった本作ですが、はじめに脚本を読まれたときの印象をお聞かせください。
私は原作を読んで、それから脚本を読ませていただいて。小説からそのまま出てきたみたいに感じたんです。ちづみの喪失だったり、一歩を踏み出すまでの短い時間の物語がすごく立体的に描かれているなと思いましたし、そのときはただト書きだった台湾の描写も、どういう風になっていくのかなと、興味深かったです。
― それこそ、実際に台湾で撮影されたんですよね? ロケ地もいろいろな場所を巡られたと思うのですが、特に印象に残っている場所はありますか?
ティーハウス(青田茶館)ですね。私自身台湾は何回も行っていて、実は6回目くらいなんですね。短い時間で行けるからこそいつも予定を詰め込んでしまってバタバタするのですが、ここはゆったりした時間が流れていて。建物全体が木でできていて、すごく温かいんです。こういう場所は旅行ではなかなか訪れたことがなかったのですごく印象に残っています。
― ロケーションに限らず、スタッフの方々もほとんどが現地の方とお伺いしたのですが、ご一緒するなかで日本の現場と違いは感じましたか?
台湾のみなさんは食事を本当に大事にされるんですよ。ご飯の時間になったら、すぐ食べるんですね。シーンの途中でも。温かいご飯を温かいうちに食べる、というのが基本でした。ちゃんと食べないと動けないでしょっていう。そういう部分時間が、すごく豊かだなと思いました。
― 理にかなってます(笑)。
そうなんです。あとは、みなさん本当に自由。タクシーの中で撮影するシーンがあったのですが、照明部は中に入れないので、セッティングしたらそのシーンはお仕事終了なんですね。車が戻ってくる場所で待ってるんですけど、撮影が終わって戻ってきたら照明部の方々がすごい大きいタピオカを飲んでて。それがすごくいいなと思いました。日本だとスタッフの方々に差し入れしても、やっぱりみなさん遠慮して見えないところで飲んだり食べたりしてくださることが多いんですよね。それが台湾の方々は、差し入れを持って休憩していて。もちろん、仕事自体はちゃんとされているんですよ。だから、こっちも気を遣わないというか、気が楽でしたね。
― W主演のツェン・ジンホアさんとは、どのようにコミュニケーションを取りながら撮影に臨まれましたか?
拙い英語と、あとはお互いに覚えて持ち寄ってきた日本語と中国語でコミュニケーションを取っていました。ジンホアさんは、セリフのために覚えた日本語から日常的に使える言葉を抜き出して私に声をかけてくれたんです。「雨が降ってきました」とか「その服いいよ」とか。セリフの練習にもなるし、お互いのコミュニケーションにもなることを、日々やっていました。
― 素敵ですね。岸井さんも中国語を勉強されて。
はい。でもやっぱり発音がすごく難しくて、全然通じなかったです。大変でしたね。
― 本作品は、ちづみと母親、ちづみとシンシン、といった1対1の関係性が主軸となって物語が構成されています。岸井さんご自身は、それぞれの関係性に対してどのような印象をお持ちですか?
ちづみと母親の関係は、私と私自身の母親との関係とはちょっと違うのかなと思っていて。ちづみと母親は、お互いの人生をお互いの一部として見ているような気がしました。だからこそ、いなくなったときに本当に自分の半分を喪ってしまったような感覚になるのかなと思うんですけど。私と母親の関係は、私の目線だともう少し個々というか。もちろん家族だし、信頼してるし、大好きな母親ですけど、個人としての思いが強いんですよね。たぶんちづみと母親は違うんだろうなと思って、そういう経験が自分には無かったから、羨ましくもありました。2人にとっては普通だし、仲が良すぎるわけではないと思うんですけど、ずっと二人三脚で歩いてきたんだなと感じました。母親が亡くなってもなお、いまだにずっと手を取り合ってるんだなって。
― ちづみとシンシンはどうですか?
この2人は出会って間もないですが……すごく誠実なやり取りをしているんです。とても傷ついて自分の中に空洞があるとき、仲のいい人や自分のことを本当によく知ってくれている人からの言葉がうまく受け取れないことってあると思うんですよね。「絶対大丈夫だよ」と言われたとしても、その言葉をもらってうれしくはなるけど、いや、ちょっと違うな……みたいな。でも初めて出会って、自分の人生を全く知らない人だからこそ受け取れる言葉もあると思うんですよね。ちづみとシンシンみたいに。「え? 昨日出会ったんでしょ?」って、誰かに話したらちょっと信じがたいようなことだとは思うんですけど。だけどそこには本当のことがあるってこの2人を通して思えたし、信じられる関係性だなと思いました。
― 実際、シンシンは傷ついたちづみの心をすぐに解きほぐしていましたよね。序盤〜中盤のちづみはひたすらに心細くて悲しみに暮れていましたが、シンシンと出会ってから少しずつ明るくなっていく印象を受けました。そういったちづみの心のグラデーションみたいなところは、どういう風に意識して演じられましたか?
私自身、台湾で初めてジンホアさんに会ったときに、びっくりしたんですよ。なんかこう、発光していて。人の持つパワーを感じて、いま、この初めて会った感覚が、ちづみとシンシンが出会うシーンそのままだったらいいなと。ジンホアさんの服装も、シンシンとそっくりで。
― そんなことあるんですね! あの白シャツですか?
そうなんです(笑)。ほとんど一緒でした。本当に輝いていて、私はそれを見たまま受け取ったというか。実際、ちづみもシンシンが発光してるから照らされてしまうわけじゃないですか。だから、このままちづみは光の中に入っていけるような気がして。自分でグラデーションをつけるというよりは、ジンホアとのやり取りの中で生まれたものや目の前にあることを大事にしていれば、ちづみはエネルギーを蓄えていくような気がしました。
― 岸井さんご自身は、生活を営む中で折り合いをつけられない悲しみや苦しみを、普段どのように扱って乗り越えていらっしゃいますか?
ここ最近なんですけど、ようやく分かったことは、認める。ちゃんと見る。そこで何が起きてるのかをちゃんと確かめてから、悲しみや喪失に向き合っていかないと、自分の状況からは立ち上がれないんだなと思います。
― では最後に、この作品はどういった方に観ていただきたいですか?
いま、SNSがすごく発達していて、自分だけの世界を持ちにくくなっているのかなと思うんです。こういう表に出るような仕事じゃなくても発信するような時代だし、発信だけじゃなくて情報もたくさん入るようになってきてるじゃないですか。それを窮屈に感じていたり、常になにかをジャッジされてる感覚を持っている人ってたくさんいると思ってて。でもこの映画ってもっとプリミティブっていうか。疲れたら寝る、起き上がれないんだったらまだ寝るし。ちづみは台湾に行っても寝てますから。
― そうですね、ホテルで長い間寝てますもんね(笑)。
食べる、寝る、出会うっていう、ただ目の前にあることだけを感じる。そして誰にもジャッジされない言葉をシンシンは最後の方にちづみに教えてくれるんです。ちづみ自身は特別な存在でもないし、だからといって仕事を頑張ってるとか、肩書きとかじゃなくて、「君は小さいからいいんだよ」っていうことを言ってくれるんです。それが本当に心に沁みて。やっぱり常に頑張らなきゃいけないなって私はどこかで思っているし、そういう人も多いと思うんです。そんな疲れた心に沁みる作品だと思うんですね。ゆっくりお茶を飲むとか、ゆっくり街を歩く、小籠包を食べる、おいしいと感じる。そういったひとつひとつの感覚を呼び起こすような映画になっていると思うので、ちょっと疲れたら、映画館に2時間休みに来てください。
― 休みに! 現代人に沁みるお言葉です……。ありがとうございました。

『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』

母を亡くし、深い喪失感を抱えたまま日々を過ごす、ちづみ。心の空白は埋まらず、時間だけが過ぎていくなか、友人に誘われ、台湾を訪れた。そこで、台湾人の母と日本人の父を持つシンシンを紹介される。見知らぬ街の風景と、何気ない会話の積み重ねが、止まっていた心を少しずつ動かしていく。消えない悲しみを抱えながらも、小さなぬくもりを見つけていく――。

出演:岸井ゆきの ツェン・ジンホア
藤原季節 中田青渚 伊勢佳世 柄本時生 / 飯田基祐
リン・チェンシー エンジェル・リー / リン・メイジェン
余 貴美子

原作:吉本ばなな 「SINSIN AND THE MOUSE」(新潮社刊「ミトンとふびん」収録)
監督・脚本・編集:真壁幸紀
共同脚本:加藤法子

サウンドプロデューサー:TAKU Tanaka
配給:カルチュア・パブリッシャーズ

2026年 / 日本 / カラー / スタンダードサイズ / 5.1ch / 108分 / G

Copyright © 2021 by Banana Yoshimoto All rights reserved.
Japanese original edition published by Shinchosha Publishing Co., Ltd., Japan in 2021. The permission to use the original novel to produce this movie has been arranged with Banana Yoshimoto through ZIPANGO, S.L.
©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」FILM PARTNERS
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