「撮影してるとき、未来を一回も考えたことがなかった」 森七菜&長久允監督インタビュー
GCC拡大版! 『炎上』
「撮影してるとき、未来を一回も考えたことがなかった」
森七菜&長久允監督インタビュー
2026.04.09
カルト宗教にハマった親からの虐待を逃れた樹理恵(森七菜)はSNSを頼りに歌舞伎町のトー横にたどりつき、
じゅじゅという呼び名と居場所を得ました。さまざまな生育歴がある子どもたちが集まる歌舞伎町、
家に残してきてしまった妹を救い出したいと願うじゅじゅは、
友だちになった三ツ葉(アオイヤマダ)から簡単に稼ぐ方法があると教えてもらい――
カラフルでポップな映像で歌舞伎町に生きる子どもたちのタフな人生を描いた映画『炎上』。
主人公のじゅじゅを演じた森七菜さんと長久允監督にインタビューしました。
Interview & Text: Kyoko Endo
Photography: Tenkou Ma
- ―カルト宗教信者の両親とその家庭環境から逃れる子どもの物語ってそれだけ聞くと結構重い内容に感じたんですけど、脚本はいつごろから書き始められたんでしょうか?
- 長久:企画のログライン自体は5年ぐらい前から持ってて、脚本はそこからちょっと温めてる時期があって、3年前ぐらいです。
- ―その温められた時期に、とくにきっかけみたいな出来事があったんでしょうか。「これを作らなければならない」みたいなモチベーションというか。
- 長久:トー横キッズの子たちがSNSで切り抜かれた姿とか、報道で描かれる姿を見て、それは一面なんじゃないかなとか、強烈な行動ばかりが切り抜かれていく姿を見て、もっといろんなことを彼女たちは思っているだろうし、感じているだろうし、まず話を聞きたいなと思ったりしたところから始まります。
- ―森さんは最初に脚本を読まれたとき、どんな感想を抱かれましたか?
- 森:なんかいつも「この未来あるな」とか感覚でわかることってあるんですけど、(『炎上』の場合は)「この未来あるな」って思って。そのときから地続きでじゅじゅと関わってきたので、客観的に見たことないっていうか、読んだときからその未来を受け入れていた感じがあったんです。ある意味ご縁を感じた瞬間でした。
- ―ご自分の起こりうる未来としてリアリティを感じたみたいなことでしょうか。
- 森:そうですね。これからこの時間を過ごすんだなあ、というちょっとした予感って感じですかね。
- ―実際に歌舞伎町で撮影されて、ご自身にもたらされたものや発見とか、撮影中のエピソードはありましたか。
- 森:ちょっと特別な場所っていうか空気から全然違う場所なんで、撮影するときは新宿に泊まろうって決めていて、新宿のホテルに泊まったんです。それで現場に歩いて行ったりしていました。その間にはやっぱり面白い人がいっぱいいるし、朝なのにまだ光ってるネオンがあったり、タイムトラベルじゃないけど普通の時間の感覚がない。あるのは明るい空か暗い空かだけみたいな新宿にしかない感じがあって。自分の中でそこに住んでるときならではの体調みたいなのがあるんです。場所から受け取るものですよね。そこの気が強いからこそ、それを受け取って良かったなって思う部分もあるし、撮影していてやっぱりいろんな人に会うし、いろんな人が通るから撮影が中断したり、いろんなハプニングもありました。でもなんかそういうものが……このじゅじゅっていう、暗い過去を抱えて、自分の中でどこか不幸な女の子で固まっちゃいそうだったものが「そうじゃないよな」って気づかせてくれたというか。それは監督からも聞いていたし、いい意味で自分の歯車がバカって外れた瞬間がいっぱいあって。監督や自分のタイミングでスタートを切れないこととかいっぱいあったけど、そういうのが自由度につながったっていう感じ。だから場所とそこにいた人たちに、すごい感謝してますね。
- ―タフでもいなきゃいけないし、どこか心を麻痺させないとやっていけないような感じも受けたんですけれども、それが逆にじゅじゅを作る上での良い要素になった感じだったんでしょうか。
- 森:一日中あそこの広場にいると、もう音楽がすごくて。全部のモニターから音楽が鳴ってるんで、音声さん大変だなと思いながら。撮影のときも三つのモニターから全部違う曲が流れてる(笑)。なんかそういう、ちょっと頭の方向がまた別の次元に行く感じがちょうどよかったですね。
- 長久:常に20か所くらいから大きい音が鳴っているみたいな状態だから、森さんが言うように、グワングワンな磁場の中、でもその磁場があるからこそ、スタッフも俳優もみんな全員でそこの地面に同化しながら撮っていけたのかなっていう撮影期間だったように思いますね。それがちょっとしんどいときもやっぱりありはするけど、そのしんどさも、そこで過ごしている方々が感じている重力だったりすると思うんで……普通の撮影って場所を作って撮っていくものなので、あそこまでの重力を感じながら本当の撮影が出来るということは、なかなかまれな機会なので、撮影を調整してくれた制作部に感謝ですし、あの時、撮影の周りで見守ってくれた方々にも本当に感謝しています。
- ―(監督の前作の)『ウィーアーリトルゾンビーズ』(2019年)とかも好きで、キッチュな感じがとても歌舞伎町に合って、すごいハマり方をしているなと思ったんですけど、歌舞伎町という街の生命感が感じられました。この作品でも人生は続いていくっていうことをメッセージとして発信されていたんでしょうか
- 長久:『ウィーアーリトルゾンビーズ』とか、これまでの作品とこれも共通して「とにかくいまを生きていくし、つらいことがあっても、生きている限り人生は続くのである」っていう映画を作るべきだと思って作っているわけじゃないんですが、僕がきっと常にそういう思想を持ってるから前提にある価値観として共通していたと思います。意図的じゃないですけど、トー横キッズの子たちの話を聞いてこの物語を作ろうと思ったというところも、そこの僕の価値観と共鳴したからかなと、いまとなっては思います。
- 森:そうですね。この撮影をしているときは、じゅじゅとして未来を一回も考えたことがなくて。目標はあっても、とにかく“いま”感がすごくて、もう夢中っていうか、いっぱいいっぱいっていうか。だからこの映画の結末の先がどうなるかもまったく想像ついてないんです……。でも映画を観て「彼女たちに光のある未来があるといいな」ってすごく感じたので、観てくれる人たちにも、もしそう映っていたら、じゅじゅとしてもすごいうれしいというか。そんなふうに思ってくれる人がいたら、うれしいなと思いますね。
- ―撮影が終わったいま、森さんからご覧になって、じゅじゅってどういう感じでしたか。監督から見て森さんが演じたじゅじゅの魅力というか、エキサイティングだった瞬間はありましたか。
- 森:彼女はなんにでもなれるなって思って。出会ってきた人とか、受けてきた影響で、ずっと自分のじゅじゅですけど、なんかポテンシャルを感じながら、いい方にも悪い方にも持っていかれる。そういう部分も含めてなんか普通なんですよね。普通っていうと変ですけど、あんまりイメージを固定したくなくて。そういう「生きてますよ」って「普通に生きてまっせ!」みたいな感じを出したかったのはありますね。
- 長久:もしかしたら(映画を観た)お客さんは、トー横広場にじゅじゅがやってきたときに「悪い話が始まっちゃう」と思うかもしれないんですけど、最初にじゅじゅが広場にやってきて自己紹介するシーンを撮影しながら「良かったな」と思ったんですよ。それは脚本を書いていたときよりも、森さんの演技をモニターで見ていて、「あ、ここに来れてよかったな」とその瞬間思ったんですね。それが社会的に意味があるって意味合いじゃないんですけど、彼女があのときじゅじゅと名前を付けられて、ここにいれてよかったなと思ったことをいま思い出しました。
- ―それは演技をご覧になって。
- 長久:そうです。そういう意図で書いたわけじゃなかったんだけど、演技を見て。(撮影)初日とかですね。初日に強く、彼女を応援する気持ちになったことをすごく覚えてますね。
- (ここで森さんが撮影タイムに)
- ―じゅじゅがカルト宗教の信者である両親と厳しい家庭環境で育ったというだけで大変な生い立ちだと思うんですが、さらに吃音っていう設定にしたことには何か意図がおありだったんでしょうか。
- 長久:何か重いものを背負わせたいという気持ちでそうしているわけではなかったんですけれども、ティーンエイジャーの多くが抱える、自分が本当に思っていることがあるけど親やコミュニティにうまく表明できないということを描くことがこの物語にとって重要だと思ったときに、吃音という設定をお借りしたということですね。でも吃音というものに対して真摯に向き合わなきゃいけないと思ったので日本吃音協会の方からしっかり学ぶ機会を森さんと一緒に取らせてもらって描くことにしました。
- ―一ノ瀬ワタルさん演じるKAMIくんが石川浩司さんの『ラザニア』を歌っていますが、あの曲はどういう経緯で選ばれたんですか?
- 長久:2年に1回ぐらい弾き語りのライブに呼ばれる機会があって、ギターは弾けないけど素人ながらに下手でも歌いに来てくださいというオファーがあったんですね。そこに出たときに本当にたまたま石川浩司さんと一緒だったんですよ。あれ何年かな、2023年か2024年か、ちょっと忘れちゃいましたけど、『ラザニア』をその場で歌ってらっしゃって、そこで初めて聞いて、ちょうどこの物語を書いているときだったんで、あそこにいるみんなを本当に心から一度肯定するメッセージが物語に必要だと感じていたので「まさにこの曲こそがこの物語に必要なんです、お借りしていいですか?」とご相談して使わせていただきました。
- ―登場人物のキャラクター設定もすごく面白くて。たとえば阿Qの名前は『阿Q正伝』から来てるのかなと思ったんですけど。
- 長久:そうですね。おっしゃるとおりですね。
- ―さまざまな子どもたちのキャラクター設定にはどんな思いをこめられたんでしょうか?
- 長久:それぞれがそれぞれに大事にしているものがあり、社会の常識とは違っても、大事にしていることや自分たちのルールや自分たちの尊厳がある、ということで、設定としてそれぞれのディテールを意識してつくりました。
- ―先ほど森さんが「じゅじゅとしての未来を本当に考えていなかった。夢中でいっぱいいっぱいだった」っておっしゃっていましたが、それが大人がトー横キッズの子たちに向ける「刹那的だ」っていうことになってしまっているのかなと思います。本人にとってはいっぱいいっぱいなのに大人には刹那的と言われてしまう、そのしんどさみたいなところを、どのようにリサーチされていったんでしょうか。
- 長久:リサーチ方法は言えないんですけど、でもいろいろお話を聞いてそんなふうには感じました。刹那的ということに僕は何ら否定的な気持ちはなく。でもそこにたどり着いたのは……何だろうな、たとえば僕らがスポーツに打ちこめたのは、コミュニティに馴染み、そういうチョイスがたまたまできたからで、それは否定されないじゃないですか。本当はそれと同じで“いま”を人間性高く生きて打ちこんでいるだけだから、本来は違いはないはずで。それはコミュニティや社会の環境整備のほうに問題があるんだから、そこを否定はできないなとは強く思いましたね。
- ―監督が大人でありながら、トー横にいる子どもたちの目線もしっかり持っていらっしゃるっていうことが結構驚きだったんですよね。『ピーター・パン』の作者みたいな。
- 長久:その例えは、ありがたいです。でも僕は成功しているだなんて1ミリも思ってないですし、彼らと僕になんら価値の違いなど、当たり前にないと考えています。年齢的に成人なだけで、そもそもそのことに違和感があるし、「大人は全員クソだな」っていう三ツ葉のセリフがありますけど、それは僕から自然に出てきた言葉だから、なんら高い位置に自分がいるなんてもう本当に1ミリも思わないです。あちらからしたらおこがましく見えるかもしれないですけれども本当に自分との近さを感じています。
- ―タイトルが三島由紀夫原作の市川崑の映画『炎上』と同じなのは、なぜなんですか。
- 長久:そもそも違うタイトルだったんです。もともとは炎のスタンプ一個をタイトルにしたいと思っていました。だけど、ちょっとそれって映画の登録上できなくて、それに近い広く意味のある言葉にしようと思って“炎上”というタイトルをチョイスしました。でもやっぱり、この物語を描く上で、もともとの金閣寺の炎上の事件から影響を受けてないとはやはり言えないかなと思いますね。
- ―森さんを主役にお選びになったのはなぜだったんでしょうか。
- 長久:オファー当時は、ある種まっしろなルックが多いように拝見してたんですけど、もちろん俳優としての上手さを感じながらも、なんかもっと、何ていうか沸騰するような何か内向的なエネルギーがあるように感じていて。最初受けていただけると思ってなかったんですけど、いいなあと思ったのでオファーしたら受けてもらえたという経緯ですね。
- ―あと、アオイヤマダさんの三ツ葉役がすごく意外でした。「装苑」とかで見るのとはまったく違う姿で、でもちゃんとおしゃれで知的な子の役で、彼女はどのように起用なさったんですか。
- 長久:3回4回ぐらい仕事でご一緒していて、そこでいろいろ話す上で、学校の常識とかコミュニティよりも、自分ひとりでダンスをやっていくっていうチョイスをしているということ自体が、トー横広場にやってきた彼女、彼らと、概念的なつながりやシンパシーを勝手に感じていました。かつ、あのアオイちゃんの喋り方とか演技とかそういうものに魅力を感じていたので、その2点があって、三ツ葉という役が合うんじゃないかなと思ってお願いしました。
- ―ティーンエージャーの役を彼女が演じるということにすごく驚きました。
- 長久:誰も描いてきていないアオイちゃんになれてるのかなとは思いますね。いや、なかなかあの役はほかの人にはできない役なんじゃないかな。
- ―だいたい皆さん、最初からオファーされたんですか? オーディションで入ってこられた役の方もいらっしゃったんでしょうか。
- 長久:基本的に僕が知っている人たちです。どこでもおしっこしちゃうハク(という登場人物)とかは川上さわさんという映画監督の方なんですけど、いろんな映画を撮っていて、その舞台挨拶とかを見ていて。なんかすごい立ち振舞いが魅力的だなと思って、ちょっと想定しながら(脚本を)書いたりとかもしています。他のキャラクターももともと知っているアイドルやダンサーの方に、ちょっと読み合わせしてみてから正式にオファーしてますけど、基本的に名指しのオファーをさせてもらっているんです。ただ、阿Qだけはオーディションをしました。想定ではもうちょっと不良っぽいイメージだったんですけど、森かなたさんがこっちの想定とは違う演技をされて「あ、これが本当の阿Qだったんだな」とオーディションの場で思ったので、もう「阿Qです」とその場で言っちゃったかも、確か(笑)「いや、まだオーディション残ってますよ」って言われたんですけど、言っちゃったかな。はい、そういう経緯でした。
- ―ありがとうございます。(森さんが戻ってくる)撮影ありがとうございました。
- 森:ありがとうございました。
- ―じゅじゅ役をおやりになってて、10代にしか見えないのが本当にすごいんですけど、とくに気をつけていらっしゃったのはどんなところだったんでしょうか。
- 森:ねえ、顔はどう見ても10代にしか見えないときとかいっぱいあるって(笑)。外国とかでもよく言われるんですけど、でもなんかそういう役をできるのも、もうここ何年ぐらいかなと思っていて。一生懸命やろうと。あとは、自分の心の中で一個何か決めようって思って……新宿に住むこともそうだし、わかりやすいところで言うと、リンスとか爪切りとか使わないものを決めていました。基準は多分自分の心のどこかにあるんだと思うんですけど、そういうことを何も考えず「いる」っていう。そうすることで自分の体にもやっぱり変化が現われてくるし、そういうときならではの身体の感じが欲しかったんですよね。なんかそこの、自分の中で何かいつもあるものがない感じとかが、彼女の……あるはずだったものがなかった感じみたいなのはわかるのかなって思いながら、実験的に(役に)入っていきました。
- ―はい。先ほど「不幸な女の子になっちゃうのは違うよね」っていうお話を監督とされたっていうことなんですけど、監督はどの程度演出されていたんでしょうか。
- 長久:演出…どうだろう。してたかなあ。ちょっと覚えてないなあ。
- 森:わたしもあんまり覚えてない人なんですよね。でも監督がそれを言っていたの、めちゃくちゃ印象的で本当にそうだなと思っていました。
- ―弱い子じゃないっていう?
- 森:徹底してそっち(弱者としてのじゅじゅ)を描いちゃダメだなって私は思ったんです。だから、ただただチワワを見る時間があったりとか、友だちと殴り合う時間もあるし、冗談言うし。なんか普通、ラフさっていうか。
- ―先ほども「ここ(トー横)に来れてよかったな」って言ってらっしゃったのがとても印象的だったんですけど、つらい場所から逃げ出せる生命力を、信じていらっしゃるっていうことなんでしょうか。
- 長久:うーん、生命力といえばそうですけど、生命力にもいろんな形があって、なんというか、くだらない話をヘラヘラとできることも生命力だと僕は思うんですよね。サバイブ力といいますか、そういうことも含めて人の“生きる力”だと思うので。人間ってみんなそんなにゴールに向かって一貫してないと思うんですよ。だから物語のためにシリアスでいつづけることのほうが不自然だと思う。いろいろな情緒を経るほうがより自然かなと思ったので。それは前提として持っている意識としてあるから、それが漏れ伝わったのかもしれないですね。
- ―はい。その強さがとてもよかったんですよ。えっと、じゃあちょっと最後、すごい月並みな質問ですけど、とくにどんな方にこの作品を見てもらいたいっていうのはありますか?
- 長久:大人とティーンエージャー。全員じゃないか(笑)でもやっぱり僕は基本的にはティーンエージャーのために映画を作っているから、これちょっと月並みなことを言っちゃうけど、ちょっと重い描写もあるけど、何かに悩んでいたり、ちょっと不安がある人にこそ見てもらって、気軽な気持ちを手に入れてもらったらうれしいなあというのは、やっぱりあるかな。
- ―森さんはいかがですか?
- 森:たまたま見てほしいですね。
- 長久:あ、いいね! そうだよね。
- 森:私はじゅじゅとして……まあ、いつもそうなんですけどね……個として何かを伝えたい。完成した映画を見て、たまたまこの作品に出会って、たまたま宝物になる人っているんじゃないかなって、その奇跡を信じて公開を待ちたいなと。
- ―はい、ご成功を祈っております。
- 長久:それは記事にかかっています!(笑)
『炎上』
監督:長久允出演:森七菜、アオイヤマダ、曽田陵介、広田レオナ、一ノ瀬ワタル
(2026年/日本/103分)
配給:NAKACHIKA PICTURES
4月10日(金)全国ロードショー