上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #108『エミリア・ペレス』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #108『エミリア・ペレス』 上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #108『エミリア・ペレス』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#108『エミリア・ペレス』

2025.03.26

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『エミリア・ペレス』。
ゴールデン・グローブではミュージカル/コメディ部門で作品賞を受賞。
アカデミー賞では最多12部門で13ノミネートされていたのに作品賞を逃したのは…
ゴシップも含めて稀有な作品の見どころをお伝えします。

Text: Kyoko Endo

サンローラン製作の豪華サスペンス

いま本当にいい映画が多すぎ。Netflixなど配信企業の隆盛でおっさんたちが経営していたスタジオがパワーダウンし、同時にA24のような制作会社が台頭したり、#Me tooムーブメントや『ブレインウォッシュド』で性差別が反省されてフェミ的で多様性がある映画が一気に増えて、ハリウッドそのものがアップデートされたと感じます。たった8年前にアカデミー賞白すぎ批判(候補者が全員白人で視聴率が史上3番目の低さに)があったことを考えればすごい進歩。やっぱ、おかしなことがあったら文句言わないと世の中は変わらないですね。

『エミリア・ペレス』は、その多様になったアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞、編集賞、主演女優賞、助演女優賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、音響賞、作曲賞、撮影賞、歌曲賞(『El Mal』、『Mi Camino』の2曲)、国際長編映画賞でノミネート。作品賞受賞も確実視されていたのに、結果は助演女優賞と歌曲賞(『El Mal』)にとどまりました。

なんでかっていうと、トランス女性として初めてノミネートされた主演のカルラ・ソフィア・ガスコンが、何を焦ったか同じく主演女優賞と作品賞と国際長編映画賞にノミネートされていた『アイム・スティル・ヒア』(8月公開予定)の主演女優をディスったりしたから…。そこからガスコンの過去のやらかしがネットで晒され、賞レースで失速しちゃったというわけなんです。SNSって怖いですね。

それでもやっぱりこの映画は、メインキャラの俳優がカンヌで4人とも主演女優賞を獲得した傑作。トランスかシスかに限らず女性なら誰もが見聞きしてきた性差別+それを逆転する女性たちを力強く描いているので、やっぱり見ていただきたい映画なんです。

まず最初に登場するのが弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)。ものすごく優秀なのに事務所で出世させてもらえず、アホ上司が裁判で読む陳述書を裏方として書くばかり。裁判の案件もスカで、金持ちの男の妻殺しを無罪にするような仕事をしていて、社会をより良くすることにも貢献できていず、虚しい日々を送っています。そんなリタに接触してくるのが麻薬王のマニタスです。案件はマニタスの性別適合。本来は女性として生きたかったのに貧困を生きのびるため暴力でのしあがった彼を安全に女性にすれば莫大な報酬が約束されて、リタにとっては人生逆転の大チャンス。

ただ、マニタスには妻子もいるのですが、妻のジェシー(セレーナ・ゴメス)はマニタスの秘密を一切知らされていません。夫に命じられるまま海外に移住させられたりして移動の自由もない。しかも子どもを産んだらマニタスの野郎は態度変えやがったという。マニタス自身にも性差別の加害者というレイヤーもあったりするわけです。

それで性別適合手術は成功して(ここまでで映画の開始から41分)エミリア・ペレスとしてのマニタスの新たな人生が幕を開けることになるのですが…。エミリアの登場で、リタやジェシーの人生が大きく変わっていきます。エミリアとマニタスを両方演じているのがカルラ・ソフィア・ガスコンです。エミリアはその後女性の恋人ができるのですが、恋人のエピファニア(アドリアーナ・パス)も夫の暴力に苦しんだ過去があります。エミリアは女性として過去を償うような活動に邁進するのですが、子どもと暮らしたいと考えたことから少しずつ歯車が狂い始め…という物語です。

歌曲賞を受賞しただけあって、音楽も楽しめます。ラップもあり、大きくうなずきたくなる内容の歌詞ばかり。トランス女性が類型的すぎるという批判がトランスコミュニティからあったのですが、もともとオペラ作品の企画だったので、わざと類型的に作ったのだそう。監督曰く、オペラでは登場人物を類型的に作って心理描写もしない、心情は歌やダンスで伝えるものなのだということでした。その音楽やダンスが見どころです。

あとこの作品、サンローランが映画製作のために立ち上げたサンローラン プロダクション初の長編なんです。衣装の監修はアンソニー・ヴァカレロ。主人公は元カルテルのボスで大富豪なので、ラグジュアリーブランドの美しい衣装がこれでもかと登場しますよ。まったく体型が違う主要登場人物それぞれが似合ったドレスを着ているのを見るのも楽しい。インテリアも美しいのです。チープに暮らしている登場人物もいてカジュアルな服やインテリアもあり。どれもかわいくて日常のファッションにも取り入れられそう。雑誌一冊作れそうなほど素敵なものだらけなんです。

正直、主要登場人物たちはセレーナ・ゴメス以外みんなおばちゃんです。エミリアは52歳、リタは46歳。しかしそれも、若い女性ではまだ人生の挫折は経験していないだろうという監督の思慮深さがあってこそ。リタの半分くらいの年齢の読者の方も将来の苦労を避けるために見ておいたほうがいいと思います。133分があっという間ですよ。

『エミリア・ペレス』

監督・脚本:ジャック・オーディアール
出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パス(2024/フランス/133分)
配給:ギャガ
3月28日(金)新宿ピカデリーほか全国順次公開
©2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA

『エミリア・ペレス』だけじゃない!そのほかのおすすめ映画

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私たちは天国には行けないけど、愛することはできる

ラノベみたいなタイトルだけど引かないで。LGBTQとか言ってもGBTQばっかりでL映画はあまり見かけない。そんな中で貴重なLの珠玉作です。恋に落ちる瞬間を台詞なしで演じる『はちどり』のパク・スヨンの演技が素晴らしい、青春恋愛映画の傑作です。公開中。

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レイブンズ

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マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド

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天国の日々 4K

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ウリリは黒魔術の夢をみた

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PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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