上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #112『私たちが光と想うすべて』
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GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#112『私たちが光と想うすべて』

2025.07.23

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『私たちが光と想うすべて』。
監督の長編劇映画デビュー作にして、第77回カンヌ映画祭のグランプリ受賞作。
カイエ・デュ・シネマの年間ベストでも5位に入り、
ゴールデングローブ監督賞とBAFTA非英語映画賞にもノミネートされました
。ムンバイにつつましく暮らす3人の女性の物語が世界に響いた理由は…。

Interview & Text_Kyoko Endo

差別が蔓延する社会をどう生きるか

監督は弱冠39歳のインドの新星パヤル・カパーリヤー。グランプリを獲ったカンヌ映画祭で、映画祭ストを呼びかけていた映画祭労働者に連帯する缶バッジをつけてオフィシャルのプロフィール写真を撮っちゃう無双。長編劇映画は初監督ですが、2021年に前作のドキュメンタリー『何も知らない夜』を撮っていて、これも同年のカンヌ監督週間で上映され、2023年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でも大賞を獲りました。

『私たちが光と想うすべて』の主人公はムンバイの病院で看護師として働くプラバ(カニ・クスルティ)。看護師仲間から映画に誘われてもやんわり断るようなストイックな仕事人間で、男性患者が新人看護師に欲情したりしたらその患者を怒るのもプラバ姉さんの役目。みんなが頼りにするしっかり者で、根は優しくて、ルームメイトのアヌ(ディヴィヤ・プラバ)に家賃を立て替えてと頼まれたら「これが最後よ」と言うけど断れないような人なんです。

プラバには結婚早々ドイツに出稼ぎに行ったまま帰らない夫がいます。アヌは独身。新人看護婦が悲鳴をあげる男性患者のやらかしにも慣れっこの中堅看護師で、イスラム教徒の彼との交際を周囲には秘密にしています。故郷の母がやたら見合い話を持ってきますが、電話には出ないし見合い写真は恋人とのジョークのネタになっています。アヌは感性的に日本の私たちに近い、そして、だいぶ勇気がある女の子ですよ。

最近はボリウッドとカレーでインドの話題は明るいだけみたいになっていますが、インドにはカースト差別がまだまだ残っていて、低カーストやアウトカースト、ヒンドゥー教以外の宗教信者の人権侵害は国際的に問題になっています。宗教差別も、低カーストの人が平等を求めて仏教やイスラム教に帰依するのでカースト差別である側面も大きい。『裁き』『人間機械』などのシリアスなインド映画を観るとヤバさをわかっていただけると思います。カパーリヤー監督の前作『何も知らない夜』にも、モディ首相政権下の政府による人権蹂躙が描かれています。

複数の報道や『「モディ化」するインド』などの書籍によれば、モディ首相のポピュリズム(つまり多数派からの人気取り)はかなりヤバい。悪い意味で。モディ氏は少年時代からヒンドゥー至上主義の右翼青年団体RSSに入っていて、そこから権力を掌握していった人。RSSはもともとファシズムから影響を受けていて他宗教信者やリベラル政治家への暴力に関与してきました。彼の治世下では、野党政治家の冤罪逮捕や、人権活動家をテロリスト呼ばわりして逮捕、フェミニスト医師のレイプ、少数民族の村ごと焼き討ちなどさまざまな“不都合な”事態が起こっている状況です。

そんな状況下で、ムンバイという大都市のなかであってもヒンドゥー教の女子がイスラム教徒の青年と付き合うというのは、田舎の親の反対とかより、すごい勇気がいることです。じつは、いつヒンドゥー右翼に襲われて殴り殺されるかわからないような恋をアヌたちはしている。アヌは楽天的で怖いもの知らず。避妊しない夫に子どもを3人も生まされて大変な思いをしている25歳の女性が窓口に相談に来たら、無料でピルをあげたりするような看護師なんです。

病院にはもう一人、物語で重要な役割を果たす女性がいます。食堂で働くパルヴァティ(チャヤ・カダム)です。ムンバイ労働者の代表ともいうべき人物で、20年以上ムンバイに暮らしてきたのに、住んでいた地域がディベロッパーに売られ、追い立てをくらっています。死んだ夫が住居関係の書類を彼女に渡していなかったという、貧困と女性差別の二重被害です。でもパルヴァティは反抗するし、生活を楽しもうとする強さも持っています。

モディ首相がやってるような差別は程度の差はあれ日本にもあり、差別大好きな政党もあり、そういう党にわざわざ投票に行く人もいて、またそういう人たちに限って「私は差別してない」と言うのですが、差別感情って誰でも持ってるものなんですわ。だから自覚がないのが一番ヤバいですね。悪い意味で。たとえば、差別賛成党に投票する人々を見て、日本人て劣化したのかとショックを受けた時点で私も差別をしているわけです。つまり日本人てそこまで馬鹿じゃないんじゃないかと日本人を特別視していたわけですよ。

ただ、差別感情があるからそれがどうした?と居直ると社会は劣化していきます。近代社会ではそこに生きる人々が怖い思いをしないように差別が起こらないようにしてきたのに、居直りはその進歩を逆行させます。それでも差別賛成党が常に敵を探すのは、仲間たちがやってることから大衆の目を逸らせるために叩く相手が必要だから。標的にするのは少数派。女性やゲイも少数派なので標的になります。産め圧力も女性全体の人権軽視です。男子は産まなくても選別されないでしょ?

しかしインドの例を見ても、ヒドい差別が蔓延する社会を生き抜かなくてはならないこともあります。『私たちが光と想うすべて』にはカースト・宗教・性差別や格差問題も描かれているのですが、女性たちは助言しあったり、失言や失敗をゆるしあったり、すこしだけいい未来を描いてそこに向かって行こうとしていて、その姿勢に共感します。差別が蔓延する社会でも、自分を曲げないのが幸福への道。そここそが世界の映画人に響いたのだろうと思います。是非スクリーンでご覧ください。ちなみに監督の前作『何も知らない夜』も8月限定上映されます。

『私たちが光と想うすべて』

監督・脚本:パヤル・カパーリヤー
出演:カニ・クスルティ、ディヴィヤ・プラバ、チャヤ・カダム(2024/フランス、インド、オランダ、ルクセンブルク/118分)
配給:セテラ・インターナショナル

7/25(金)より Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開
© PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINÉMA – 2024

『私たちが光と想うすべて』だけじゃない!そのほかのおすすめ映画

差別する人に包囲されても、差別に加担しないことで自分の心を守ることはできます。心の元気を映画で取り戻すこともできます。今回は「本来の自分を問う」みたいな作品が集まりました。あなたはひとりじゃないですよ。

黒川の女たち

1945年敗戦時、日本軍は国民を捨てて逃げ、黒川開拓軍はソ連兵に部落の女性を差し出し保護を依頼。それなのに女性たちは差別と偏見に晒され、帰国後も隠れるように暮らさざるを得ませんでした。でも女性たちは高齢になって実名で加害を告発して…必見のドキュメンタリー。若い世代への希望も見えるパワフルな感動作です。公開中。

顔を捨てた男

生まれつきの顔の希少病をコンプレックスにしていたエドワードは、劇作家のイングリッドと出会う。彼は新治療法を試して別人になるが、彼女は元のエドワードに惹かれていた。二人の前に同じ病なのに人生を謳歌するオズワルドが現れ…自分で自分の価値を決められるかというコメディです。さすがのA24制作。公開中。

MELT メルト

怒りをコントロールできない父とネグレクト気味な母との家庭に育ったいじめられっ子気質の主人公が、友だちがほしくて機嫌を取るために犯した過ちから人生をダメにする物語。イヤミスみたいにげんなりする話ですが、すごく教訓的。自分を持たないと楽しく生きられないよね。7月25日公開。

私の見た世界

俳優の石田えりさんの長編初監督作。モデルになったのは松山ホステス殺人事件。整形して15年近くも逃亡し時効直前に逮捕された福田和子の事件はこれまでもテレビドラマや映画にされてきましたが、刑務所での女性受刑者への犯罪なども盛り込まれ石田監督ならではの力作に仕上がっています。7月26日公開。

美しい夏

イタリアの文豪パヴェーゼの小説をラウラ・ルケッティ監督がディテールにこだわって美しく繊細に映像化した珠玉作。美男美女だらけで特にディオール・アンバサダーのディーヴァ・カッセルの美しさはもはや驚き。なにか心の潤いになる美しいものが見たい、という方に特におすすめ。8月1日公開。

星つなぎのエリオ

自分には理解者なんていないと思いこんでいた孤独な少年が、宇宙と地球に友だちを見つける物語。色とりどりの宇宙はアニメにしかできないドープな美しさ。保護者の理想像とは違う自分らしさをどうやって認めさせるかなど示唆にも満ちたピクサーの新たな傑作です。8月1日公開。

KNEECAP/ニーキャップ

アイルランド語ラップで世界の音楽フェスを席巻するニーキャップ。グラストではパレスチナへの連帯を示してBBCに中継ぶった斬られたけど、そんな人間らしさが好き。この映画はパンク精神に満ちたニーキャップの結成を彼ら自身が演じたドラマ。ドラッグネタだらけだけど、おもしろいっすよ。8月1日公開。

入国審査

外国人差別が極まるとこういう世界になるよ!ということがよくわかる、不条理劇のようなドラマ。移住ビザを取りアメリカに入国しようとした事実婚の男女が空港で遭遇する、係官の圧迫面接とモラハラ…。観たら絶対アメリカに行きたくなくなるけど、モデルになったのは南米出身監督のスペイン入国時のエピソード。8月1日公開。

原爆スパイ

オッペンハイマーの原爆開発に18歳で加わった天才物理学者は、アメリカだけが大量破壊兵器を持つことに疑問を感じソ連に機密を渡す…黒沢清監督の『スパイの妻』のアメリカ版みたいな実話を本人や家族のインタビューから構成したドキュメンタリー。8月1日より広島先行公開、8月2日より渋谷ユーロスペースにて公開。

よみがえる声

90歳を迎える朴壽南(パク・スナム)監督は長年、原爆被害を受けた朝鮮人や軍艦島の徴用工や従軍慰安婦など彼らが死んだら消されてしまうかもしれない被害者の声を記録してきました。その姿をお嬢さんの麻衣さんが収め、お母さんの記録とともに1本の映画に。世界各国の映画祭で高く評価されている必見作です。8月2日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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