上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #113『DREAM』『LOVE』『SEX』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #113『DREAM』『LOVE』『SEX』 上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #113『DREAM』『LOVE』『SEX』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#113『DREAM』『LOVE』『SEX』

2025.08.20

脳には志向性があって、いいイメージを持つとそっちに向かっていくといいます。
不正と闘う人々のドキュメンタリーやディストピア映画も大事だけど、
理想イメージも見ておかないと脳が疲弊する…と思っていたところに素晴らしいノルウェー映画が日本公開に!
一人当たりGDP世界4位、報道の自由度1位、ジェンダーギャップの少なさ世界3位(それぞれ日本は38位、66位、118位)という国の監督が
「どうすれば善く生きられるのか?」をテーマにした三部作。3作とも必見ですが、
1作見るだけでも人生変わると思います。

Interview & Text_Kyoko Endo

エシカル先進国って、どんな恋愛をしているの?

『DREAMS』

夢とは、憧れや欲求や欲望。主人公がチャーミングで服のコーディネートもかわいくて普通に恋愛映画として見てもとてもおもしろいのですが、そこにさまざまな問いかけが入ってくるユニークな作品です。

別荘に置きっぱだった古びたヤングアダルト小説を読んで恋に憧れる17歳のヨハンネの前に、どストライクで好みのヨハンナがフランス語と国語の教師として赴任してきます。ヨハンナの家まで押しかけて編み物を教わったりしてなんとかして親密になろうとするヨハンネですが…思春期の少女が陥る初恋の暴力性と、少女の手記を読んだ母や祖母、3代にわたる女性への影響を描いた会話劇。当初は「虐待じゃないの?」と騒ぎかける母が、文才のある娘の手記を冷静に読み直して珠玉のフェミ小説だわ!と出版を勧めたりする。でも個人の宝物だったはずの記憶が商品に変わっていくことにヨハンネは戸惑いを感じ、相手のヨハンナも手記に書かれたことで「彼女の目を通した私しか存在しなかったみたい」と混乱を感じてしまう。

女性の平等を勝ち取ろうと努力してきた祖母の世代、その努力の成果を当たり前に受け取りながらアメリカの女性不平等文化に毒されてしまう母たちX世代、そのX世代への批判精神を持ったZ世代のヨハンネというふうに、世代ごとの女性の自立感が丸わかりなのもおもしろい。でもZ世代はともかく、X世代とおばあちゃん世代の開け方がやっぱり日本とはだいぶ違います。日本でもヒッピーやコミューンやってた人の中にたまにこういう人もいますが、学生運動やってた人に聞いても女子がやらされたのはおにぎり作りだったりして、うーむ…。

監督・脚本:ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
出演:エラ・オーヴァービー 、セロメ・エムネトゥ、アネ・ダール・トルプ、アンネ・マリット・ヤコブセン(2024/ノルウェー/110分)

『LOVE』

ベルリン映画祭では『SEX』『LOVE』『DREAMS』の順に公開されていて、ノルウェーでは『SEX』『DREAMS』『LOVE』の順。監督はVariety.comで、本来『LOVE』が最後(conclusion)であることを言明しています。『SEX』で長年連れ添ったふたりを描き、『DREAMS』で初恋に戻って、ロマンチックな気分にもっと相手を思いやることや責任感が伴ったとしたら愛はどんなものになるだろうかと『LOVE』で描いたと。

3部作の止めとなる『LOVE』はとくに女性のセクシュアリティにフォーカス。マリアンヌは泌尿器科の医師。前立腺がんの告知は日常業務みたいなものです。彼女にとって泌尿器とは「快楽の源でもあるけれど排便や排尿とも関係していて恥から逃れられない」部位。そのマリアンヌが友だちの紹介でバツ2の地質学者に会うことになり…というストーリー。並行して、マリアンヌと一緒に働く男性看護師でゲイのトールもマッチングアプリで精神分析医ビョルンと出会います。マッチングアプリがどのようにセックスをお手軽にしたか、何をして性的逸脱というのか、人生における快楽の重要性などなどが問いかけられるのです。とにかく話すし、問いかけるし、情報量が多い。でもその問いかけはとてもスリリングで映画を観た後も効いてきます。

「私にとってフィクションが果たす重要な役割のひとつは、現実の中で新しい思考や行動のあり方を促すこと」と語る監督の理想を描いた作品ではあるのだけれど、バツ2の彼氏の元妻とマリアンヌの関係性の変化とかもとてもいい。保守とリベラルのどっちにも“女性はこうあるべき”みたいなこと言う人はいて、どっちに乗っかっても自分らしさが押し殺されれば苦しい。そんな苦しさを感じている人は絶対この映画見たほうがいいです。

出演:アンドレア・ブレイン・ホヴィグ 、タヨ・チッタデッラ・ヤコブセン、マルテ・エンゲブリクセン、トーマス・グレスタッド、ラース・ヤコブ・ホルム(2024/ノルウェー/120分)

『SEX』

このタイトルに映倫さんが前のめりで審査に見え、拍子抜けしてお帰りになったそうです。私も配給さんのタイトル連呼にちょっと笑ったりしちゃってたのですが、見終わったあとはなんでその単語に笑うのか、ということも考えさせられまして、個人的に3本の中でイチオシ。ポルノ要素一切なしの哲学的会話映画にこのタイトルをつけた監督のセンス、賞賛したい。

煙突掃除人の男性二人の会話から始まるのですが、片方がデヴィッド・ボウイに女性として見られた夢を話していると、聞いていた男が突然「昨日男とセックスしたんだ」と告白してくる。「ゲイとは知らなかった」「いや、俺は絶対にゲイじゃない」こんなコミカルな会話から始まるのに、笑いながら見ているうちに、いつの間にか哲学的な会話に引きこまれていきます。

男とヤったと告白した男は妻帯者で、妻は驚愕。浮気されたことにショックを受け悩みますが、そこも怒鳴り合いではなく議論。フィクションとはいえ、北欧の民度高! ドヤ顔の告白も周囲の反応でだんだん「どうしてあんなこと言ったんだろう…」となっていく。セックスとセクシュアリティとジェンダーとアイデンティティの関わりについて、人それぞれで価値観がまるで違うのに、日頃擦り合わせることもなく生きていっている社会の不思議さみたいなものも現れます。

とにかく金言と言える台詞に満ちているところも好きです。たとえば、冒頭の夢の中でボウイが語ったという言葉が「善と美の価値を見抜き熱意を示せるならば 不正を見抜き行動を起こせるならば 悪を見抜くことができ距離を置けるならば」だったり、ハンナ・アーレントの『人間の条件』について話す登場人物が出てきたりして、これこそ人生を豊かにしてくれる映画だと思います。

出演:トルビョルン・ハール、ヤン・グンナー・ロイゼ、シリ・フォルバーグ、ビルギッテ・ラーセン(2024/ノルウェー/118分)

特集上映「オスロ、3つの愛の風景」

『DREAMS』『LOVE』『SEX』
配給:ビターズ・エンド
9月5日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
©Motlys

「オスロ、3つの愛の風景」だけじゃない! そのほかのおすすめ映画

「あの映画を観ていたからこんなことにも耐えられる」とか「あの映画を観ていなければもっと退屈な毎日だったかも」など、観ているのと観ていないのとで人生が変わる映画というものは、確かに存在するのです。そして今月もそんな映画多め。

愛はステロイド

驚きの結末をただ見ていただきたく、カッコいい女の子二人がおっさんと対決するA24の快作としか言えないのですが、女子だけで見に行ったらきっと楽しいストレス解消映画です。そういえば映画の世界ってなんでもアリだったんだ!ということも思い出させてくれました。8月29日公開

パルテノぺ ナポリの宝石

美女に成長したものの美が幸福をもたらすとは限らないことに気づいたパルテノぺは人生を豊かにしてくれる何かを探し求めて…こういう映画を若いうちに観ておきたかった! このところ映画制作でも存在感を増すサンローランが名匠ソレンティーノと組んだ、スカーフ一枚の撮り方までもが美しすぎる傑作。8月22日公開

アイム・スティル・ヒア

軍事独裁政権下、元国会議員の夫が突然警察に連れ去られ、行方を明かされないまま年月が経ってしまいます。妻は国際社会に向けて政権の罪を告発し…実際の事件をもとにした感動作。アカデミー賞外国語映画賞受賞作。ゴールデングローブでも主演女優賞を受賞しました。公開中

日本にチェコアニメブームを巻き起こしたアーティスト、ヤン・シュヴァンクマイエル監督の2018年作品。同時公開のドキュメンタリー『錬金炉アタノール』は『蟲』の舞台裏を撮っていて両方見ると倍おもしろいです。『蟲』は手法、『アタノール』は哲学と、両方とも監督が惜しげもなく映画の作り方を教えてくれる映画です。公開中

ウナイ 透明な闇 PFAS汚染に立ち向かう

発がん性が証明され、欧米では厳しく規制されているのに、日本の規制値はなぜかユルユルなPFAS。沖縄在住のジャーナリストが、そのユルさの理由にも迫った貴重なドキュメンタリー。ウナイとは、沖縄の古い言葉で姉妹の意味。日本の状況は最悪ながら、立ち上がる女性たちのシスターフッドに胸が熱くなります。公開中

キング・オブ・ニューヨーク

名台詞だらけのクリストファー・ウォーケンのかっこよさ、若いころのローレンス・フィッシュバーンやブシェーミの新鮮さ、ネオンが消えた瞬間の暗ささえをも美しく捉えた青が印象的な映像。音楽シーンにも多大な影響を与えたアベル・フェラーラの傑作を劇場で見られるチャンスです。8月22日公開。

動くな、死ね、甦れ!

第二次大戦後、日本兵が抑留されているシベリアの炭鉱町で、ネグレクトされて生きる少年ワレンカ。彼を心配するのは幼馴染のガリーヤだけ…衝撃的な内容で映画史に残る本作と『ひとりで生きる』『ぼくら、20世紀の子供たち』のカネフスキー監督の3部作が貴重なリバイバル公開。8月23日公開

壁の内側と外側

なぜイスラエル人は人質交換のための停戦は叫んでもパレスチナ侵略をやめないのか。ずっと不思議に思っていましたが、こんなことが行われてきたとは! メディアの腐敗が国家の不名誉に直結すると証明するすごいドキュメンタリー。日本も他人事ではありません。8月30日公開

バード ここから羽ばたく

地方の公営住宅に住む12歳のベイリー。まだ28歳の父親のバグは定職についていず、父と離婚した母は別の公営住宅で暴力男と暮らしています。そんなベイリーの前に鳥の化身のような男が現れ…イギリスのヤンキー家庭を少女の目を通して幻想的に描いた珠玉作。9月5日公開

九月と七月の姉妹

日本で言えば4月と2月生まれみたいな感じで10ヶ月違いで学齢が同じ姉妹が、双子のように過ごしながら思春期で関係性が変わって悲劇が起こってしまう…いびつな愛の物語を監督の映像センスが強調した意欲作。ヨルゴス・ランティモス作品が好きな方は是非観て。9月5日公開

タンゴの後で

女子はみんなこれ観といたほうがいい。『ラスト・タンゴ・イン・パリ』でマリア・シュナイダーが遭遇した過酷な体験を彼女の視点で再現。ベルトルッチの鬼畜ぶり、ブランドの繊細さなどクラシック映画ファンが見ても発見があっておもしろいです。9月5日公開

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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