上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #116『THE END(ジ・エンド)』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #116『THE END(ジ・エンド)』 上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #116『THE END(ジ・エンド)』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#116『THE END(ジ・エンド)』

2025.11.19

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今年の夏は長かったですね。4月の終わりから10月半ばまで暑くてもはや半年夏……
そして急に寒くなって11月半ばから3月半ばまで冬。
春と秋はそれぞれ1か月くらいで、酷暑の夏と厳寒の冬が四季の美しさを誇る日本の主な季節です。
季節のご挨拶をしようというわけではなく今回ご紹介する『THE END(ジ・エンド)』の背景が
まさに環境破壊終了後の地球だから異常さを思い出していただきたかった次第でございます。

Text: Kyoko Endo

ティルダ様プロデュース!超富裕層の末路を描く異色SF

まず第一の推しポイント。この作品、主演とプロデュースがティルダ・スウィントンなんです。デレク・ジャーマンとかフィンチャーとかポン・ジュノとかウェス・アンダーソンとか通好みのかっこいい映画にしか出てなくて『サスペリア』では3役(4役?)を演じた天才。65歳なのに容貌もお若いころとあまりお変わりなく、カンヌでもコミコンでも大歓迎される知性と文化的豊かさを兼ね備えたお方で映画制作者やライターにもファンが多数、私もその一人です。

そんなティルダ様がバックアップしているのだからこの映画は必見と言っちゃっていいと思うのですが、さらなる推しポイントは、この映画が環境破壊後に地表が居住不可能となったあと地底の豪華シェルターに住んでいる超富裕層を描いたSFミュージカルだということと、ドキュメンタリーの金字塔『アクト・オブ・キリング』と『ルック・オブ・サイレンス』のジョシュア・オッペンハイマー監督の、初の長編フィクションだということなんです。

『アクト・オブ・キリング』は、60年代インドネシアの共産主義者大虐殺の黒歴史を暴いてしまった映画です。監督はもともとやし油のプランテーションで女性労働者が除草剤(つまり枯葉剤)を浴びせられたことに抗議する映画を撮っていたときに殺人被害者の名前が伝説のように語られるのを耳にして、被害者のドキュメンタリーを撮ろうと思い立ったけれど軍に妨害され、でも加害者たちはマッチョにも殺人を手柄だと思ってて話をしたくてたまらなかったので当時の殺人を演じてもらってカメラに収めちゃった映画で、加害者が被害者を演じることで自分がどんなことをしたのか悟ったときの表情がすごかった。こちらも是非ご覧ください。

その後、被害者の遺族を撮ったのが『ルック・オブ・サイレンス』でしたが、公開後、脅迫状が多数届いて監督はインドネシアに入国できなくなっちゃいます。だから権力者の欲望で土地や自然が破壊されたり人権が踏み躙られることを非常に憂慮してドキュメンタリーを撮って、そのために生命の危険にまで晒された人が、じゃあ権力者だけが生き残った世界はどうなるのか、私たちに見せてくれるのが本作というわけです。

監督が取材していたプランテーションとは、金目当てで密林を伐採して同じ種類の金になる作物ばかりバンバン作らせる仕組み。CO2を吸収する樹木が失われるし、土地は痩せて農薬で汚染されるし、密林で暮らしていた先住民族は暮らしが成り立たなくなる上に安い労働力として使い倒されるし……と環境も人間も破壊する収奪システムなのです。目先の金目当てで気候危機を招いているわけで、子どもや未来の地球とかについてはなーんも考えてないのですね。

こうした気候危機を助長する新自由主義について、栗原康さんが『アナキズムQ&A』の中でピーター・フレイズのエクスターミニズムaka絶滅主義という言葉を紹介していて、超富裕層は気候危機なんか本気で取り組みやしねえ、資源が少なくなっても金に物言わせて買い占められるし快適に暮らせる場所だって買えばいいんだからと書いていました。むしろ貧困層から恨みを買っているとわかっているからみんな死ねばいいくらいに思っているのだと。

すげー説ですが、本作に登場する超富裕サバイバーはまさしくそんな感じで、金に物言わせたシェルターに石油関連で財を成した父(マイケル・シャノン)と母(ティルダ・スウィントン)と息子(ジョージ・マッケイ)の3人家族と、医師と執事と母の友人の6人が暮らしています。医師はもちろん必要だし執事は雑用係で母の友人は料理人みたいなもの。父は息子が父の回顧録を書くのを監督して(つまりなんにもしていない)母はインテリアばかり気にしている。全員で救助訓練したり、ビンボー人の襲撃を心配して射撃訓練もします。プールがあって運動もできるし、オマール海老や鯛や鶏を飼っていて食料にも困りません。困るどころかキャンドル・ディナーやパーティを楽しめるほど潤沢です。

しかし身近に超富裕層がいないから確認できないんだけど、そんな超富裕層も人間なので人間的な精神のメカニズムからは逃れられないはずなんですよね。静かな環境で余裕を持って生活していればこそ出会ってしまうもの、それが自分自身and/or自分の良心です。『アクト・オブ・キリング』でインドネシアの暴力団のおいちゃんがそれに気づいて「はっ……」となっていたやつです。

シェルター付近で少女が発見されます。追い出そうと議論する父母。でも二人は自分がいい人間だと思っていたいし、シェルター生まれで悪を知らない息子の前でいい人間として振る舞いたい。結局少女を迎え入れますがサバイバーズギルトに苦しむ少女を見て葛藤の連続です。息子が新聞記事を元に書いた回顧録の「テロリストをバタバタ倒して」という文章を「そんなことはしていない」と否定する父。母は現実から目を背け続けて壊れかけています。父母とも安眠できていなくて医師が処方する睡眠薬に頼っていて、邸宅もまるで終身刑の幽閉場所のようです。

結局、シェルターに逃げた超富裕層だとて幸福に暮らせるんだろうかという疑問を、監督は私たちに突きつけているわけですよ。環境破壊は世界の破壊。この原稿を書いているちょうどいまブラジルのベレンでCOP30が開かれていますが、ベレンはまさに熱帯雨林が伐採されている現場で、これまで蔑ろにされて生活環境を奪われてきた先住民の人々のCOP30会場での抗議行動が報道されたばかり。エネルギーをほとんど使っていない人々がしわ寄せを受ける理不尽にも腹がたつし、日本でも西日本豪雨などの実害が出てきていて、この映画見て本気で気候危機に対処しないといいかげんやばいと思います。

『THE END(ジ・エンド)』

監督・脚本:ジョシュア・オッペンハイマー
出演:ティルダ・スウィントン、ジョージ・マッケイ、マイケル・シャノン(2025年/デンマーク・ドイツ・アイルランド・イタリア・イギリス・スウェーデン・アメリカ)148分
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
12月12日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
©Felix Dickinson courtesy NEON ©courtesy NEON

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WEAPONS/ウェポンズ

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赤い風船 4K

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ベ・ラ・ミ 気になるあなた

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金髪

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Ryuichi Sakamoto : Diaries

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PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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