GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#123『ユースフル・ゴースト』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのはタイ映画『ユースフル・ゴースト』。
死んだ妻の霊が掃除機に憑依して夫の前に現れるという奇妙すぎる設定ながら、昨年のカンヌ批評家週間でグランプリを受賞。
ストーリーはコミカルですが、誰得の都市再開発、ゲイ差別、家父長制度、白色テロと歴史の隠蔽など、
数々の社会問題への風刺が効いたパンクな娯楽作。
これぞハイセンスなガール読者の皆さまが楽しめる映画だと思います!
Text: Kyoko Endo
グッチのブランドアンバサダー、ダビカ・ホーンが主演
タイの奇天烈ゴースト・ストーリー
この映画を説明しようとする人が同じタイ人のアピチャッポン・ウィーラセタクンを引き合いに出すのはわかります。でも、さらにヨルゴス・ランティモス、ウェス・アンダーソン、カンタン・デュピューの名前が出てくるともうどんな映画か見当もつかない感じじゃないですか? しかし確かに見れば納得するかも。そして邦画ファンならそこに塚本晋也や聰亙時代の石井岳龍も入れたくなるかも!
という不思議な映画です。
偉い人らしい画家のアトリエで、モデルたちがポーズを取っているシーンから映画は始まります。ヤギも連れてこられていて労働者や農民モチーフのレリーフが作られているところ。ヤギの顔にタイトル。画家はマイペースにモデルの顔の長さを測ってみたりしている。しかし時代が過ぎて、そこまでして創ったレリーフが土地再開発のため撤去されてしまうのです。諸行無常……。
ショッピングモールを建てるためにレリーフが立つみんなの場所は潰されるわけですね。地球はもうモノだらけなのにわざわざモール建てて何を売るんやという疑問はさておき、建設時の粉塵に困る近所のレディボーイが掃除機を買いました。するとその掃除機が夜中に咳きこんだ。怪奇現象の始まり。修理を頼むとどストライクの好みの青年がやってきます。このレディボーイのキャラがめっちゃよいです。「私はゲイ」としか言っていなくて名前がないのですが。
そのゲイの掃除機は霊に取り憑かれていたのですが、掃除機の製造工場にも従業員の霊が取り憑いて製造がストップし、行政に安全な工場だと認めてもらえず、美人社長が頭を抱えていました。さらに、工場から掃除機の一台が抜け出します。その一台こそ社長の次男の妊娠中に死んでしまった妻のナットの霊が取り憑いた掃除機なんです。(みなさんちゃんとついてこれてますか?)掃除機は病院に行き妻の死で弱っていた次男を甲斐甲斐しく世話して、権力者にも気に入られます。
でも社長一族のお年寄りたちは掃除機ナットを嫁として認めません(家父長制とかだけが理由でもない気もするが)。お坊さん集団に除霊されそうになり掃除機も分解されますが、そこに知り合ったばかりの権力者が来てナットを助けてくれます。しかし、権力者はタダで助けてくれたわけではない。見返りに、政府が2010年に活動家を虐殺した白色テロの夢を見ている人の頭の中を調べろと言ってきます。思想警察やれってことなんです。
一度は断ったナットですが、人工授精の許可をちらつかされ子どもほしさに権力者に協力してしまいます。結果、友だちや家族を政府の暴力で失った人々や生き残った活動家も一網打尽で捕まって、記憶を消すため電気ショックをかけられ廃人のようになってしまいます。闇落ちしたナットは権力者の手先でいつづけるのか、最初に出てきたゲイはどんな役割を果たすのかは劇場でご確認いただくとしましょう。
ちなみにナットって役名は、タイに古くからある幽霊譚「メー・ナーク」のナークからきているみたい。難産で子どもと一緒に死んでしまったメー・ナークという女性が幽霊になり、徴兵された夫を訪ねたけど、遠くに転がっていった杵をありえないほど長い腕で取って正体がバレたという怪談で、バンコクにはメー・ナークを祀ったお寺もあるとか。そんなナットを演じるのは、グッチのブランドアンバサダーでもあるダビカ・ホーン。メー・ナーク役を演じて人気になった経歴ありです。
ところで、2010年のタイ政府の市民虐殺とその後の対応を知らないと、たぶんこの映画はよくわからない幽霊恋愛コメディみたいな印象になって、おもしろさが半分くらいしか伝わらないかもと思います。2010年3月から5月まで行われたタクシン支持者のデモに軍が発砲した事件があったんです。タクシンはポピュリズム政治家との批判も多いですが、BBCによれば、支持者の抗議活動は当初は平和的なデモだったとのこと。
しかしそこに軍が発砲。デモ参加者が逃げこんだ病院でまで暴行を行い、98名が亡くなりました。中には子どもや日本人ロイター特派員やデモとは関係なく看護にあたっていた看護師なども含まれ、見境のない暴力だったことが推察されます。当時これって反政府デモと報道されていたのですが、日本で言ったらいま国会前に集まっている人に自衛隊が見境なく発砲したみたいな感じですか(比喩ですよ!)。
そしてここがより問題視されていてヒューマンライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルなどの人権団体も強く抗議しているとこなのですが、このときの軍の責任者が無罪になっちゃったんです。しかもタイ警察ときたら殺された看護師のお母さんを黙らせようと脅迫したり罰金を課したりしたという。そんな経緯で一般の人々には忘れられかけていた歴史を、このシュールな娯楽作品が蘇らせちゃったというわけです。このセンスにこの反骨精神たるや。この監督が今後注目を集めるのは間違いなし。是非劇場でチェックしてください。
『ユースフル・ゴースト』
監督:ラッチャブーム・ブンバンチャーチョーク出演:ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラート
(2025/タイ、フランス。シンガポール、ドイツ/130分)
配給:SANDAE(Powered by Filmarks)
7月10日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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