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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#29『トム・オブ・フィンランド』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#29『トム・オブ・フィンランド』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#29『トム・オブ・フィンランド』

2019.08.02

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介するのは20世紀のカルチャーに世界的な影響を与えたイラストレーターを描いた人間ドラマ。
いまあなたのクローゼットにレザーが入っているのも彼に影響を受けた誰かのせいかもしれません。

Text_Kyoko Endo

全カルチャーに影響を与えた“元祖”の人生を知ろう。

フレディ・マーキュリーやトム・フォードに影響を与え、ロバート・メイプルソープと親交があり、彼らのファッションの源となるイメージを生み出したイラストレーターこそ、トム・オブ・フィンランド。今回ご紹介するのは、世界中のカルチャーに影響を与えたトム・オブ・フィンランドことトウコ・ヴァリオ・ラークソネンの人生を描いた人間ドラマ。2017年のアカデミー賞外国語映画賞にフィンランドが選出した珠玉作です。

映画はサウナの外で男たちがフルヌードでふざけているシーンから始まります。そこは軍隊で、兵士だけのハッテン場らしきものがあります。上官と恋に落ちたトウコは20歳そこそこで敗戦を迎えます。フィンランドってソ連と戦っていたので、第二次世界大戦では敗戦国。スターリンに侵攻されて近隣国には助けてもらえずナチス・ドイツに接近したためですが、ソ連との講和後は残留ドイツ軍に出て行ってもらわなくてはならずドイツとも戦いました。戦勝国ソ連に賠償しなくてはならなくて闇市のチーズはバカ高い。戦後の貧困が映画にも描かれています。

貧困&軍隊を出たら恋人もいなくなってしまって鬱々とした日々を送るトウコ。鍵を閉めた部屋で自分のためだけにイラストを描くのが唯一の楽しみでした。それがのちに世界のゲイを熱狂させるキャラクター、カケとなるのです。アメリカのスポーツ雑誌にイラストを投稿したとき、本名はアメリカ人は読めないだろうし、同性愛は法律で禁じられていたのでペンネームをトムにしました。アメリカの編集者が「フィンランドからか」とファーストネームに付け足し、トム・オブ・フィンランドが誕生しました。

トウコ自身は両親が教師という家庭に育ち、自分と妹は広告会社のグラフィックアーティストで、まったくワーキングクラスではないのですが、ワーキングクラスの男たちへのフェティッシュがあった。しかし当時のフィンランドではゲイは犯罪行為。公園などにハッテン場はありますが、ヘルシンキ五輪のために警察が暴力的な取り締まりを行っていてゲイカップルは排除どころか袋叩きにされてしまいます。

トウコの性的自由は家族にも認められず、妹は「誰か面倒を見てくれる人を探したら?」などと言ってくる。「戦争中にはいた」「婦人部隊の人?」「いや」「…混乱したのよ」と片づけてしまう。それどころかホームパーティで女性とキスさせようとさえしてくる。

LGBTQ平等度が高い北欧諸国ですが、じつはフィンランドだけそうでもなかった。同性婚の法律の可決はノルウェーやスウェーデンが2009年だったのに対し、2014年。施行は3年後の2017年。この遅れは極右政党がゴネたからだそうです。国連による世界幸福度調査で幸福度ナンバーワンのフィンランドは、世界ゲイ幸福度では12位。1位はアイスランド、2位がノルウェー、3位がデンマーク、4位がスウェーデンなので、なんとなくその次にフィンランドが来そうだけど、5位はウルグアイなんでした。日本はゲイ幸福度43位ですからそれでもフィンランドのほうが全然上ですが。

フィンランドは北欧のなかでも保守的と言われ、互いの合意による成人の同性愛が犯罪とされなくなったのはやっと1974年。その後もゲイを宣伝するなどの助長行為は1999年まで違法とされていたので、ゲイの人がビンビン感じるイラストなんて自国内で発表できないわけです。トウコは広告の仕事にも意義を見出せなくなり「無用なものの消費を促している」と苦痛を感じてきます。ベルリンでイラストを売ろうとするけれど失敗して、作品もパスポートもお金も盗まれてしまう。領事館に行っても、オマエみたいなのは昔はガス室で殺されてたんだぞとけんもほろろに扱われるのですが、領事の名前に聞き覚えがあり、なんと軍隊時代の恋人でした。

領事との再会もつかの間、自宅でゲイ同士の小さなパーティをしていた領事が精神病院に入れられてしまいます。恐ろしいことに当時のフィンランドって個人宅ですら安全な場所ではなかったのです。そんなフィンランドで人生のパートナーとなるダンサーのヴェリに出会うのですが、彼からも「外で君と手をつなぎたい」と言われる日々。

そんな暮らしを続けながらイラストを送り続けて20年以上経ったころ展示を切望されてアメリカへ。アメリカではもう大歓迎です。招かれたカリフォルニアの出版社社主の自宅は男の楽園みたいな豪邸。トウコが描いてきたイラストそのままの男たちがプールサイドに寝そべってます。そこに警官たちがバタバタと走ってくるのでトウコは身構えますが、近所のミニマートに入った強盗を捜索していただけでHave a nice day! と去っていく。カルチャーショックを受け複雑な表情を浮かべるトウコ。

トウコ/トムのイラストは発表時から大人気で、ジムのロッカーの扉の内側に理想像としてピンナップが貼られていた。アメリカでも60年代初頭までゲイポルノは検閲の対象だったので売り手はスポーツの本ですよーというテイで売っていたわけです。トムのイラストが出てくるまで、ゲイは迫害を恐れて隠れていなくてはならず女性的な存在とされていました。でもトムが描いたのは、強くて自己決定権を持っていてそれでいてエロティックな男たち。トムのイラストのようになりたいと身体を鍛えてレザーを着はじめたゲイたち。そのファッションは全カルチャーシーンに派生していきました。

この後もトムの人生は山あり谷あり苦労が絶えません。エイズの流行や、肺疾患の副作用で手が震えて鉛筆が使えなくなるなどの困難が降りかかってきます。でも、トムには信念がありました。多数の人間と違うからといって日陰にいる必要はない、少数派だって、いや少数派こそ彼らなりの幸せなイメージを持つ必要があると「みんなが幸せになるような絵を描く」トムにはそうした反骨精神があり、だからこそ作品を描き続けられたのです。

『トム・オブ・フィンランド』

(2017/フィンランド/116分)

監督:ドメ・カルコスキ
出演:ペッカ・ストラング、ラウリ・ティルカネン
配給:マジックアワー
©Helsinki-filmi Oy, 2017
8月2日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
公式サイト

『トム・オブ・フィンランド』を観た人は、こっちも観て!

LGBTQ映画といえば“君僕”や『ムーンライト』ですが、細やかな心情や世間への盲目的な従順を強いられることへのNOや全体主義的社会の抑圧を描きヘテロも落涙する名作は多数。今回は公開まもない作品から紹介します。

『Girl/ガール』

バレエダンサー志望のトランスジェンダーのティーンを描く。先進国ベルギーで、父親も性転換に同意して引越しまでして協力してくれるのだが、それでもいじめや性転換の大変さなどさまざまな苦労が。こんなにいい親がいてもこんなに大変な人生なのか!と驚きました…。
公式サイト

『マーウェン』

女性の靴が好きでときどき履いているといっただけで暴行を受け障害者となってしまった実在のアーティストをスティーヴ・カレルが熱演。彼のアートはミニチュアで再現した被害現場で自分を模したGIジョーがバービー戦隊に救われる作品。それを下敷きにした映画の美術がまた素晴らしいのです。
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『トールキン 旅のはじまり』

これはLGBTQではないのですが『トム〜』公開ほぼ一月後の8月30日にカルコスキ監督の海外デビュー作も公開。ニコラス・ホルト主演で『ホビットの冒険』や『指輪物語』の作者の人生を描く人間ドラマ。サムのモデルらしき人物が出てくるなど指輪ファン必見。
公式サイト

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。