GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#33『惡の華』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介する作品の原作コミックは変態思春期漫画の呼び声も高い。
なのに伊藤健太郎くんと玉城ティナちゃんという二大メジャーが主演なのも見もの。
原作未読の方はあえて予習などせず、これはいきなり行っちゃってください。
Text_Kyoko Endo
伊藤健太郎&玉城ティナの熱(怪)演を見て!
前回アメリカの中二病女子映画をご紹介したばかりですが、日本の中高生だって大変です。新自由主義経済と少子高齢化で寂れていく地方都市の閉塞感や、先進国で最悪レベルの自殺率の国ならではの管理教育など、アメリカのティーンとはまた違うキツさに耐えさせられていますよね。今回ご紹介する『惡の華』の原作は、別冊少年マガジンに連載されて以来、多くの思春期の少年と思春期こじらせた大人に衝撃を与えてきた傑作コミック。連載されたのは2009年から2014年まででしたが、2013年にアニメ化もされました。実写を下敷きにする凝った手法だったためキャラが実写寄りになってネット騒然だったらしき。ちなみに原作者の押見修造さんはほかにも思春期経絡刺激しまくりの作品を多数発表していて映像化作品も多いのです。
本作の主人公の春日くんは山に囲まれた灰色の地方都市に住む中学生で、逃げ場なんてどこにもないと思っています。文学好きの父親から与えられた粟津則雄訳ボードレール『惡の華』を愛読していて、周囲に自分の趣味を理解するものなどいないと思っている。モテない男子グループに入っていますが本当の友だちはいません。ある日、クラスの男子に密かに人気の佐伯さんの体操着が戸棚から落ちていて、拾って持って帰ってきてしまいます。返さなきゃ!と悶々として登校すると「変態が佐伯のブルマ盗んでった!」と教室騒然で名乗り出られず。そしてテストを白紙で出したりする問題児にそのささやかな盗みを知られたとわかる。
その問題児が仲村さんという女の子なんですが、面と向かって教師に「うっせー、クソムシが!」と大暴言を吐き、クラスメートにも怖いと言われて孤立していて、オタクでもなくわかりやすいヤンキーでもないフリースタイル反逆児。その仲村さんが秘密を守る交換条件として契約しようと言ってきて、春日くんは彼女の命令に従うほかなくなってしまいます。春日くんはあることがきっかけで佐伯さんといい感じになるのですが、そのデートもかなりユニークな方法で邪魔してきます。「ドロッドロのド変態のウンチ人間のくせに!」と超エグい悪口で春日くんを責めるこの仲村さん役が、なんと玉城ティナちゃんなんです。
ティナちゃんの演技は本当に見もの。挑戦的でパンク、悪い子なのに魅力がある難しい役を全力で演じきっています。サササササ…という走り方や陰で春日くんを覗き見る様子などは原作そっくりなのに、彼女がバービーみたいなモデル体型のせいか原作より生々しくなく、むしろコミカルで清涼感と救いがあります。三白眼でもねじ式立ちでもかわいい。正直、原作より映画のほうが、女子は受け入れやすいかもしれません。
そんな個性的な仲村さんに連れ回され、彼女の孤独を理解するうちに惹かれてしまう春日くん。佐伯さんは佐伯さんで、二人の巻き添え食って自分をさらけ出すしかなくなっていきます。春日くんは佐伯さんの上っ面しか見ないで勝手に清純派のレッテル貼って偶像化していたのですが、彼女にだって自己承認欲求もあるし、それを恋愛で解消したかった生身の女の子だった。フェミ的にはどう考えても春日くんが悪いのですが、焦った佐伯さんも春日くんを待ち伏せて押し倒したりして狂気が狂気を呼ぶ展開に。清純派女子と自分をさらけ出してからのビッチぶりを演じ分けてる秋田汐梨ちゃんの演技もいい。女子に押し倒されまくる伊藤健太郎くんも「今日俺」の武闘派イトーちゃんからの振れ幅がすごいです。
この仲村さん/ティナちゃんと春日くん/伊藤健太郎くんの暗黒自己啓発セミナーみたいな暴走が前半のひとつの山場です。さらにある事件を起こして二人は別々の県に引っ越します。高校でもモテない男子グループにいる春日くんでしたが、モテない男子からクソビッチ呼ばわりされていたモテ女子の常磐さんが『惡の華』を手に取っているのを古書店で見かけて思わず声をかけてしまい、仲良くなります。常磐さんを演じるのは飯豊まりえちゃん。この辺はちょっと文系男子の夢だなあという感じはするんですよね。
ただ夢だと断罪するには惜しいほどに、女子三人が素晴らしいです。都会の大人女子でも生きづらい社会を、周囲と格闘しながら生きている。あるいは、社会に合わせようとすると感じてしまう自分の空虚さから目をそらさない。自分の居場所を必死で探す少年少女のうち、自分をよく見つめた者が最終的に居場所を見つけた物語。挿入曲と主題歌がリーガルリリーだったり、授業のシーンで伊藤くんに萩原朔太郎の『漂泊者の詩』を読ませたりしてきめ細かくつくられています。劇場にはきっともっさりした男子も多数集まるでしょうが、恋愛しか興味がない友だちと話が合わなかった女子にも、逆に恋愛しか逃げ場がなくて恋愛に振り回されてきた女子にも、周囲に合わせることにうんざりしてきた女子にも、見に行ってほしいです。
『惡の華』
(2019/日本/127分)監督:井口昇
出演:伊藤健太郎、玉城ティナ、飯豊まりえ、秋田汐梨ほか
配給:ファントム・フィルム
9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
©押見修造/講談社 ©2019映画『惡の華』製作委員会
公式サイト
『惡の華』を観た人は、こっちも観て!
閉塞した地方で窒息しそうになっている女子を描いた映画。家父長制が根強く残っているうえ、絆とかつながりって言葉が大好きなウェットな国日本、女子には大変なことも多いけど、映画見て楽しくサバイブできるよう祈ってます。
『少女邂逅』
94年生まれの枝優花監督の初監督作にして伝説のヒット作。関東の小都市、いじめを受けていた少女がやっと見つけた自分の分身のような友だちは…砂糖菓子のような作品かと思って見ていたら、えぐられました。この映画を見たときの衝撃が忘れられません。公式サイト
『お嬢ちゃん』
『枝葉のこと』の二ノ宮隆太郎監督の新作。鎌倉で祖母と暮らすみのりは言いたいことははっきり言うし暴言を吐かれたら喧嘩上等というタイプ。まっすぐすぎるみのりは妥協的な周囲とはうまくやれず…。9月28日(土)よりK’s cinemaほか全国順次公開。公式サイト
『ブルーアワーにぶっ飛ばす』
これは地元を出た女子の物語。CMディレクターとしてキャリア驀進中の砂田は後輩の清浦と急に実家に行くことに。懐かしさと反発、家族や地元への複雑な思いを、夏帆の演技でコミカルに描く。10月テアトル新宿、ユーロスペースほか全国ロードショー。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。