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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#34『ジョーカー』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#34『ジョーカー』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#34『ジョーカー』

2019.10.04

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介する『ジョーカー』は、バットマンの最大の敵がどのように誕生したかを描いています。
いわばバットマン前史なので、いままでバットマンを見たことがない人が予習なしに見ても感動するはず。

Text_Kyoko Endo

ジョーカー降臨。

バットマン・シリーズの『ダークナイト ライジング』上映中の劇場で銃乱射事件を起こした犯人がジョーカーと名乗ったりしたため(『ダークナイト ライジング』にはジョーカー出てないのに!)人間ジョーカーを描くこの映画の社会的影響を心配する人もいます。テレグラフの記者にこの作品が暴力を誘発するのではと質問され、主演のホアキン・フェニックスがインタビューから退席してしまったというニュースもありました。しかしこれは悪が生まれる背景に迫る映画であって、悪人を弁護する映画ではありません。

主人公のアーサーがラジオから流れるゴミ収集人のストライキのニュースを聴きながらピエロのメイクをしているシーンから映画が始まります。楽器店の売りつくしセールで客寄せをしていると、悪ガキどもに看板を盗られてしまう…こういう悪ガキは『スケート・キッチン』にもいましたが、アーサーにからんでくるのはもっと悪質です。袋叩きにされゴミまみれの路地裏に横たわるアーサーの上にタイトル。

これ舞台設定がすごく巧みで、1981年のニューヨークをモデルにしているんです。1981年といえば、レーガン大統領の経済政策レーガノミクスで、福祉がどんどん切り捨てられていたころ。新自由主義の錦の御旗のもと、金持ちには減税、貧乏人からは搾り取る政策が行われ、一般庶民の生活は苦しくなり、道路や地下鉄など公共の場がリストラで荒れ果てました。ゴミ収集人のストライキも現実に起こったことです。一方で証券会社で荒稼ぎする金融マンなどのニューリッチ層は羨望、揶揄、怒りの対象となりました。

そんな社会でアーサーは誰からも人間らしく扱われていません。バスの中で子どもをいないいないばあで笑わせていたら、母親にうちの子に構うなと言われてしまう。哄笑するアーサー。怒る母親に「笑うのは病気のためです。脳および神経の損傷で急に笑いだすことがあります」というカードを見せます。もうなんかこのへんでアーサーを見るだけで悲しくなってきます。演じているホアキンは兄をオーバードーズで亡くし、自分もリアルにジャンキーになっていた人、両親はカルト信者でほかの兄弟は全員ヒッピーっぽい自然由来の名前、自分だけ違うので自分でヒッピーネームを名乗っていたりした人なのですから。

アーサーの生活はさらに悲惨で家に帰れば半分呆けたような母親の面倒も見なくてはなりません。仲間に押しつけられた銃を小児病棟の慰問中に落としてしまい、仕事もクビに。落ち込んでピエロ姿で地下鉄で帰る途中、たちの悪いヤッピーが女性にちょっかいを出しはじめ、それを見ていたアーサーは笑いの発作を起こしてしまう。ちなみにヤッピーって80年代の「勝ち組リーマン」みたいなもんなんですけど。半グレみたいなヤッピーに殺されそうになったアーサーは彼らを撃ち、駅を抜けて焚き火を囲むホームレスたちの間を走って逃げて行きます。

で、ヤッピーどもの雇い主でもある権力者が誰あろう、のちのバットマンことブルース・ウェインの父親なんです。しかも彼がアーサーの母親を捨てたゲス野郎だった疑惑も出てくる。あくまで疑惑ですが。このへん#Metooによるハリウッド大立者たちの失墜が背景になっていますね。過去の秘密が暴かれ、オセロゲームのようにいままで白かったものがあっさり黒に。で、もうおわかりでしょうがもちろんアーサーがジョーカーです。そうするとじゃあバットマンとジョーカーって…とこちらの想像を掻き立てるところもおもしろい。

事務所のタイムカードを叩き壊しDon’t forget to smile! という標語のforget toをマーカーで消すアーサー。ラジオで聴いたある曲が自分のようだと語ります。その曲がジャクソン・C・フランクの“My Name Is Carnival”です。この選曲もすごい。というのも、フランクの人生もジョーカーみたいに不運だからです。子どものころに学校の火事で多くの同級生が死亡、自分も顔に火傷を負いました。ポール・サイモンのプロデュースでアルバムを発表したものの統合失調症に悩まされ、うつになりホームレスになって99年に肺炎で亡くなりました。

さて、ゴッサムシティの富裕層への庶民の怒りは、ヤッピーを殺したピエロ姿の男への共感となり、何者でもなかったアーサーはヒーローになってしまいます。人々はピエロの扮装で市庁舎へデモに行くようになり街中がピエロだらけに。あちこちで暴動が起き、暴動と呼応するかのようにアーサーの狂気が暴走します。映画的叙述トリックも怖い…。そして出来上がっちゃったジョーカーの破壊神のようなかっこよさ。

こんなにネタバレする?と思う方も多いかもしれませんが、こんなの全然序の口、お楽しみはこれからです。ジョーカーといえばヒース・レジャーでしたが、勝るとも劣らない素晴らしい演技。これまで3回もアカデミー賞にノミネートされたホアキンですが、今回は獲っちゃうかも。悪とは何かという問いを深化させた傑作。ゴッサム・シティというフィクションの舞台を借りて、ヒーロー不在、アンチヒーローの登場が待ち望まれてしまう現実世界を映し出している、これこそ必見です!

『ジョーカー』

(2019/アメリカ/122分)

監督:トッド・フィリップス
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ
配給:ワーナー・ブラザース映画
10月4日(金)全国ロードショー
©2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & ©DC Comics
公式サイト

『ジョーカー』を観た人は、こっちも観て!

“ジョーカー”で検索すればこれまでのシリーズについてすべて知ることができると思います。ですからここでは監督が影響を受けたと語った2作品と、ジョーカーを演じて夭折し伝説となったヒース・レジャー版をご紹介しますね。。

『タクシー・ドライバー』

鏡に向かって語りかけるトラヴィスの姿は、鏡を見ながらトークショーに出ている俳優を真似るアーサーにつながっています。社会的な影響も大きく、この作品を見た犯人によりレーガン大統領暗殺未遂事件も起こった、スコセッシ監督の名作

『キング・オブ・コメディ』

これもスコセッシ+デ・ニーロのタッグ。まだ若かったデ・ニーロがアーサーのようなコメディアン志望の男の役。敬愛するスターに偶然出会って妄想が暴走し…ってまさにアーサーですよ。むしろアーサーのほうがちゃんと仕事してるかも。

『ダークナイト』

小栗旬がヒース・レジャーを引き合いに役者の業を語ってバズっていましたね。悪の権化なのに悲しみが滲み出るジョーカーの凄みは必見。しかし10年前との社会の変化に驚きます。まだヒーローやガジェットへの無邪気な信頼があったとは。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。