GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#42『ミッドサマー』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
ところで、みなさんの怖いものはなんですか? 害虫や害獣を怖いという人がたまにいますが
ホラー映画とパニック映画が違うように恐怖と生理的嫌悪感は違います。
そうした点から本当に怖いものを考えてみると、やっぱり…。
Text_Kyoko Endo
本当に怖い映画が描く本当に怖いもの。
怪異を説明されたとたん、ホラー映画って怖くなくなってしまうものです。そうした残念なホラーって意外に多くて、せっかく途中まで怖かったのに最後の最後にキリスト教の悪魔出してきたり(私、異教徒だし)巨大な蜘蛛出してきたり(大映特撮映画みたい)幽霊になった理由が説明されちゃったり(かわいそうでしかない)して怖さが台無しに。また、ドキュメンタリーなぞ見れば暴力とか拷問とか人間がいちばん怖いじゃん…と悟ってしまったりして、本当に怖いと思える映画との出逢いは稀でした。しかし今度こそ予想の斜め上を行き、なおかつ人間の怖さを描いたホラー映画が公開されます。それが今回ご紹介する『ミッドサマー』です。
舞台はスウェーデンの田舎のコミューンの夏至祭。女子大生のダニーは、ある事件で天涯孤独の身の上になり、唯一の心の支えの彼氏のクリスチャンともうまくいっていない。もともとメンヘラ気味でなにかといえばすぐ電話やメールしてくるダニーにクリスチャンはうんざりしていて、夏休みもダニーと過ごすよりつるんでる男子グループでスウェーデンに行きたいと思っています。留学生のペレが彼らを故郷の夏至の祭りに誘ったのです。
天涯孤独になったばかりの彼女を置いていくのもかわいそうだ、というより、なんかヒドイ男だと思われても嫌だし…的、すんごく消極的な理由でクリスチャンはダニーを旅行に誘います。なんとかして彼をつなぎとめておきたい彼女がくることにしたので男子たちは「えっ、くるの?(くんなよ)」って感じ。優しいのはペレだけです。着いたコミューンはレイブ会場みたいでみんなフレンドリー。ポリフォニック・スプリーみたいに全員白い民族衣装で、ここは天国か?って美しさです。
コミューンはすごくエキゾチック。監督は影響を受けた映画としてイギリスのホラー映画の『ウィッカーマン』とセルゲイ ・パラジャーノフの『ざくろの色』を挙げていますが、また違ったオリジナルな怖かわいい世界です。制作スタッフが素晴らしい仕事をしてまして、いい感じに狂った美術や衣装や髪型や建物も見どころのひとつ。そのエキゾチックさが違和感につながり怖さが増幅されます。グリム童話とか遠野物語でうっすら怖い話がちょいちょいありますが、そうしたお伽話的な怖さがあります。
絶対強者のアメリカ人男子がこれまで美徳とされてきた成果主義や男性中心主義を実践した結果、悲惨な状況に引きずり込まれるストーリーも今日的です。映画は雪の森に流れる美しい歌声から始まるのですが、画面がアメリカの住宅地に切り替わると同時に不愉快な大音量で電話のベルが鳴りひびきます。監督は最初からはっきりとアメリカ社会の不自然さを強調しているわけです。スウェーデンに着いて車が進んで行き、コミューンのある土地でカメラ/世界がゆっくりと反転する――まったく違う価値観の土地に来たことが暗示されるのですが、違う土地に来ても男子はアメリカにいるのと同じようにしか行動しない。彼らは最初から土地に馴染まない他者なのです。
もちろんアメリカ人迫害ならほかにもティーンを怖がらせる映画は山ほどつくられてきました。人種差別的パニック映画は掃いて捨てるほどありますし、東欧で殺人ゲームの的にされるという設定もあった。でもこの作品はスプラッタでもパニックでもなく、文化の違いと共同体のルールを受け入れるか否かで運命が分かれるところが違います。
この映画が素晴らしいのは本当に怖いものを描いているところ。アスター監督は「これはフォーク・ホラーのテイの失恋映画」といろんなところで発言しているのですが、ただの失恋映画ならここまで怖くならないでしょう。この映画が露骨なほど描くのは、共同体のルールにはまったく疑いを持たないでいられるのに共同体の外の人間にはいくらでも残酷になれる人間そのものの恐怖です。
この作品は共同体外の人間の疎外から始まり、祭りの終わりとともに共同体が閉じていくことを暗示して終わっていく。ダニーの妹は家を離れたダニーを家族から完全に切り離し、クリスチャンたち男子はダニーを仲間外れにすることをなんとも思わず、英米人たちは北欧の土着の習慣を受け入れられず(まあ相当エクストリームではありますが)、それに対してコミューンの人たちは…。いや、しかしもともとコミューンの人たちは…。やっぱり怖いのは集団をバックにした人間。そして優れたホラーとは人間の怖さを描くものなのではないでしょうか。
『ミッドサマー』
(2019/アメリカ/147分)監督・脚本:アリ・アスター
出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー
配給:ファントム・フィルム
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2月21日よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト
『ミッドサマー』を観た人は、こっちも観て!
今回はなんかわけのわからん怪異に出遭えてなおかつ美しい映画を集めました。ここ数年で心から怖いと思った映画というとじつは『コンジアム』だったりするのですが…。
『イット・フォローズ』
GCC (GIRLS’ CINEMA CLUBの略)#1『アンダー・ザ・シルバーレイク』のデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の出世作。怪異を感染型にすることでティーンの恋愛をうまく絡めてあって、最後には感動すらしてしまう傑作。映像も美しくて何度見ても怖いし飽きないところも素晴らしい。『神聖なる一族24人の娘たち』
ロシア連邦の一部、マリ・エル共和国のマリ人たち独自の伝説を映画化。衣装や髪型もかわいいけれど、振られた男が若い女性に差し向けるバンパイアや、こっくりさんみたいな遊びで全裸で踊り狂う娘たちなどエピソードの独特さは『ミッドサマー』以上かも。『ピクニック・アット・ハンギング・ロック』
ピーター・ウィアー監督の初期の傑作。女子校の教師と生徒が山中で行方不明になり、いちばん美しかった少女が神隠しにあったかのようにいなくなってしまう…。自然と美少女が美しすぎるカルト映画。2018年ドラマシリーズとしてリメイクされたのも話題に。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。