GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#49『ケヴィン・オークイン:美の哲学』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
今回ご紹介するのは90年代に一時代を築いたメイクアップアーティスト、ケヴィン・オークインのドキュメンタリー。
スーパーモデルにセレブ、ファッション界の重鎮がこれでもかと登場する豪華さに加え、
オークインの人間性とドラマチックな人生は驚異的。名言の嵐なので配信でご覧になる方はメモ用意しておくといいかも。
Text_Kyoko Endo
オークインを知ってもっとメイクを楽しもう!
緊急事態宣言が解除になりましたが、みなさん、おうち時間でメイクとかってどうしてました? インテンシヴケアをしたり、メイク術を磨いたりするのに余念がなかった方も多いと思いますが、私などマスクで顔が隠れるのをいいことになんにも塗らずに乗り切ってしまいました…。しかしそんな私でも新しいリップ1本あればやはり心は浮き立ちます。義務と思わなければメイクは楽しい。今回ご紹介するのは、メイクの楽しさ、クリエイティビティを思い出させてくれるメイクアップアーティストのドキュメンタリーです。
その人はケヴィン・オークイン。絶頂期の資生堂のインウイを手がけていて日本でもファンが多かった。インウイはいまはだいぶラインが縮小されてしまいましたが、当時はエッジィなブランドだったのです。90年代ってインターネット降臨直前だからかあんまりネット上に資料が残ってないのですが、彼が手がけたユマ・サーマンのCMやクリステン・マクメナミーのビジュアルはいまでも見つけることができます。それはいまだに彼の仕事がリスペクトされているから。
21歳でレブロンのクリエイティブディレクターになったオークインは、さまざまなスキントーンを創出しました。いまでは当然のつけまつげも細眉も彼が流行らせたもの。自分のブランドを立ち上げ、自分自身が有名人になりワイドショーに出演したりもしました。
誰とでもすぐ打ち解けて仲良くなり、モデルや俳優にとっては彼女たちに自信を持たせてくれる人だったといいます。そんな華やかな人生を、華やかな人々が証言します。ナオミ・キャンベル、シンディ・クロフォード、リンダ・エバンジェリスタ、ケイト・モスらスーパーモデルから彼が憧れ続けたシェール、イザベル・ロッセリーニやトーリ・エイモス、アイザック・ミズラヒまでも。
この映画のおもしろいところは、彼独自のメイク術が見られるのはもちろん、ファッション界、芸能界の内幕が覗けるところ。さらにオークイン本人に人間的魅力があります。若くして成功しているのですが、じつは苦労人。ゲイだったために故郷ルイジアナでは幼少期から教師による虐待や学校でのいじめに耐え、卒業後働き始めてからも警備員から暴力を受けるなど、迫害としか言いようがない暴力を受けてきました。ニューヨークに移り住んだのも生命の危険を感じたため。家族に愛されていても地元社会には居場所がなかったのです。
そのためか反骨心旺盛で政治的発言もかなりしています。この映画には出てきませんが、全米ライフル教会(NRA)の会員はアホだと発言して脅迫を受けたこともあったそう。私も同感ですが、NRAは全米最大の銃ロビイスト団体かつサンフランシスコ市認定のテロ組織なので、アメリカ国内でその発言はすごく勇気ある行動でした。
そんな素敵な人がなぜいまいないのか、若いファッショニスタの方は不思議に思われるでしょう。彼は2002年に40歳で亡くなったのです。原因は鎮痛剤中毒。鎮痛剤の中毒問題はアメリカの社会問題で多くの映画で描かれています。ケヴィン・オークインの場合はもともと脳腫瘍から末端肥大症になっていて、若いころから身体に痛みを感じていた。それで鎮痛剤中毒になってしまったそうで、腫瘍は取り除けたのですが肝不全が直接の死因となりました。
しかし彼がすごいのは死後も影響を与え続けているってことです。ファッションという評判が変わりやすい業界にあって彼の著書はいまだに読まれていてAmazonでも多くの読者からの人生変わったというコメントが寄せられています。身近な人も動かしていて、彼を養子にした両親はルイジアナでPFLAG(レズビアンとゲイの親、家族、友人の会)の支部を立ち上げたそう。彼のアシスタントだったトロイ・スラットがオリジナルブランドSurrattを、もとパートナーのエリック・サカスもLucie + Pompetteを立ち上げ成功させています。
亡くなってしまったのは本当に惜しいことですが、いまからでも彼を知ると元気になります。しばらく家にばかりいると外に出るのが怖く感じるかもしれません。実際、感染にはまだまだ注意する必要はありますが「僕にとって人と分かち合う最高の経験とはその人の美しさを見つけること」とのっけから名言で始まるこの映画を見ておけば、おしゃれして外出するのが楽しみになるんじゃないでしょうか。
『ケヴィン・オークイン:美の哲学』
(2017/アメリカ/102分)監督:ティファニー・バルトーク
出演:ケヴィン・オークイン、シンディ・クロフォード、シェール
配給:アップリンク
アップリンク・クラウドにてオンライン配信中 劇場でも公開予定
公式サイト
『ケヴィン・オークイン:美の哲学』を観た人は、こっちも観て!
自分らしくおしゃれするのは楽しい。ドラァグクイーンに等身大の自分探し、はたまた現実社会への抵抗と違いはあれど、自分らしさを追求する登場人物の姿に映画を見ているほうもおしゃれしたくなる映画を集めました。
『ディヴァイン・ディーバ』
軍事政権下を生き延びたブラジルの第1世代ドラァグクイーンたちのドキュメンタリー。彼女たちの努力を見ていると女だってことにあぐらをかいてちゃいけないと発破をかけられます。アップリンク・クラウドのミモザフィルムズ見放題配信パックで視聴可能。『若い女』
この主人公は登場シーンはどうしようもないアホ子ちゃんなんですが、頑張りを見ているうちに応援したくなってきます。自分で考えて必死で生きていると個性と魅力が出てくるなあという見本。アップリンク・クラウドのサンリス見放題配信パックで視聴可能。『ガザの美容室』
イスラエルに軍事封鎖され「世界最大の監獄」と呼ばれるパレスチナのガザ地区。その一角の美容室には、現実への抵抗としておしゃれを楽しもうとする女性たちが集まり…封鎖テーマとしてもいま見られるべき作品。アップリンク・クラウドにて配信中。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。ミニシアター、応援してます!
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