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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#52『エレファント・マン 4K修復版』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#52『エレファント・マン 4K修復版』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#52『エレファント・マン 4K修復版』

2020.07.08

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介する映画は『ツイン・ピークス』などを撮りアーティストとしても活躍する名匠デイヴィッド・リンチの若き日の傑作。
当時から大ヒットしているのでおもしろさは保証付きなんですが、
集団の狂気と暴力が個人に向かう醜悪さを描いていることからも、是非いまご覧いただきたい作品です。

Text_Kyoko Endo

集団の狂気と暴力にうちかつアートの力。

45%の東京都民が選挙に無関心と露呈してしまった今日このごろですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。45%は最大獲得票数より多い。つまり選挙に行かなかった人が最大派閥ということからもわかる通り、多数派は必ずしも正しくないのですね。無慈悲な数の力に傷ついたことがある方にご紹介したいのが、デイヴィッド・リンチ監督の第2作。1980年に公開された作品ですが、公開40周年記念で監督自らの監修で4K修復されました。

この映画は『イレイザー・ヘッド』でカルト監督としては認められていたものの両親から譲られた古家で暮らそうとしていた青年デイヴィッド・リンチを大ブレイクさせました。アカデミー賞にも8部問にノミネート、この映画公開時にメイクアップ部門がなかったために翌年からアカデミー賞にメイクアップ部門が設立されたり、英国アカデミー賞ではジョン・ハートが主演男優賞を受賞するなど、エポックメイキングな作品です。

ジョン・ハートはこの前年の『ミッドナイト・エクスプレス』ですでにアカデミー賞助演男優賞にノミネートされていましたが、この映画のあとはどこに行っても「エレファント・マンだ」「エレファント・マンだ」と指差されたそうです。

主人公はジョン・メリック。病気で奇形になり、歩行もできず働けないために見世物小屋のフリークスとして生きながらえていました。産業革命期の公害だらけのロンドン、庶民はディケンズの小説にあるような貧困のまっただなか。ジョンは入浴もさせてもらえず、鞭で叩かれたりして虐待されています。噂を聞きつけた医師トリーヴズが保護し、病院で過ごさせる間に知性ある青年だとわかり、やっと人間らしく処遇されるようになりますが、見世物小屋の主人が彼を捕らえ、フランスに連れて行ってしまいます。

ジョンのモデルはジョゼフ・メリック。おそらく先天性の希少病だったのではないかと言われる実在の人物です。1862年生まれのジョゼフ・メリックは成長するにつれて病気が重症化して働けなくなり、悲惨な生活から抜け出すため自分から興行主に手紙を書いて見世物小屋に入ったそうです。しかし見世物小屋がイギリスでは商売できなくなり、ヨーロッパ大陸に渡ったものの興行中に興行主から捨てられ、かつて診察を受けたトリーヴズの名刺を頼りに病院に保護を求め、大変な苦労をしてイギリスに戻ってきたそう。骨格標本や頭髪などが病院に残っていて、それをもとに特殊メイクが作られました。

彼の物語は1979年にブロードウェイで舞台演劇として公開されています。演劇版もまた愛されていて、デヴィッド・ボウイもジョン・メリックを演じていますし、最近ではブラッドリー・クーパーが特殊メイクなしで(!)顔と身体を歪めて演じて話題になりました。あとで身体痛くならなかったか心配…。日本では市村正親や藤原竜也もジョン・メリックを演じています。

映画では、周囲から人間らしく扱われてこなかったけれど心がきれいな人物を演じるジョン・ハートがかわいいんです。病院に呼ばれながらも「学会で発表するまでは誰にも言わないでくれ」と医師に隠され、そっとすみっこに立っているのが不憫…。そして院長に会うことになり、いい印象を与えたくて部屋を整えてたりしていじらしい。医師の妻が挨拶しただけで人間らしく扱われたと泣いてしまったり。そりゃ女優もファンになるわ。あんなに重装備の特殊メイクで繊細な人格が表現できるジョン・ハートの演技力も見どころです。

人気者の女優さんが面会したために、フォロワーが私も私もと押し寄せるのも今日的。そんな軽佻浮薄なハイソサエティに対して「俺って結局見世物小屋の興行主と同じ?」と疑問を感じる医師の役はアンソニー・ホプキンス。デイヴィッド・リンチが「これ以上は望めない」と絶賛したキャストは辣腕プロデューサー、メル・ブルックスの名の下に集まりました。

最初にデイヴィッド・リンチに目をつけメル・ブルックスに『イレイザー・ヘッド』を見せたジョナサン・サンガーも偉すぎる。最初監督候補としてデイヴィッド・リンチの名前を見たメル・ブルックスは「これ誰だ?」という感じだったらしいのですが、この企画のために20世紀フォックスで『イレイザー・ヘッド』を関係者で上映したところ、試写室から走り出してきてデイヴィッド・リンチを抱きしめ「君は狂人だ。気に入った!」と言い、いつも守ってくれたとリンチ本人がインタビューで語っています。

そして撮影が素晴らしいです。前半、トリーヴズ医師が初めてジョンを訪ねるシーンで暗闇からランプの明かりで部屋が浮かび上がるシーン、見世物小屋のフリークスたちがジョンを逃してくれる幻想的なシーンなど、やはりリンチ作品らしい映像美を見ることができます。

でも何より素晴らしいのは、やはりデイヴィッド・リンチが少数者の側に身を置いているのがわかるところなんですよね。つまりフリークス側に立って、集団となった人間の残酷さを描こうとしているのです。集団になった人間はときに横暴になって他者を迫害したり、見慣れないものに簡単にパニックに陥ったりします。そうした多勢に無勢というような力の狂気と暴力をデイヴィッド・リンチは見せてくれるのです。ジョンを攻撃する人々は、見世物小屋に集まる人であれ、病院に集まる人であれ、非常に醜悪に描かれています。集団ごと逸脱していく行いは健常者のほうが“異常”であるかのよう。

アートというものがそもそも多数決とは相性が悪い。アートは個人的なものだからこそ、見た人間もそれぞれ個人にたちかえり理性に戻ってくるものなんじゃないでしょうか。つまり真のアートとは理性をもたらしてくれるもの。弱い個人に対する集団の狂気を描いた作品が結果として大ヒットした。これこそアートの力を感じさせてくれる映画というものです。

『エレファント・マン 4K修復版』

(1980/アメリカ・イギリス/124分)

監督:デイヴィッド・リンチ
出演:アンソニー・ホプキンス、ジョン・ハート
配給:アンプラグド
©1980 BROOKSFILMS LTD
7月10日(金)より全国ロードショー
公式サイト

『エレファント・マン 4K修復版』を観た人は、こっちも観て!

個人対集団ってテーマで言ったら、マカロニウェスタンも健さんのヤクザ映画もわりとそうでした。映画では一匹狼のヒーローが人気なのに、現実社会では多数派にばかり人が押し寄せる不思議。ヤクザ映画の美学はどこに?

『タッチ・ミー・ノット ローラと秘密のカウンセリング』

障がい者もL G B T Qも一般人も含めて個人の性とはどういうことかをもっとも先鋭的に撮った作品。ノイバウテンの音楽、「普通なんて知るか」と宣言する青年、ぬるい副題からは考えられないくらい先鋭的で“常識”が覆されます。イメージフォーラムにて上映中。

『SKIN/スキン』

自分の同志だと思っていた人々がもし間違っていたら。極右レイシスト集団で生きていた男が、正しく生きようとしたことで生命の危機に。実在の人物の闘いを『リトル・ダンサー』のジェイミー・ベルが好演。新宿シネマカリテほかで上映中。

『デヴィッド・リンチ アートライフ』

ファイン・アーティストとしてのリンチ監督のアトリエを公開するドキュメンタリー。絵画を創作しながら語られる映画の裏話はおもしろいに決まっているのですが、美術作品を次々見られるのもうれしい。アップリンク・クラウドで視聴可能。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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