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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#54『ソワレ』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#54『ソワレ』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#54『ソワレ』

2020.08.12

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。今回ご紹介する映画は『ソワレ』。
俳優の豊原功補さんと小泉今日子さんがプロデューサーとして名を連ねていることでも話題の作品ですが、
それだけの人々がこの映画を製作しなくてはと突き動かされたのにも、この脚本なら納得です。

Text_Kyoko Endo

1回目で感動、2回目で落涙。

コロナにも猛暑にも負けない好奇心旺盛な女子の皆さま。負けないとは言ってもそれなりに体力を奪われていくこんな時期は映画館で暑さをしのぐに限りますよね。今回ご紹介する『ソワレ』は東京から和歌山に出かけた俳優と、地元の女子の恋愛とも呼べない逃避行を描いた美しい映画です。

主演のひとり、村上虹郎演じる翔太は、オレオレ詐欺の受け子として私たちの前に現れます。ハシタ金で人生棒に振るようなバイトをやっている、やっていいことと悪いことの区別もついていない子どものような青年。次の登場シーンでは芝居の稽古をしていて、台詞を入れてこなかったことで怒られている。やりたいことはあるのだけどなかなか成功できなくて、ふわふわと危なっかしく生きている。そんな彼が所属する劇団とともに地方の老人ホームに行くのですが、そこにもうひとりの主役の“山下さん”が介護者として働いています。演じるのは芋生悠。

翔太が華やかな世界に憧れてチャラく生きているのに対して“山下さん”はきつい現場で健気に働いています。でも、何が楽しくて生きているのかよくわからない。親しい人もいないようです。そのうちに彼女が誰かに暴行を受けた過去があるとわかってきます。“山下さん”は「被疑者が出所した」という通知を検察から受け取ります。しかしそんな通知だけ届けられても…と思いますよね。被害者はD V防止法に基づく保護命令を地裁に申し立てることになっているのですが、怯えきってる被害者にそんなことをさせるよりも、本来は加害者を絶対に近づけないようにすべきじゃないですか。

だから警察官を常駐させておくなり、再被害を防止する何らかの手立てが講じられなくてはいけなかった。でも女性や子どもを守る予算て出てこないのかそういうことは起こらない。それで易々と加害者が侵入してきてしまい“山下さん”も虐待被害者特有の解離状態に陥って逃げられず、またレイプされてしまう。そこに翔太が偶然居合わせ助けようとするのですが、彼女が加害者を刺してしまいます。

ところで翔太たちがボランティアでワークショップをする芝居の演目は清姫・安珍伝説。和歌山県日高川町の道成寺にまつわる伝説です。有名な伝説で映画化、アニメ化もされています。庄屋の娘の清姫が家に泊まった僧の安珍を好きになってしまう。それはいいのだけど、安珍ときたら無責任にも参詣から帰ったら結婚すると約束してしまうのです。でも待っても待っても安珍は来ない。騙されたと知った清姫は安珍を追いかけるが、安珍あろうことかバックれるので、清姫は怒りのあまり大蛇になり、寺の鐘に逃げこんだ安珍を焼き殺したという…。

もともと恋愛関係があったはずの清姫と安珍とは違い“山下さん”は翔太にとって知り合ったばかりでほぼ他人と同じようなものです。でもチャラいようでいて性格はいい翔太は“山下さん”を助けずにいられない。オレオレ詐欺なんかに加担していながら、弱いものばかりがしわ寄せを食う社会はどこかおかしいと義憤も感じている。それで“山下さん”を逃がそうとするのですが、彼女が茫然自失として動けないために一緒に逃げてしまう。

しかし、これまで加害者の暴力に晒されながら誰からも助けてもらえなかった“山下さん”は、翔太が一緒に逃げてくれることでどれだけ力づけられたかわからない。行き当たりばったりでバイトをしてみて褒められたりもして、自己承認を得られたことなどからも“山下さん”は逃亡生活でむしろ生命力を取り戻していくようにさえ見えます。

逆に事件に巻き込まれた翔太は逃亡するうちに安珍みたいになってしまいます。過疎地だから人もいないし空き家もあって、2人の逃亡生活は数ヶ月にまで及んでしまう。でも、そもそも“山下さん”は彼女でもなかったし、東京から和歌山にきたのも劇団のボランティアに参加するためだけだった。だから安珍が逃げたように翔太も“山下さん”から逃げるのです。彼女の夢の中で、清姫・安珍伝説の台詞――あらかじめ果たされないとわかっている愛の言葉だけがむなしく繰り返されます。

ところが伝説は脱構築されます。ひたすら清姫から逃げる安珍に対して、翔太は戻ってくるのです。しかも安珍が嘘ばかりついてきたのに対して、翔太は愛の言葉は言わないけれど、自分に向き合う姿を見せるのです。エンパワメントされた清姫 / “山下さん”は自分から警察に捕まり「翔太くん、もっとたくさんの人の心に残ってな」と叫んで連行されていく。その言葉に励まされた翔太も、やっと本当の自分に戻ることができるのですが、じつは見ていただきたいのはここからのラストシーンなのでした。

このラストでここまでの2人の会話の意味がすべて変わってくる、すごいシーンなのです。だからこの映画は複数回見られます。というか、1回目は普通に感動しますが2回目は泣いてしまいます…。1回目にラストシーンを見たときは『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメが残したのと同じ鮮烈な印象を村上虹郎から受けたのですが、2回目では芋生悠がすごかった。このラストについてはやはり読者の皆さまご自身で劇場で確かめていただきたいと思います。

『ソワレ』

(2020/日本/111分)

監督・脚本:外山文治
出演:村上虹郎、芋生悠
配給:東京テアトル
© 2020ソワレフィルムパートナーズ
8月28日(金)テアトル新宿、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸ほか全国ロードショー
公式サイト

『ソワレ』を観た人は、こっちも観て!

実の親からの子どもの虐待…あまり関わりたくないかもしれないテーマですが、重要。これがはっきり犯罪だと認められないと不幸な事件が繰り返されてしまいます。上映中の作品とまだ劇場で見るチャンスがある作品を集めました。

『マザー』

母親にそそのかされた少年が祖父母を殺す…実際にあった事件を元にした大森立嗣監督の力作。児童虐待だけではなく、親の発達障害や児童相談所の限界などさまざまな問題を提起しています。完全にアイドル路線を捨て俳優宣言したとも言える長澤まさみの演技にも注目。

『ハニーボーイ』

暴力だけでなく、言葉によって自尊心を奪う心理的な攻撃だって、虐待です。親子間の虐待では、親への愛や感謝ももちろんあるから、子どもはより混乱してしまう。虐待がトラウマになっていたシャイア・ラブーフが自分の父親との関係を赤裸々に描いた作品。

『ひとくず』

口コミで上映期間が延長になったあとも全国で再上映の動きがあるインディーズムービー。虐待を受けて育った男が空き巣に入った先にネグレクトされた少女がいて…という大胆なストーリー。被害者を救う物語でありつつ加害者の心の傷にも目を向けている意欲作。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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