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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#63『ノマドランド』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#63『ノマドランド』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#63『ノマドランド』

2021.03.24

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報をお届けします。
アカデミー賞候補が発表され、前回ご紹介した『マンク』が10部門ノミネートで話題ですが、
この『ノマドランド』も作品賞、主演女優賞、撮影賞、監督賞、編集賞、脚色賞にノミネートされました。
この映画の原作者も監督も主人公も女性、でもテーマはもっと普遍的なこと。
ガールズシネマクラブとしてはこれを外すわけにはいかないのです。

Text_Kyoko Endo

自然と自由と希望だけじゃない放浪生活。

物語は2011年の1月31日、ネヴァダ州のUSジプサム社が会社を閉鎖し、企業城下町だったエンパイアがなくなるところから始まります。郵便番号までもなくなり地域には誰ひとりいなくなります。家財道具を貸し倉庫に預け、お気に入りの皿をバンに積んで旅に出る主人公のファーン。ファーンはジプサムに勤めていた夫と結婚して社宅で暮らし、自分もジプサムで事務をしたり地元小学校の教師をしたりして働いてきました。夫はすでに病死、会社がすべてを引きはらったら、あとには何も残りません。背景には2008年のリーマンショックや、新自由主義経済下で年金や保険をすべて企業任せにしている公助ほぼ皆無の社会システムがあります。

ファーンが行くところはアマゾンの倉庫です。リーマンショックで多くの人が家を失ったとき、アマゾンは家を失った働き手が増えることを見越して、キャンプするワーカーの一時雇用システムをすでに2008年に考え出していました(恐ろしい…)。ホリデーシーズンに殺到する注文を捌くための季節労働ですね。こうしてファーンは仕事を求めてバンやキャンピングカーで移動する人々と出会い、彼女もまたそのトライブの一員となっていきます。

原作はジェシカ・ブルーダーの『ノマドランド』。取材に3年かかり、後半は著者自身がノマドとともにバンで生活を送ったりもして密に取材したノンフィクションで、この本自体も小説のようにおもしろいのでおすすめ。ブルーダーは最初に発表した2014年のハーパーズ・マガジンの記事から、ローンが払えず家を取り上げられた人や、家賃を稼ぐためにあくせく働く人生に疑問を持って車上でのサバイバルに挑戦した人たちのインタビューを続けてきました。

仕事から逃げたり怠けたりしてそうなった人などいません。会社を経営していたのに共同経営者にお金を持ち逃げされた人や、年収10万ドルのソフトウェア企業の重役だったのに離婚して家を失いリーマンショックで貯金も失くした人など、公助がない社会の一寸先は闇感がすごい。車上生活者の中にはマクドナルドの元副社長だっているのです。ハーパーズ・マガジンの記事なんて映画にも登場するリンダ・メイがガス自殺しようとした話から始まっているんですから。

一方で、ノマドだからこその自由も描かれます。戦争のPTSDで人混みも花火もダメだったがキャンピングカーで暮らし始めて心が穏やかになったという元兵士や、引退したらキャンピングカーで旅しようと言っていた親が旅をする前に癌になってしまった、もっと早く旅に出ておけば…という人もいます。ノマド同士の家族的なつながりにも発見があり、大平原の朝焼けや燕の群れなど都市から離れなければ出会えないアメリカの自然も素晴らしい。撮影監督が素晴らしくてアマゾンの倉庫でさえアンドレアス・グルスキーの写真のようです。

この映画はすごく複雑で多様な要素から成り立っているのです。貧困問題などを含む社会のリアリティはそのまま、そこで出会った人々の力強い生き様や楽観主義、旅の途中で出会う大自然の美しさも描かれます。だから問題意識がない人々にとっては自然回帰した素晴らしい生活と受け取られる可能性もある。しかしそんなもんではないのです。

リンダ・メイやノマドのメンター的存在のスワンキー、ノマドのフェス的集会を主催するボブ・ウェルズなど主要な登場人物を含む出演者はモノホンのノマドたち。フランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーン以外にプロの俳優はいません。クロエ・ジャオ監督はずっと俳優ではない人々に自分の実生活を演じさせる映画を撮ってきていて、その手法が今回も使われています。というかその前作『ザ・ライダー』(ネトフリで4月6日まで見られます!)を見たフランシス・マクドーマンドが彼女を監督に指名したのです。

もともと現実を元にしたフィクションなのですが、フィクション要素はマクドーマンドの役にしかないくらいです。でもファーンはマクドーマンド自身が「65歳になったら映画の仕事を辞めて放浪してラッキーストライクを吸ってワイルドターキーを飲むわ。名前も変えてファーンと名乗るつもり」と話していたことから来ている。トロント国際映画祭でのZoomのインタビューでは「ファーンのコアは私のコア」と言っているので分身のようなものですね。だからドキュメンタリーのようにリアルなんです。

マクドーマンドはアマゾンの倉庫やビート工場で働いたりもしたそうです。周りは気づいていなかったらしい。何を役柄に反映するためかといえば、やっぱり肉体労働の大変さ。日本ではノマドといえばホワイトカラーの他拠点生活者を意味したこともありましたが、この映画のノマドはどちらかといえば道の駅などに車を止めている車上生活者のほうが近い。いざとなったら安楽死の本を参考にするというスワンキーの発言が生活の過酷さを物語っています。こうした生き方を自分ができるかより、親やじいちゃんばあちゃんにこれをさせられるかと考えたら問題は明らかです。

いかにノマドの生活が自由で楽しそうに見えても、公助がない新自由主義社会は誰もが安心できない社会。だからこそ超リッチな人々も安全が担保されない恐怖のゆえに、悪口を言われながら理性的に考えれば使い切れない金額の金を貯め込むようになってしまいます。しかしそれはとても不自由で哀れな生き方。だからこそ、貸し倉庫の契約をやめて新たな旅に出るファーンの強さや、自力でエコハウスを建てようとするリンダ・メイの不屈のポジティブさに、私たちは感動するのでしょう。

『ノマドランド』

(2020/アメリカ/107分)

監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©︎2021 20th Century Studios. All rights reserved.
3月26日(金)全国ロードショー
公式サイト

『ノマドランド』だけじゃない! 3月のおすすめ映画。

今月も映画大豊作月間です。なかでも女性の背中を押してくれたり、幸福とは何かのヒントになるような作品を集めました。引き続きコロナ対策を忘れずに、映画を楽しんでいきましょう。

『野球少女』

『梨泰院クラス』で料理長役だったイ・ジュヨンが主演で、今度は韓国プロ野球プレーヤーを目指す女子高生役。自分を犠牲にして家計を支える母、リトルリーグ時代からの幼なじみとの関係なども細やかに描かれた熱いドラマ。長家の会長も意外な役どころで出ています。上映中。

『フィールズ・グッド・マン』

自分の分身のように描いたカエルのペペがいつのまにかねらーのアイドルになり、オルタナ右翼のマスコットに成り下がりヘイト認定されちゃった! そこからペペをなんとか救い出そうとする漫画家マット・フューリーを描いたドキュメンタリー。サブカル好きな方は是非。上映中。

『ミナリ』

農場経営の夢を追ってアメリカに移住した韓国人一家の苦闘を子どもの目から描き出した人間ドラマで、これもまた必見作。お父さん役のスティーヴン・ユアンがアカデミー賞主演俳優賞に、おばあちゃん役のユン・ヨジョンが助演女優賞両方にノミネートされました。上映中。

『ビバリウム』

ジェシー・アイゼンバーグが主演+製作。若いカップルが奇妙な住宅地に連れていかれるホラーですが、家に縛られ生命エネルギーを与えきった子どもとは話が通じない現代社会をいみじくも現しています。『ノマドランド』見てから見るとよいかも。上映中。

『Sleep マックス・リヒターからの招待状』

現代音楽家マックス・リヒターの眠りをテーマにした204曲8時間超のライブのドキュメンタリー。音楽にも感動しますが「妥協した上に売れなかったら後悔する。純粋に気に入ったものなら売れなくてもいい」というクリエイションにも心を動かされます。3月26日公開。

『JUNK HEAD』

遺伝子操作で長寿を得たが生殖能力を失った人類が地下の人工生命体を探しに行く大傑作アクション巨編をなんとたった一人で7年かけて独学のクレイアニメで製作した堀貴秀監督の才能と根性にひたすら驚嘆…監督が声まで当てているセリフもセンスよすぎます。3月26日公開。

『サンドラの小さな家』

こちらも家や社会システムというものについて考えさせられるアイルランド映画。D Vが原因で夫と別れたシングルマザーがなんとか生活を立て直そうと少額で自分の手で家を建てようとし、それを助けようとする人々との心の交流が描かれます。4月2日公開。

『ブータン 山の教室』

経済的豊かさよりも精神的豊かさを重視するブータン。しかし首都の現代っ子の価値観は東京人とあまり変わらない。そんな青年がトレッキングでないと行けないような地方の寒村の教師に任命されて…美しい山々を背景に展開される人間ドラマ。4月3日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。

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