GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#73『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(タイトルが長い!)
ウェス・アンダーソンの雑誌文化愛、フランス愛、そしてミニチュア的美術への偏愛がぎゅうぎゅう詰めになった見所だらけの作品です。
視覚的楽しさだけでいつまでもいつまでもいつまでも見ていられる…映画の原点を追求したらこうなるのかもしれません。
Text_Kyoko Endo
ウェス・アンダーソン世界の視覚的楽しさ。
雑誌の印刷や製本の機械がカタカタと動くシーンからもう心を掴まれるウェス・アンダーソンの新作。ウェス・アンダーソン作品といえば、かわいらしいミニチュア的世界観。人形アニメの『ファンタスティック・ミスター・フォックス』や『犬が島』だけじゃなく、実写でも人形の家のように潜水艦の断面を見せた『ライフ・アクアティック』が思い出されます。大の大人が乗っている汽車なのになぜか小さく見える『ダージリン急行』なんていう作品もありました。今回もそのかわいさ全開。そもそもいまの製本機械はレトロにカタカタとなんか動かない。ゴーって動きますよね。でもそれをカタカタおもちゃっぽく動かすところにこだわりを感じます。
そうして、ミニチュア的なカフェでウェイターが機械仕掛けのように完璧に注文を揃えて出前に行くと、その先が映画の舞台フレンチ・ディスパッチ(以下略)編集部なんであります。この雑誌、ニューヨーカーがモデルです。ニューヨーカーはアメリカの総合誌。日本で総合誌と言うと『世界』とか『文藝春秋』とか「論壇!」て感じですが、ニューヨーカーは装丁も全然スマートで、どちらかといえば文芸寄り。
ミランダ・ジュライ、ジュンパ・ラヒリ、イアン・マキューアンなど新潮クレスト・ブックスに収められるような小説が最初に発表されるのが大抵ニューヨーカーです。村上春樹先生の翻訳も載っていました。ノンフィクション記事も『ブロークバック・マウンテン』や『アダプテーション』の原作になっていたりするんです。『Monk/マンク』の元ネタも名物映画記者ポーリン・ケイルの記事でした。伝統もあるけれどニューヨーカー主催のカルチャーフェスにはデイヴ・グロールが出たりしていて古臭くなってはいない。ニューヨーカーを読んでいるとなると「趣味のいい人」みたいな文化があります。監督は高校時代に学校の図書室でニューヨーカーにハマったそうで、なるほど、それで趣味のいい大人に育ったんですね
そんな雑誌文化愛に加え、舞台はフランス。カンザスの新聞だったはずなのに、カルチャー好きすぎてフランスに編集部がある設定に。しかもロケ地はアングレーム…って、アニメと漫画の祭典、アングレーム国際漫画祭のご当地。てっきり監督も『犬が島』で訪れたのかと思いきや、そうではなくてフランス国内でいいロケ地を探していたら、それがアングレームだったとdailymotionのインタビューに答えています。この記事、ロケ地のほかスタジオのセットを組む様子も見られるのでおすすめ。映画の中のアニメパートはアングレームの人々が制作したのだとか。アニメ文化の揺籃地である地の利が生きてますね。
そしてこのアングレーム、川を見下ろす城壁に囲まれた街なので、階段と高低差だらけ。ピタゴラスイッチ的というか、仕掛け絵本のようにパタパタとアクションが起こるウェス・アンダーソン作品にぴったり。街の中にもセットを立て込み、実際の街をミニチュアのように見せる映像術が発揮されました。
美術といえば、画家の物語パートでフレスコ画を制作したのはティルダ・スウィントンのいまのパートナーの美術家、サンドロ・コップ。「1枚描くと「うん、いいね、もう1枚描いて」もう1枚描くと「もう1枚描いて」」となって、ベニチオ・デル・トロが3年かけて描いたという設定の絵画を助手と3ヶ月で仕上げたことを話しています。
こうした美術の素晴らしさ、仕掛けのかわいらしさに目を奪われてしまいますが、有名俳優がやたら出演するのもウェス・アンダーソン近作の特徴。出演者クレジットに書いたのは、編集部でも語り部役になるほんの一握り。ビル・マーレイが編集長、ニューヨーカーの記事になるような三つの物語があり、美術記者がティルダで、パリ5月革命のような学生運動をレポートするのがフランシス・マクドーマンド、グルメ記事を書くのがジェフリー・ライトで、それぞれの物語に主人公と主要登場人物がいる上、たとえばデル・トロは刑務所に収監されている狂気の美術家なんですが、その刑務所にウィレム・デフォーがいたりする。編集部でも、編集長にダメ出しされる漫画家がジェイソン・シュワルツマンだったりする。グルメ記事パートではエドワード・ノートンが出ていたはずなんですが、わかりませんでした…。
とにかくどこをどう見ていても何かしら見所がある。いや、見どころしかない映画といっても過言ではないでしょう。視覚的楽しさだけでずーっと見ていられてしまいます。小さな画面では見落とすポイント続出なはずで、これこそ大画面で見るべき映画といえます。
ところでティモシー・シャラメの学生運動についても書きたいと思っていましたが、そうするとあと2000字くらい必要になるので、パリ5月革命のウィキペディアを読んだり、ゴダールの妻だったアンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝を映画化した『グッバイ・ゴダール』などを見たりすると何となくどんな騒動だったかわかると思います。ところでティモテの顔つきと身体バランスって童話の王子様みたいなので、ウェス・アンダーソン作品との親和性が凄まじくないですか?
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
(2021/アメリカ/108分)監督・脚本:ウェス・アンダーソン
出演:ビル・マーレイ、ジェフリー・ライト、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
ⓒ2021 Universal Studios. All Rights Reserved.
全国ロードショー
公式サイト
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。Instagram @ cinema_with_kyoko
Twitter @ cinemawithkyoko