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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #75『ナイトメア・アリー』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #75『ナイトメア・アリー』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#75『ナイトメア・アリー』

2022.03.16

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『ナイトメア・アリー』。
『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞作品賞と監督賞を両方受賞したギレルモ・デル・トロ監督の新作。
2022年アカデミー賞でも、本作が作品賞、撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞にノミネートされました。、
全方位に見どころがある傑作です。

Text_Kyoko Endo

陰惨だが華麗なデル・トロの傑作!

この作品はストーリーが重層的でおもしろいので心からお勧め。原作小説は1946年に出版されていて、1947年にも映画化されました。1947年版は字幕なしならYouTubeで見られますが、当時のハリウッドは“映画はハッピーエンドでなければならない病”が蔓延していたのか台無し感がすごい。デル・トロは1947年版を見る前に俳優のロン・パールマンに勧められて原作を読んで映画化を考えたそうで、舞台を第一次世界大戦後の1939年に設定し、原作以上に陰惨かつ華麗な傑作を創り上げました。ちなみにデル・トロ作品の常連、ロン・パールマンは今回もカーニバルの大男ブルース役で出演しています。

シーツに包まれた死体らしきものを家の床下に隠し、さらに家に火をつけて歩き去る男。あてどなくバスに乗ると終点にカーニバルがあります。獣人と呼ばれるものが鶏の生き血を吸うのを見ようと見世物小屋に人が群がっています。カーニバルの雑用を手伝ってそのまま居つく主人公のスタンを演じるのはブラッドリー・クーパー。デル・トロが創り上げたキッチュなカーニバルの造形が見事。

移動先で獣人が逃げ、カーニバルの男たちが総出で捕まえるのですが、スタンは獣人を殺しかけてしまいます。しかし、獣人とは酒で操られて見世物となった哀れなアル中の失業者なんでした。カーニバルの座長が得意げにスタンに説明する獣人の作り方がエグい。『闇金ウシジマくん』とかで麻薬漬けにした女性を風俗で働かせる、みたいなのがありますが、あんな感じ。その座長役がウィレム・デフォーなんです。もうハマりすぎなんですけど。

カーニバルには落ちぶれ果てた獣人だけじゃなく、普通に働いている人々もいます。電流ショーをやっている少女芸人のモリー(ルーニー・マーラ)や大男、小人、曲芸師たち。そしていっときの成功からはかなり沈んだけどほかの芸人たちよりやや優雅な生活を楽しんでいる人々も。アルコールで身を持ち崩したらしい手品師のピート(デヴィッド・ストラザーン)と、ピートの妻で助手のジーナ(トニ・コレット)。ピートから手品を習ううちに読心術―コールドリーディングを知り、どうしてもそれを身につけようと決意するスタン。ピートの死の際にノートを盗み出し、前から目をつけていたモリーを連れてカーニバルから去ってしまいます。

人間の格差もエグくて、上流の人間の下流の人間への、また下流の人間がそれ以下の人間に示す残酷さが見事に描かれているんです。のし上がろうとするスタンへの上流の人々の仕打ちも大概だが、カーニバルの人々の獣人への仕打ちも酷い。いや、何より獣人を見せ物として楽しむ中流の人々の冷酷さこそが…。

そして強烈に描かれるのがアルコール中毒の怖さ。最初は酒を断っていたスタンがあるきっかけから飲み出すと、もうあとは転がる石のように…スタンはどうなるのでしょうか。ブラッドリー・クーパーは『スター誕生』とかでもそうだったけど、落ちぶれる男の役がうまい。ラストシーンのブラッドリー・クーパーの表情は必見です。

さらに美術の素晴らしさ。非情なカーニバルの座長がコレクションしている標本の完成度。そのオブジェの深淵に入り込んでいくエンディングには震えました。これを見ずして席を立つ勿れ。何が怖いってデル・トロの感性が怖い! しかしそこには非人間的な、というより人間以上の知性をもつものが人間を見ているようなある種の美しさがあるのです。これこそ劇場で見るべき作品と言えるでしょう。

ところで原作小説を書いたウィリアム・リンゼイ・グレシャムのことも書いておきましょう。この映画の舞台になっている1939年にスペイン内戦から帰ってきて実録犯罪雑誌の編集者として働き1942年に詩人のジョイと結婚。しかしグレシャムの飲酒癖、浮気、暴力でジョイはボロボロになり、一時的にアメリカを離れます。その間にグレシャムは家を任されていたジョイの親戚の女性とくっついてしまい、グレシャム側から離婚を申し立てジョイを捨てます。捨てられたジョイの再婚相手となったのがなんと『ナルニア国ものがたり』の著者C.S. ルイス。

ジョイとルイスの話も『永遠の愛に生きて』という映画になっていて、ジョイは再婚後は幸せだったよう。一方グレシャムは、かつて『ナイトメア・アリー』の原稿を書いたホテルで睡眠薬のオーバードーズで死亡。53歳で野垂れ死にみたいな死に方…。そんな原作者の死にざまも思い出しながら見ると、この映画がさらにおもしろくなるかもしれません。さらに背筋が寒くなるかもしれませんが。

『ナイトメア・アリー』

(2021/アメリカ/150分)

監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、トニ・コレット、ルーニー・マーラ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
2022年3月25日(金)より全国ロードショー
公式サイト

『ナイトメア・アリー』だけじゃない! 3月のおすすめ映画。

いよいよ今月末にアカデミー賞の発表があり、映画館も心なしか華やいできました。一時は白すぎる、男性中心すぎるなどと批判されたものの、やはりいい作品が揃ってます。ノミネート作を見て受賞予想するのも楽しいものですよね。

『テオレマ』

ピエル・パオロ・パゾリーニ生誕100年で、映画史に残る名作が4K修復版でスクリーン公開!半世紀前の初公開時に大論争になった芸術作ですが、フェミが当たり前の価値観になり資本主義が頭打ちになったいまのほうが、より多くの人の理解を得られるのでは。『王女メディア』も同時に公開中。

『ポゼッサー』

デヴィッド・クローネンバーグの息子、ブランドンの監督・脚本作。二世と舐めてかかって見ないと大損しますよ。純粋培養されたかのような才能で、人格ハックしての暗殺者というストーリーも、エグい殺し方も、人格ハック時の映像もすべて見応えあり。公開中。

『林檎とポラロイド』

記憶喪失を引き起こすウイルスが蔓延している世界で、主人公は新たな自分を作り出すプログラムを受けるが…。ギリシャの新星、クリストス・ニク監督のデビュー作。彼の才能に驚嘆したケイト・ブランシェットがプロデュースを買って出たいわくつきの傑作です。公開中。

『ザ・バットマン』

ロバート・パティンソン主演ですでに話題ですが、キャットウーマンがゾーイ・クラヴィッツ、リドラーがポール・ダノ、ペンギンがコリン・ファレルと最高のキャスト。『セブン』みたいなミステリ仕立てで、これは大人の映画ファンのためのバットマン!公開中。

『スターフィッシュ』

オーブリーが亡くなった親友の家で目を覚ますと、世界は怪物が跋扈していた。親友が「世界を救うミックステープ」を自分に送ろうとしていたことを知った主人公は…。突然の病気で友人を喪った監督自身の悲しみから生まれた美しいSF映画。シガー・ロスなど音楽も佳し。公開中。

『ガンパウダー・ミルクシェイク』

カレン・ギランが一匹狼の殺し屋を演じる純正アクション映画。女の子を助けるために暗殺組織を裏切ることになり狙われる主人公。女性図書館員とともに組織と闘うが…。何のこっちゃとお思いでしょうが男社会で被るストレスを解消するにはもってこいの作品かと。3月18日公開。

『ベルファスト』

これも作品賞・監督賞・脚本賞など2022年アカデミー賞7部門でノミネート。ケネス・ブラナー自身が幼少期の体験をもとに北アイルランド紛争下で生きる家族を描いた珠玉作。助演俳優&女優賞ノミネートのじーちゃんばーちゃんの存在感、ヴァン・モリソンの音楽も素晴らしいです。3月25日公開。

『オートクチュール』

次のコレクションで引退する女性職人のエステルは、郊外から来たジャドにバッグを盗まれる。エステルはバッグを返しにきたジャドにお針子の技術を仕込もうとして…女性職人と不良少女の交流と成長を描く珠玉作。ディオールの協力で美しいドレスもたくさん見られます。3月25日公開。

『ニトラム』

ケイレブ・ランドリー・ジョーンズがカンヌで主演男優賞を受賞したのが本作。実際に起こった銃乱射事件をもとに、犯人が何に突き動かされて事件を起こしたのかを淡々と描きます。中身が子どものような青年が周囲の理解を得られず唯一の理解者も喪ってしまうのは哀れ…。3月25日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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