GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#79『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』
顧客対象は男児だけだった恐竜を老若男女に流行らせた
恐竜的ビッグシリーズ『ジュラシック・ワールド』の4年ぶりの新作です。
新たな『ワールド』を楽しむため、作品にリンクする現実世界の背景を見てみましょう。
Text_Kyoko Endo
リアルを反映するジュラシック・ワールド。
ハリウッド映画はなんだかんだ娯楽の王道。成熟した観客が満足するリアリティ追求のため、社会背景や政治状況を積極的に作品世界に取りこんできました。今回の『新たなる支配者』も18年から22年の間に起こった現実の出来事を反映しまくってます。そこを押さえるとこの映画は二度おもしろいのです。
この4年で世界常識化したのが気候危機です。シリーズを通して恐竜は自然の脅威のメタファーなのですが、今回はのっけからドキュメンタリータッチで「恐竜との共生」が強調されています。共生とは完璧になくすのではなく、折り合いをつけること。気候変動はもう避けられない。危機をなくすのはもう諦めて、せめて変動が激烈にならないようある程度落ち着かせよう、負担を少しでも軽減しようという考え方になって久しい。前回までは理想のように語られた共生という概念が、現実に身に迫ってきました。
もう一つは2018年の#metoo以降の女性の地位や働き方の変化です。『パーク』ではアシスタントだったエリー(ローラ・ダーン)は着実にキャリアアップして地位も名声も兼ね備えた土壌学博士に。『ワールド』1作目で無理矢理キャリア系を目指していたクレア(ブライス・ダラス・ハワード)は前作ですでに恐竜愛護活動家に転身していますが、本作ではさらに自分らしさを模索した結果、自然に近い環境で恋人と暮らしています。
天才少女とSFはもともと相性がいいのですが、今回は遺伝子研究の天才のクローン美少女メイジー(イザベラ・サーモン)や空軍出身女性パイロットのケイラ(ディワンダ・ワイズ)もいて『パーク』時代にいたようなパニクって足を引っ張る女性登場人物はいなくなりました。たとえ一瞬パニクってもそこを切り抜ける女子ばかりになったのはよき。
もう一点が、アニマルウェルフェアです。家畜といえど生命をくれるものとして虐待せず尊厳を持って育てようという発想から起こった運動ですね。そうして育ったものは自然な抵抗力があり抗生物質を大量に打つ必要がないと実利的な観点からも健康意識が高い層に人気(ヴィーガンの方は異論もおありかもしれませんが)。平飼い卵などのアニマルウェルフェア商品は自然食品店だけでなく生協でも買えるほど身近になりました。
クレアたちはトリケラトプスの幼獣を奪還するクレアの登場から、アクションシーンの連続。作品全体でアクションや格闘シーンをたっぷり楽しめますが(バイク&カーアクションの素晴らしさ!)虐待や暴力はNGに。恐竜管理は電気ショックから脳チップでの操作へと変わっています。対人間の武器でさえ正義の味方が使うのは銃ではなくスタンガンになりました。
今回の一番のトラブルは、植物を食い荒らす遺伝子改変イナゴ。遺伝子改変イナゴの謎を解くために、エリーが古生物学者アラン・グラント博士(サム・ニール)と、ジュラシック・ワールドを運営するバイオテック企業バイオシンに潜入するのと、クレアが保護していたクローン美少女メイジーの誘拐が同時に進行し、あるところで重なるストーリーです。
遺伝子改変といえば、食べるものに注意している人ならすぐに思い浮かぶのが悪名高きモンサント。すでにドイツの製薬会社バイエルに買収されて企業名を残していませんが、映画ファンの方は『フード・インク』や『モンサントの不自然な食べもの』『ファーストフード・ネイション』(どれもおすすめ)などの作品で名前を聞いたことがあるかも。
モンサントは除草剤に強い大豆や小麦を開発し、除草剤を一斉に撒いてそれ以外の植物を枯れさせるようなビジネスをやっていたのです。だからお母さんたちはスーパーで「遺伝子組み換えでない」と書かれたものを買うわけ。遺伝子組み換え食品会社はそれが安全だというけれど、組み換え云々以前に、遺伝子組み換えされた=強力な農薬をたっぷり浴びた可能性が高いということなわけ。その毒性の高い農薬について消費者への警告を怠ったのを問題にした裁判で、最近モンサントが負けて2200億円の賠償命令が出たこともニュースになっていました。
モンサントがやってきたようなことをバイオシンがやっています。この会社のビジネスは遺伝子組み換えイナゴに襲われたくなければうちの種(高額)を使ってくださいという阿漕なもの。グロテスクなイナゴは猛毒の農薬のメタファーであり、自然破壊も厭わない資本家の強欲さのメタファーとも見えます。93年に『パーク』で遺伝子から復活させた恐竜が生まれてからずっと人間は恐竜に夢中になりつつ振り回されつづけていますが、製作チームは巨大資本が結局は恐竜を制御できない姿をずっと描いてきているのですから。
その強欲さは富の独占という形で、空軍出身でありながら正規のパイロット職では家族に仕送りできないから闇業者になったという、ケイラの台詞などにも表されています。監督が脚本にも参加していて「遺伝子工学は原子力と同じ。行き着く先はわからない」「悔いに引きずられると未来に進めないわよ」なんて台詞も。字幕翻訳の日本語もとても自然でいい感じです。
もちろん93年の『パーク』からシリーズ、アニメ、アトラクションにゲームと巨大フランチャイズと化している巨大恐竜級の新作なので、そのダイナミックさを楽しめるのは劇場でこそ。冒頭の最大の海棲恐竜のシーンから、スペクタクルに度肝を抜かれますが、これこそ映画鑑賞の醍醐味ではないかと。
しかし何より驚くのは、人騒がせにもほどがあるヘンリー・ウー博士(B・ D・ウォン)の若さと変わってなさ(懲りなさ?)だったりして…。ウー博士はじつは不老長寿の薬とかも作ってんじゃないのかと邪推。
『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』
(2022/アメリカ/147分)監督:コリン・トレボロウ
出演:クリス・ブラット、ブライス・ダラス・ハワード、ローラ・ダーン、ジェフ・ゴールドブラム、サム・ニール
配給:東宝東和
©️ 2021 Universal Studios and Storyteller Distribution LCC. All Rights Reserved.
7月29日(金)全国ロードショー
公式サイト
『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』だけじゃない! 7月のおすすめ映画。
初旬にメジャー作品がどんどん公開された今月、ミニシアター系も名作揃い(毎月言っているような気もしますが、いい映画が本当に多いので)避暑に、あるいは湿気しのぎに、是非劇場へ。リフレッシュしますよ!
映画はアリスから始まった
最初に劇映画を撮ったのはじつは若い女性。しかし夫選びを失敗したアリスはスタジオを失い、歳月の流れの中、初のフィクション映画監督という称号どころか初の女性監督という称号も失い…貴重な映像に満ちた、隠された映画史を紐解く必見ドキュメンタリー。公開中。マルケータ・ラザロヴァー
個人的には今月公開作の中の最重要作品の一つ。中世のボヘミアを舞台にしたチェコ映画で、チェコ版GOTみたいな世界観の大傑作。父が機嫌を損ねた豪族の息子に拉致され花嫁にさせられたマルケータの魂の遍歴を描く。上映時間166分があっという間のこれも女性の物語。公開中。あなたと過ごした日に
東京都写真美術館での限定公開予定だったのが、イオンシネマでも上映が決定。本来はもっと多くの劇場で公開されるべき傑作スペイン映画。70年代軍事政権が白色テロを繰り返すコロンビアが舞台。そんな混乱の中、公衆衛生に尽力した父を息子の目から人間的に描く。公開中。X エックス
A24初のシリーズ化が決定している新感覚ホラー。ポルノ映画で一山当てようと3組のカップルが農場の小屋を借りるがその農場には…というストーリーなんですが、女子に貞節を押しつける世間に中指立てる主張が素晴らしい。これを悪趣味という方は私とは趣味が合いませんな。公開中。リコリス・ピザ
御大P T Aの瑞々しい恋愛映画。70年代のL A、ゲイリーは高校の卒アル写真撮影でアラナに出会い、結婚相手と確信するが…ゲイリー役はフィリップ・シーモア・ホフマンの息子のクーパー。アラナ役のアラナ・ハイムの自然体のチャーミングさ、お手本にしたい。エスティとダニエルも出演。公開中。ワンダ
発達障害の女の子が結婚相手に見放されてしまい放浪、銀行強盗の従犯となってしまう。実際の事件の裁判に衝撃を受けた女性監督の自主制作映画。発達障害という言葉もないころ、取材をもとに細やかに撮られた先駆的な名作。監督・脚本・主演を務めたバーバラ・ローデンのデビュー作で遺作。公開中。戦争と女の顔
『戦争は女の顔をしていない』をもとにした人間ドラマ。トラウマが理解されず、戦場に行ってきた=売春婦という偏見で、戦場での苦労が理解されず、戦後も苦しみ続ける元女性兵士たちを描く。しかしこうした偏見がまさか21世紀の日本でも続いているとは…公開中。炎のデス・ポリス
タイトルのB級さに引かないでほしい、撮影と編集が素晴らしい娯楽作。マフィアの大ボスをカモにした詐欺師が安全を求めてわざと逮捕されるが、その刑務所に次々殺し屋が入りこんで…というアクション映画。銃に自信がある生意気な女性警官がクールですよ。公開中。エルヴィス
これも大画面で見たいバズ・ラーマンの大作。才能ある若い男性が家父長制に従ったことでもののわかってないジイさんどもの食い物にされる陰惨な話ですが、教訓的かも。数少ないカタルシスが得られるオースティン・バトラーの『トラブル』のシーンは本当に素晴らしいです。公開中。宇宙人の画家
こんなに面白い映画が、もう1日1回しか上映されていない…。京大宗教哲学専攻の現役学生による自主制作映画。カルトに支配された地方都市の中学生が、現実逃避で作ったファンタジーの世界に飲み込まれ…カルト教祖役が呂布カルマだったり、好きな人にはビンビンくるマジカルトムービー。公開中。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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