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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #82『ハイエンド版注文の多い料理店。』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #82『ハイエンド版注文の多い料理店。』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#82『ハイエンド版注文の多い料理店。』

2022.10.21

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
みなさんは映画をどうやって選んでいますか?
好きな俳優や監督で選ばれる方も多いかと思いますが、レーベル買いもアリ。
本作はサーチライト・ピクチャーズの最新作。
最近でも『ノマドランド』『フレンチ・ディスパッチ』『ナイトメア・アリー』など、
批評家を唸らせる傑作を送り出してきたレーベル。期待を裏切らない快作です。

Text_Kyoko Endo

ハイエンド版注文の多い料理店。

みなさんはハイエンドなレストランでのディナーはお好きですか? 私は大好きです。しかしあまりにも至れり尽くせりだと「そこまでしてくれなくても」と思うことも…あまりの献身にうれしさを通り越して恐怖を感じることもあるのです。本作はそんなレストランが舞台のホラー。フードポルノに渾身の一撃を食らわせる快作(怪作)です。

孤島のレストラン、ホーソーン。主人公のマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)は、彼氏らしきタイラー(ニコラス・ホルト)とともにレストランに行くためのプライベート・ボートに乗ります。船上でアミューズのヴィネグレットソースのエスプーマがかけられた牡蠣のレモン・キャビアのせが出されるのですが、うっとり夢見心地のフーディーのタイラーに対して、牡蠣は普通に食べたいマーゴは温度低め。

神のように絶対的に君臨するシェフ(レイフ・ファインズ)のもと、一糸乱れぬコンビネーションで運営されているホーソーン。そこに集まったのは、マーゴとタイラーのほか、リッチな常連夫妻、会社の経費で食べに来ているIT企業の成金重役たち、落ち目の映画俳優とマネージャー、やたらと新しい言葉を使いたがる料理評論家と彼女の編集者。

そうしたクセが強めな人々が密室状態の島に閉じ込められる、ミステリ的な状況で物語が展開していきます。レストランでシェフが出すものを客が食べているだけなのに、だんだん緊張感が高まっていく演出が素晴らしい。料理の進行のためにゲストが同じ時間に同じ料理を食べ始めるガストロノミーのスタイルが上手く生かされています。

ガストロノミーを食べ歩いているような人なら、ハイエンドなレストランの料理人たちが真剣に料理のことばかり考えていて身銭を切って食べ歩き休日も新作を作ったり地球環境のことまでも学んでいたりする人々だとご存じのはずで、それならホーソーンのスタッフが先鋭化されていくのもわかるはず。そんな彼らの献身が報われる世界かといえば、新自由主義社会はどうもそうではない、というのがこの映画の肝。

成功して有名になってもレストランビジネスは厳しい。料理人として道を極めても資金繰りは厳しく投資家は恩着せがましい。評論家はビジネスへの影響を考えた発言などしてくれないし、向上ばかり要求してきます。好き勝手なことを書き散らし自分の希望が通らなければ悪口を拡散するSNSユーザーも多く、シェフは怒りをつのらせ、スタッフは摩耗しています。『ボイリング・ポイント』のシェフがもしも社会への復讐を考えるとしたら…この映画のようになるでしょう。

背景にあるのは階級格差。味もわからないのに話のネタに来てみたIT重役たちは最初から騒々しく野暮な客として登場します。10回以上訪れる常連夫妻も特権を意に介さない搾取者。エンジェル投資家もシェフにとっては小うるさい債権者。評論でレストランを潰した評論家もまた、高い教育を受けた搾取する側の人間です。マーゴとタイラーの関係性も物語の大きな鍵。気づくと映画を見ている私たちは抜き差しならないところに連れてこられているのです。

だからこの映画ってすごくアメリカ的だなあという感じもします。たとえば有名なレストランであってもバカンスの時期はひと月クローズしますーというスペインのような国では、料理人たちの怒りはここまで溜まらないのではないか。労働者の権利が保証されていて、働き方も改革されている国(あるいは店)であれば、階級上の人々もヒドい目に遭ったりしないのでは…。

また階級差の話?とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、深刻な問題です。この映画のプロデューサーはアダム・マッケイ。これまでにも『マネー・ショート 華麗なる大逆転』『バイス』『ドント・ルック・アップ』と行き過ぎた資本主義や共和党の戦争屋や反知性主義をガチで批判し、社会問題を上手く落とし込んだ上質なエンタメを制作し続けてきた監督。彼が階級格差を題材にした時点で、危機感が感じられます。

それにしてもこんな状況をリアルに感じられる新自由主義経済が各国政府に進められていることこそが心底ホラーだな、と思います。そして料理評論家やSNSで食べた料理自慢をツイートする半可通が業火に焼かれるなら、映画について書いている私自身も焼かれる身の上。他人事ではありませぬ。

『ザ・メニュー』

(2022/アメリカ/108分)

監督:マーク・マイロッド
出演:レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト、ホン・チャウ、ジャネット・マクティア、ジョン・レグイザモ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2022 20th Century Studios. All rights reserved.
11月18日(金)より全国ロードショー
公式サイト

『ザ・メニュー』だけじゃない! 10〜11月のおすすめ映画。

なんという豊作月! 毎年、芸術の秋=名作映画公開ラッシュとなるわけですが、今月は本当に素晴らしいラインナップです。

『アフター・ヤン』

こちらはA24制作の素晴らしいS F。未来といえばディストピアしか思いつかぬこの世相で、こんなに美しい未来世界を描いてくれる尊さですよ。ロボットのヤンの故障から、思い出を残さずにいられない人間存在そのものに迫る秀作。ミツキの歌声に心揺さぶられます。公開中。

『アムステルダム』

実際にあったアメリカ黒歴史、ナチスを信奉した財界の大物たちが画策したクーデター未遂事件をもとにしたサスペンス。主役級俳優だらけの超豪華エンタメでありつつ、独裁政治に中指立てるクールな力作です。情報量てんこ盛りなので心して見て。10月28日公開。

『NOVEMBER』

エストニアのベストセラーをあえてモノクロで撮ったダーク・ファンタジー。ハロウィン当日、エストニアでは死者が蘇ってきてサウナにも入ります。クエイ兄弟的なギミックの使い魔も活躍するけれど、内容は美しい悲恋物語。耽美すぎる映像は必見。10月29日公開。

『R R R』

『バーフバリ』の監督がインド独立を描いたらこうなった!史実の革命の英雄を主人公に、史実ではあり得ないアクションで展開する破天荒歴史映画。なにしろ豹を投げたりバイクをラリアットで止めたりするので、見たことない映像を見られると保証します。公開中。

『パラレル・マザーズ』

アルモドバル監督が描くと、子どもの取り違え事件もこうなる…。30代後半で出産するフォトグラファーと、妊娠してしまったティーンが病院で出会い、さまざまな化学反応が起こるドラマ。ファッション、食べ物、インテリア、スペイン内戦と見どころも多すぎる傑作。11月3日公開。

『ヒューマン・ヴォイス』

ジャン・コクトーの戯曲をアルモドバルが映画化、主演はティルダ・スウィントン――という文化系女子にとって夢のような企画。バレンシアガやドリス・ヴァン・ノッテンに身を包んだティルダ様の狂気の演技。30分の短編といえど、目に焼き付きます。11月3日公開。

『背』

詩人吉増剛造の朗読ライブの記録。しかし朗読とは言っても、ガラスに揺れるほどの力で言葉を描く表現で、サンプリングのように斎藤茂吉の句が繰り返され、そこにトランスに誘う空間現代の音楽が重なると、脳内はとんでもないことになるのです。撮影は七里圭監督。公開中。28日までの限定上映。

『クリエイション・ストーリーズ〜世界の音楽シーンを塗り替えた男〜』

オアシスやプライマル、ジザメリ、マイブラ数々の素晴らしいバンドを売り出したクリエイションレーベル総帥、アラン・マッギーの伝記映画。主演は『トレスポ』のユエン・ブレムナー&ライドもかかるサントラの豪華さ…90年代英国音楽好きは必見。公開中。

『ミセス・ハリス、パリへ行く』

ディオールのドレスに魅せられた家政婦のハリスさんは、必死に働いて頑張って貯めた大金でパリの本店まで行ってドレスを買ってしまうが…。ファッションが人を魅力的に変える物語。美しいものやかわいいものを見たい方は是非。11月18日公開。

『スペンサー ダイアナの決意』

夫(現英国王)の不倫で離婚して王室を飛び出し、パパラッチに追いかけられ逃走中に36歳で事故死という波乱の生涯を歩んだダイアナ妃。彼女が王室を出る決意をする3日間をパブロ・ララインが描いた本作。自由がなければ最上流でも不幸…玉の輿幻想に水を差す傑作。公開中。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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