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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #88『サントメール ある被告』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #88『サントメール ある被告』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#88『サントメール ある被告』

2023.07.14

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『サントメール ある被告』。
ヴェネチアで銀獅子賞、本国フランスでセザール賞最優秀新人監督賞を受賞しアカデミー賞フランス代表になったパワフルな傑作。
セリーヌ・シアマ監督がこの映画について“ジャンヌ・ディエルマン”と並び称したことも話題に。
選び抜かれた女性映画を上映してきたBunkamuraル・シネマが渋谷宮下でもまたすごい作品をかけてくれますよ。

Text_Kyoko Endo

差別はたいてい悪意のない人がする。

この作品は2015年にフランスで実際に起きた事件の裁判記録を元に構成されています。若い母親が15ヶ月の赤ん坊を高潮の海に置き去りにして殺した事件。フランスで勉強しようとセネガルから希望を持ってやってきた知的な若い女性がどうしてそんな状況に陥ったのか、監督自身が裁判を傍聴に行き、身重の体で事件を取材していたジャーナリストに出会ったことからこの作品が生まれたそうです。裁判が行われた町の名前がサントメール。

被告ロランス・コリー(ガスラジー・マランダ)が子殺しの狂気に陥ったのはなぜなのか。大学でマルグリット・デュラスの講義も行う小説家のラマ(カイジ・カガメ)は裁判の傍聴の過程でロランスに対する人種・移民・女性差別を見出します。次作を期待される小説家で経済的に恵まれたラマもまたアフリカ系の移民2世で差別を受ける側。している側は無意識かもしれないけれど受ける側からすればざらつくような差別をラマもまた常に感じているのです。

裁判は警察での供述を証拠として進められます。ロランスが自分の娘を殺した動機はなぜなのか。彼女は呪術をかけられたと供述していて、被告への敵愾心を隠さない検察官は呪術は嘘だと決めつけます。この検察官は彼女に同情しそうなアラブ系の名の人を参審員(陪審員のような役割の人)から排除さえします。感情的な弁論は傍聴するラマを苦しめるほどです。証人の大学講師は留学生のロランスがウィトゲンシュタインをテーマに選ぼうとしたことを証言台でせせら笑います。

子どもの父親であるパートナーもまた女性差別的で、弟の病気ばかり気にしてロランスの妊娠はそっちのけ。「妊娠中関心を示しましたか?」という弁護士の問いに「私の世代はしません」としゃあしゃあと答えてしまう。もともと妻子がいるのにロランスと付き合い、アトリエに住まわせたロランスを友人に紹介しようともしなかった。ひとりで出産したロランスにかけた言葉も最悪で、愛していたという言葉も虚しく響くばかりです。

しかし、常識的に接しようとする人さえ彼女を差別していたことをこの映画は淡々と映し出していきます。どこから呪術の話になったのか、ロランスを取り調べた警察官が文化的な側面からロランスの罪を理解しようとして「あなたの文化の話をしてください」と聞いたという。彼女が西洋的合理主義者(デカルト主義者)だと答えてもなお同じ質問が繰り返され、その押し問答ののち10分間の休憩後に呪術の話が出てきた。

つまり、この警察官はロランスがアフリカ出身だから西洋文明下の人間には理解できない背景があるのではないかと予断を持って質問している。これが差別なんです。ロランスの供述はそのフィクションに乗っかっただけです。裁判中この警察官が証言台にいるときロランスはラマに笑いかけるのですが、この差別がわからなければこの笑いの意味はわからないでしょう。法廷にいる人々の中で、これが明らかに差別だと体感レベルで理解できるのは、おそらく数人の有色人種だけ。だからロランスはラマに笑いかけるのです。「ほら、私たちがいつも出遭うアレよ」というように。

打ちのめされたラマは裁判所を出て路上で音楽に踊る白人の若者の間を通り抜けていくのですが、そもそもすべてのポップスはアフリカ起源(奴隷が自殺しないように奴隷商人は奴隷たちと一緒に楽器を船に積み込んだ)なのに、この音楽を楽しむ集団の中にラマは混じり合うことができません。顔にトライバルな刺青を入れるのがファッションになるのは白人の男性だけ。アフリカ系やアジア系の女性が西洋社会で同じことをやったら怖がられてしまう。背景の街の中にさえ、さりげなく多くの情報が込められている。見事な映像表現です。

監督は、モデルとなった事件の裁判の傍聴に行ったとき、サントメールの町は寂れていてマリーヌ・ル・ペンのポスターだけが残っていたと語っています。ル・ペンは日本で言えば維新や参政党のような外国人排斥を訴える極右政治家です。そのポスターだけがある風景は、白人以外の人々にはどれだけ居心地が悪いことでしょうか。

さらに差別だけでなく、ストレスフルな母子関係も描かれます。すでにセネガルで両親の期待に押しつぶされそうになっていたロランスは、フランスでどんなに辛い目に遭っても故郷には帰れません。賢い娘に期待をかけた母親は、娘が完璧なフランス語を話せるようにしようとして現地語を話さないよう教育したので、ロランスは故郷に友人もいません。

しかしその母親は裁判のためわざわざ渡仏してくるし、ラマには感じのいい知的な人。ロランスを厳しく躾けたのも娘のためを思ってこそ。裁判中も娘を酷い目に合わせたパートナーをずっと睨みつけています。ラマの妊娠もすぐ見抜くのです。しかし娘の妊娠は毎週電話していても気づけなかったのです。電話だったからでもあろうけれど、たぶん親って自分が見たいようにしか子どもを見ていないから。頼りにならないパートナー、問題を打ち明けられない親、差別と敵意に満ちた社会、犯行時ロランスは凄まじい孤独の中にいたことが明らかになるのです。

じつはラマも移民1世の母親とは距離を感じています。ラマの母は少女のころのラマが起きる時間まで働きづめで、教育を受けたラマとは使う言葉も違います。母との共通点は感じられないけれど、母の苦労や悲しみが理解できるようになるほど罪悪感も生まれてしまう。ラマは裁判の過程で自分の尊厳を取り戻そうとしていた母のことも思い出していきます。

けれど母子関係は多面的。母子の関係性について弁護士がカメラ目線で終盤に行う弁論はとても感動的で、ここが一つの見どころにもなっています。最後にかかるニーナ・シモンの『リトル・ガール・ブルー』までも選び抜かれた緻密な傑作。どうぞ劇場でご覧ください。

『サントメール ある被告』

(2022/フランス/123分)
監督:アリス・ディオップ
出演:カイジ・カガメ、ガスラジー・マランダほか
配給:トランスフォーマー
©︎ SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022
7月14日(金)より全国ロードショー
公式サイト

『サントメール ある被告』だけじゃない! 7月のおすすめ映画。

暑い夏、配信見ながら家でビールもいいですが、涼しい映画館で思考や気持ちもリフレッシュできる幸せ…電話やメールに邪魔されない暗闇の没入感は特別な時間です。

『大いなる自由』

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『1秒先の彼』

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『Pearl/パール』

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ロランス・コリーやジャンヌ・ディエルマンは日本にもいるのです。15歳で子どもを産み17歳で沖縄の夜の街で働くアオイ。働いた金は夫の飲み代に消え、彼女は否応なく売春業に引きずりこまれていく…主演は『すずめの戸締り』の花瀬琴音、邦画の名優が脇を固める良心的な作品。公開中。

『CLOSE/クロース』

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『ミッション・インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』

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『アデュー・フィリピーヌ』

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PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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