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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #89『エリザベート1878』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。  #89『エリザベート1878』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#89『エリザベート1878』

2023.08.25

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今月は『エリザベート1878』です。分家としてもはじっこのほうの
貴族の令嬢としてわがまま放題に育った少女が、姉の見合いにきた男に見そめられて16歳で結婚。
結婚相手はオーストリア帝国皇帝に…しかしおとぎ話とは違って現実は王子と結婚すればハッピーエンドというわけにはいきませぬ。
21世紀的解釈で主演のヴィッキー・クリープスが企画、女性監督と描いた皇妃エリザベート像は
フェミ的な問いかけに満ちているのです。

Text_Kyoko Endo

アイコンはつらいよ。

美しいエリザベートはいまでもウイーンの土産物屋に彼女の肖像画があるような皇室のアイドルですが、他国の革命を恐れてより反動的になるガチガチ保守の姑とはまったくうまく行かず、マザコン夫ともソリが合わず、ガチガチ保守姑に育てられた娘ともうまくいかなくて、何かと理由をつけては居場所のない王宮から出かけてしまいます。最終的には外遊先で60歳でアナーキストに暗殺されます。

この映画には、暗殺以外の数々のエピソードが彼女の40歳の1年間に詰めこまれています。中指立てたビジュアルも、ヴィッキーと監督が「私たち好きなように描かせてもらいます」と宣言しているかのよう。始まりは1827年のウイーン、ギチギチに固められたコルセットをお気に入りの女官にこっそり緩めてもらうエリザベート。

原題はCorsageで、コルセットそのものがプレッシャーの象徴になっています。撮影のためコルセットを着けたヴィッキー・クリープスは「スープやスムージーのような液体しか摂れなくなるだけでなく、その締め付けが感情に大きく作用しました。紐で縛られるとすぐに悲しい気持ちになったのです。」と語っています。そういえばコルセットを着けていた無声映画時代のヒロインはすぐ失神するし、感情も不安定な存在として描かれていました。そりゃ横隔膜がぐるぐるまきにされて呼吸という人間の基本的な生命維持活動ができないんですから当たり前ですね。

グリム版シンデレラには小さなハイヒールを履くため足の指を切ってしまう姉娘が登場しますが、横隔膜を押さえつけるのも同じようなもの。女性の身体を拘束する衣装は各国に存在しています。家畜と同じように身体を拘束したわけですね。すでに1971年に建築家のバーナード・ルドフスキー(そういえばこの人もウィーン出身)が『みっともない人体』で批評していますが、本書によればコルセットを女性がつけるのが当然だった時代、非科学的なことに、女性は胸で呼吸すると考えられていたらしいですよ。

エリザベートはそんなコルセットで身体を固めながら、体型を維持するために過酷なダイエットを続け、宮殿にジムもつくっていて、ミルク風呂に入ったり卵とブランデーで長い髪を洗うなど、美を保つためにあらゆることをやっていました。「髪の奴隷」と自嘲するほど、髪の美しさを保つのも大変なことだったようです。自分のためというよりは、国家の象徴で若く美しくあることが求められたから。でも市民の食糧不足もあり批判も免れませんでした。

ルッキズムの犠牲者とも言えるエリザベートですが、階級社会の頂点の加害者としても彼女を描いているのがこの映画の多層的なところ。エリザベートは精神病院の改善なども要求する進歩的な女性なのですが、お付きの女官の結婚は許しません。ベールで顔を隠した女官に自分の身代わりをさせるのですが、替え玉女官が必死で体型を保つようになった横で、これ幸いとクリームこってりのミルフィーユをぱくついたりします。

エリザベートの宮廷からの逃亡はリスクだらけです。居場所がないから宮廷から逃げるのは、エリザベートを好きな息子は母を失うということ。また、彼女は100%近現代的な精神の持ち主でもなかった。映画好きな人はピンとくる、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ルートヴィヒ 神々の黄昏』にも描かれた第4代バイエルン王、ゲイだったと言われるルートヴィヒだけが王族の中のエリザベートの理解者なのに、彼を理解できないエリザベートは、唯一の逃げ場も失ってしまうのです。

自分に絶対服従する美女女官軍団とともに旅を続けるエリザベートは、権力はあれど安住できる家を持てなかったのです。彼女の生活はずっと戦場を転々としているかのよう。バービーでさえビルケンを履いて自分の足で歩いていく時代に生まれて本当によかった。ジェンダー・バックラッシュを許していたら、待っているのはこんなファッショナブル侍女の物語みたいな世界かもしれません。

『エリザベート1878』

(2022/オーストリア、ルクセンブルク、ドイツ、フランス/114分)
脚本・監督:マリー・クロイツァー
出演:ヴィッキー・クリープス、フロリアン・タイヒトマイスター
配給:トランスフォーマー、ミモザフィルムズ
© 2022 FILM AG – SAMSA FILM – KOMPLIZEN FILM – KAZAK PRODUCTIONS – ORF FILM/FERNSEH-ABKOMMEN – ZDF/ARTE – ARTE FRANCE CINEMA
8月25日(金)より全国ロードショー
公式サイト

『エリザベート1878』だけじゃない! 8月のおすすめ映画。

猛暑と台風…被害を受けた皆様には心からお見舞い申し上げます。せめて映画が心の慰めや元気の源になるといいのですが。今月も名作・秀作揃い。日程が書いていない作品はすべて公開中です。

『ジェーンとシャルロット』

ファッション・アイコンとして語られがちなジェーン・バーキン。でも夫と別れるたびに子どもを引き取って三人の娘を育てた彼女こそ、何よりも“母親”であることを大事にしていたのでは…。次女のシャルロット・ゲーンズブールが撮ったドキュメンタリーは魅力的な歳の取り方も教えてくれます。

『マイ・エレメント』

キュートな恋愛ものとしてヒット中ですが、火・水・風・土のキャラクターはじつは人種を現しているのでは。異なる特徴や世代差を超えて互いへの理解を模索する主人公たちが魅力的な稀有な名作。美術も素晴らしく、吹き替えでも字幕でも楽しめる作品です。

『インスペクション ここで生きる』

A24制作、ヴィトンのモデルも務める人気俳優ジェレミー・ポープ主演の感動作。ゲイゆえに母親から追い出されてホームレスになり、生きるため海兵隊に志願した青年の苦闘と成長は、監督自身の経験が元になっています。これが長編デビューとは思えない完成度!

『バービー』

原爆ミームやリゾのゴシップなど作品以外のところでモヤった方も多いかも…しかしそれでも見ていただきたい必見作。2001年宇宙の旅パロディやドープなバービーランド、コブラ会みたいなケンダムが楽しすぎるし、何より個人として生きていこうとするバービーに勇気づけられます。

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

デヴィッド・クローネンバーグ監督再び降臨! 医療の進歩で痛みというものが消えた近未来。新たなアートの一表現手法として、体内に腫瘍を発生させ、手術を見せるパフォーマーが登場。哲学なき進歩に警告を発するぶっ飛びS Fです。グロいの苦手な方はご注意を。

『アル中女の肖像』

近年再評価が進むドイツの女性監督ウルリケ・オッティンガー作品の貴重な劇場上映。絶世の美女の“飲む旅”inベルリンは、どんどん自己破壊的に…コメディ・タッチで始まりつつジェンダー問題がどんどん列挙される後半は圧倒的。『フリーク・オルランド』『タブロイド紙が映したドリアン・グレイ』も公開。

『破壊の自然史』

セルゲイ・ロズニツァ監督が第二次世界大戦のアーカイヴ映像によりした傑作ドキュメンタリー。お茶やダンスを楽しむ市民の生活が破壊されるまではあっという間…ドイツばかりかイギリスも壊滅的で区別がつくのは看板の言語の違いのみ。戦争の虚しさを理性的かつ映画芸術的に描いています。

『シン・ちむどんどん』

このタイトルは悪ふざけではないのです。昨年の沖縄知事選で候補者全員好きな番組はNHK朝ドラと言っていたけれど、本当にあの番組が好きなのか、もし好きな番組も嘘なら公約も嘘なのでは?と、ダースレイダーとプチ鹿島が候補者を追う痛快時事ドキュメンタリー。

『あしたの少女』

コールセンターや配送業者などで高校生を超絶安月給で働かせる韓国の現場実習制度。新自由主義丸出しのブラック制度下でパワハラ、モラハラで追い込まれて自死した少女をモデルにしたのが本作。システムに疑問を投げかけるペ・ドゥナの存在が救いの力作です。8月25日公開

『ファルコン・レイク』

フランスからカナダの別荘地にやってきた少年と、思春期まっただなかの地元の少女のひと夏の出会い…と思いきや。美しい映像で、突然誰かがいなくなることが当たり前になってしまったいまを突きつける傑作。感受性の強い読者の心にトラウマのように残ってほしい。8月25日公開

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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