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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #94『哀れなるものたち』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #94『哀れなるものたち』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#94『哀れなるものたち』

2024.01.24

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『哀れなるものたち』。
アカデミー賞前哨戦と言われるゴールデングローブ賞で、
ミュージカル&コメディ部門の主演女優賞と作品賞もすでに受賞。
もうどきどきわくわくしながら待っている方も多いことでしょうが、
なぜこの映画を見るべきか、さらにがっつり推していきたいと思います。

Text_Kyoko Endo

エマ・ストーンの魅力炸裂! 必見のヨルゴス・ランティモス最新作。

そもそもこれまでのヨルゴス・ランティモス作品がおもしろすぎたことをお伝えしておきたいのです。直近の『女王陛下のお気に入り』もGCC#17でご紹介しましたが、突き抜けた異才。アングロサクソンのキリスト教的世界とはまったく違う世界観。もしかすると、絶対神なのに女にだらしないゼウスを筆頭にキャラが濃すぎる神話の国ギリシャ出身だから? 才能豊かなクリエイターが輩出されるのは個性が尊重される環境にもあるのでしょうか。

ランティモス監督の映画は、いつも設定からしてぶっ飛んでいます。史実だろうと原作つきだろうとエクストリームな話ばかり。『哀れなるものたち』の舞台は産業革命期のグラスゴー。物語は若い妊婦が鉄橋から身を投げるところから始まります。遺体を手に入れた天才外科医ゴッドウィン・バクスターは、彼女を蘇生しても生き返りたくないだろうと考えて胎児の脳を移植→まったく新しい人格を持ったベラ・バクスターが誕生します。外科医の家ですくすく成長(中身が)するベラ。毎日2インチ(5センチ以上)髪が伸びて、1日15語以上語彙が増える成長ぶり。

ベラを演じるのがエマ・ストーンで、赤ん坊から幼児、少女になって、さらに哲学書など読みこなし、マルクス主義の講義に通うようになるほど知的に成長していく内面の違いの演じ分けが素晴らしい。赤ん坊状態でもグロテスクにならず本当にかわいらしく演じられるのは彼女の魅力あってこそ。不機嫌顔がチャーミングなのって素晴らしいですね。もちろん知的で自由な大人の女性の魅力も体現しています。

ゴッドウィンを演じるのはウィレム・デフォー。外科医の父親の人体実験に使われるような虐待を経験していながら父を恨まず、逆に医学に救いを求めるほどの知性と、変人に分類される域の寛大さをもつ人物です。強烈な個性を演じられるのはデフォーだからこそ。ラミー・ユセフ演じるゴッドウィンの教え子でエマに恋するマッキャンドレスはこの映画で唯一と言っていい一般人的な役柄。個性が豊かすぎる天才に挟まれる秀才の悲哀をコミカルに演じています。

キャストの話をするならマーク・ラファロとハンナ・シグラに触れないわけにはいきません。マーク・ラファロは『アベンジャーズ』のハルクや『フォックスキャッチャー』のレスリングコーチなどガタイと性格がいい(そしてどちらかといえばちょっとバカっぽい)役が目立ちますが、デュポン社による環境汚染問題を描いた『ダーク・ウォーターズ』では主役の弁護士役、同作ではプロデューサーも務めていて、じつはすごい知性派の良識人なんです。そのラファロが、ベラを性的に目覚めさせてしまうプレイボーイのダンカンを演じています。「良識なんか知るか」と豪語するモテ弁護士の末路は…このダンカンのパートは本当に笑えます。ゴールデングローブでコメディ部門での受賞というのも納得です。

ハンナ・シグラはベラを知的に目覚めさせる貴族の老婦人の役。ドイツ映画の至宝のような俳優で、ファズビンダーのミューズとして知られ、4K版が2月末に公開されるタル・ベーラの『ヴェルクマイスター・ハーモニー』にも出演、最近でもフランソワ・オゾン監督の映画に登場していて、そのうちの一本は過去の代表作『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のリメイク『苦い涙』への特別出演と、まさにレジェンドな80歳。『哀れなるものたち』でもメンター的な存在感は神。

美術も見どころ。全体的にラファエロ前派っぽい絵作りで、エマが名画のように美しく撮られています。舞台のグラスゴーはスコットランドの工業都市ですが、当時の工業といえば蒸気機関、製作陣はグラスゴーだけじゃなく旅先のリスボンにまでスチームパンクっぽいセッティングを施していますよ。産業革命期といえばSFホラーの元祖『フランケンシュタイン』誕生の時期でもあり、傷だらけの顔のゴッドウィンが半ば人造人間に近いベラを生み出す物語は『フランケンシュタインの花嫁』も彷彿させます。

ヴィクトリア朝が舞台なので当然衣装はドレス。ですが、ベラの自由奔放さに合わせてスカートが短くなったりパンクっぽいコルセット姿になったり。これ、〈ヴィヴィアン・ウェストウッド〉の今度のコレクションじゃないの? みたいな新しさです。世界観は圧倒的で最後のクレジットまで美しく、142分の上映時間はあっというまに過ぎてしまいます。本当にこれから初めてこの映画をご覧になる皆さんが羨ましいくらいです。

ここまで読まれて、すでに原作のゴシック小説を読んでいる方はあれ?とお思いのはず。そう、ゴッドウィン・バクスターのキャラもだいぶ原作とは違います。ランティモスは原作をかなり自由に換骨奪胎(解剖っぽい言葉よね、改めて)しているのです。原作には、この先さらに物語をひっくり返す大どんでん返しが待っている。さらにはジェンダー差別や女性参政権にもっと踏み込んでいき、ベラが亡くなるまでが描かれるので、こちらも心からお勧めします。

残念なのはこの映画が18禁ということ。もし読者の皆さんの中にあと半年で18歳になるのに…などという方がいれば、大人っぽいメイクして見に行ってしまえと私はけしかけたい(個人の感想です)。素晴らしい芸術鑑賞+社会勉強になると思うのですが、だめでしょうか?

『哀れなるものたち』

監督:ヨルゴス・ランティモス 
出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフほか(2023/イギリス/142分)
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
1月26日(金)全国公開
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『哀れなるものたち』だけじゃない! 今月のおすすめ映画

このコーナーも、もちろん実際に見ておもしろかった映画を紹介しています。大いに独断ですが2024年もそうさせていただく所存。すみませぬ。監督インタビュー記事の『コット、はじまりの夏』もお見逃しなく!

『レオノールの脳内ヒプナゴジア』

フィリピンの女性監督の突き抜けたおもしろ映画。レオノールはかつて人気映画監督だったがいまでは電気代にも事欠く有様。テレビが落ちてきて昏倒した彼女は、半覚醒状態で未完になっていた映画の世界に入ってしまい…フィクションと現実が入り混じる展開は怒涛。公開中。

『僕らの世界が交わるまで』

エマ・ストーンがプロデュースしたジェシー・アイゼンバーグの初監督作。福祉施設を運営する母は人気YouTuberの息子が理解できない。フォロワーが多い息子も学校ではその他大勢で…ないものねだり親子は仲直りできるのか。息子役のフィン・ウォルフハードがかわいいですよ。公開中。

『緑の夜』

仁川空港の保安検査係として働く中国人のジン・シャ。検査中不審に思った運び屋の女との出会いが、夫のDVに苦しむ彼女の運命を永遠に変えてしまいます…ファン・ビンビンとイ・ジュヨンの共演でも話題、中国出身の女性監督が東アジアの女性の苦しさを描き家父長制へのNOを叫ぶ野心作。公開中。

『ノスタルジア』4K修復版

見て意味がわからなかったとしても若いうちにそれを見たことに価値が生まれる映画というものがあって、タルコフスキーの作品はそういう映画です。数十年ごとに見直すほどに自分の中の宝物になっていくような作品。何を見るか迷っていたら是非。1月26日公開。

『カラフルな魔女』

『魔女の宅急便』原作者、角野栄子さんを追ったドキュメンタリー。マイペースぶりが素晴らしい生き様。人生の達人すぎてそっくりこのまんま真似はできないまでも、好きなこと、うれしくなることを妥協せずに選んでいく姿勢を学びたいです。まじで。1月26日公開。

『その鼓動に耳をあてよ』

コロナ禍下で遊んでたパリピだろうが自殺に失敗した重症者だろうが絶対断らない名古屋掖済会病院ERの胸熱ドキュメンタリー。与党政治家の裏金問題やプライドのない芸人のゴシップにうんざりしているあなたも、この映画を見たらもう少し日本に希望が持てるかも。1月27日公開。

『ストップ・メイキング・センス』4Kレストア

トーキング・ヘッズのライブをジョナサン・デミが撮った伝説の映画が再降臨! 80年代90年代ミュージシャンに影響を与えまくったデヴィッド・バーンのパフォーマンスは圧倒的。人生変わるかもしれない88分を是非体感してください。2月2日公開。

『Here』

ベルギーの俊英バス・ドゥヴォス監督作。出稼ぎ労働者のシュテファンはバカンス時期で工事が止まる間故郷のルーマニアに帰ることにしますが、そのまま戻るのをやめようか考え中。そんなとき蘚苔学者のシュシュと森で出会い…人と人との触れ合いが自然とともに美しく描かれた珠玉作。2月2日公開。

『ジャンヌ・デュ・バリー』

修道士が文盲の料理女に産ませた私生児から、国王の愛人になって宮中トップの女性に登りつめたジャンヌの生涯を描く豪華歴史ドラマ。ロココ朝廷は文化人類学的なおもしろさに満ちています。ジョニー・デップがフランス語でルイ15世を演じていますよ! 2月2日公開。

『ダム・マネー』

コロナ禍まっただ中のアメリカ、SNSの投資板に集まった一般人たちがヘッジファンドに一泡吹かせた実際の事件を映画化。主演はポール・ダノ。億万長者役でセス・ローゲンも登場。ちょっとでもお金に悩んだことがある人はみんな見るべき。2月2日公開。

『Firebird』

ソ連時代のエストニア。二等兵セルゲイは将校として配属されたロマンと恋に落ちるが、収容所送りを避けたいロマンはセルゲイの女友だちルイーザと結婚してしまい…ゲイの結婚禁止やタブー化は、シス女性の不幸の原因になることも示唆する美しい恋愛映画。2月9日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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