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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #97『プリシラ』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #97『プリシラ』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#97『プリシラ』

2024.04.17

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回はソフィア・コッポラ監督の『プリシラ』。ガールフイナムでソフィアの作品を紹介しないなんて考えられません。
&いま日本では女性が離婚しにくくなる民法改悪案が出されている状況で、
モラハラで離婚したプリシラのサバイバルはまったく他人事ではないのです。

Text_Kyoko Endo

ソフィア・コッポラ最新作に学びたい女子の幸福と自由。

ソフィアが描いたのは、初恋の人がスターで超リッチ、しかもその人と相思相愛になって結婚したのに別れてしまった女の子の話。こう書くと「なんてもったいない!」と思う人も多いかもしれないけれど、ソフィアはどうしてそういうことになったのか、丁寧な描写で示してくれています。

プリシラ・プレスリーは、14歳のとき24歳だったエルヴィス・プレスリーに出逢います。そもそもエルヴィスとは何者?という若い読者の方にざっくり説明すれば、アイコンというよりもはやスーパースターの代名詞or記号みたいになっちゃってる、スターが憧れてきたスター。リズム&ブルースとカントリーを融合させたロカビリーのパイオニアで、ロックの帝王と呼ばれるお方。21世紀のいまも世界中にファンがいるレジェンド中のレジェンドなんです。

そんなエルヴィスがプリシラの父が勤務する西ドイツの海軍基地に配属されたのです。すでに人気スターだったエルヴィスのパーティーにプリシラは招かれ、二人は恋に落ちるのですが…。これ少女マンガじゃなくて実話ですからね。

14歳の少女を好きになるなんてロリコンかと思う人もいるかもしれませんが、母を亡くしたばかりのエルヴィスは本音や感情をさらけ出せる相手を求めていたよう。両親は反対しますが、プリシラもエルヴィスに夢中になっていきます。エルヴィスの周囲はとにかくゴージャス。衣装や豪華なインテリアなどの美術も見どころです。

しかしこの結婚は問題だらけでした。エルヴィスのモラハラや浮気、睡眠薬と覚醒剤を交互に飲む習慣などがあり、一緒に生活するプリシラもどんどん不健康に。エルヴィスしか頼る相手がいないプリシラにとっては、彼が撮影やツアーで空けている家は何もすることがない場所…。そのうちプリシラの気持ちもどんどん離れてしまいます。

しかも大金持ちで大スターのエルヴィスと暮らしながら、結婚している間はプリシラには金銭的な自由がありませんでした。そしてエージェントに不利な契約を結ばれたエルヴィスは疲弊していきますが、家父長制の時代、エルヴィスは父とエージェントを信頼しきっていてなんでも言いなりになってしまいます。

プリシラは外に出ることもできず、エルヴィスに言われるまま髪の色やメイクも変えていきます。人形としてかわいがられていても、人格は認められていない感じ。格差のてっぺんにいるからといって、自由がないところに幸福などないということを改めて教えられる映画です。

そしてこの映画ってやっぱりソフィア・コッポラだから撮れたんじゃないかと思います。ハイソサエティの生活の楽しさも、そこから出たかったプリシラの気持ちも、有名監督の娘という立場に満足せず自分の表現活動を続けるソフィアだからこそ、シンパシーを感じたのではないかと。

プリシラとエルヴィスの離婚は70年代のことですが、現代だってまだ女性の人権が確立している状況とはとても言えません。日本の民放改悪案は論外ですが、そもそもソフィアだって他の男性監督と比較してかなり過小評価されていますよね。この作品だって、シーンとシーンの間の取り方など本当に見事。同じ年齢の男性監督なら名匠と呼ばれている頃合いだと思うんですけど。

ちなみにプリシラとエルヴィスの娘、リサ・マリー・プレスリーの人生もかなりドラマチックで、歌手としてアルバムを3枚発表してデビューアルバムを全米5位にヒットさせ、スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンと共作し、マイケル・ジャクソンやニコラス・ケイジを含む4回の結婚と離婚を繰り返しながら慈善活動を立ち上げるなど活発に活動したスターでしたが、肥満治療が原因の腸閉塞で昨年亡くなってしまいました。

そしてリサ・マリーの最初の夫との娘がこの連載第1回目で紹介した『アンダー・ザ・シルバーレイク』に出演したライリー・キーオなんです。ライリー・キーオは生い立ちを聞かれて「母と違って父はそんなにお金を持ってなくて、トレーラーパークに住んでいたこともあったけれど、父との生活はものすごく楽しくて、大きくなったらパパみたいに貧乏になりたい! と言っていた」と答えています。なんか本当にマンガみたいなんですが、お金だけが幸福の尺度じゃないのは確からしいです…。

『プリシラ』

監督:ソフィア・コッポラ
出演:ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ(2023/アメリカ、イタリア/113分)
配給:ギャガ
全国ロードショー公開中
©The Apartment S.r.l. All Rights Reserved 2023

『プリシラ』だけじゃない!今月のおすすめ映画

こちらも実際に見ておもしろかった作品を厳選してご紹介しております。主張強めのまじ必見作多めなドキュメンタリー豊作月です。ゴールデンウィークのご予定にも是非。

『貴公子』

フィリピンで母と暮らす貧しい青年マルコのもとに、突然大富豪の父が息子を探していると韓国に呼ばれる。韓国に着いたら突然カーチェイスに巻き込まれ…キム・ソンホ主演。格差社会をもとに構成されたストーリーもおもしろい韓流アクションです。スカッとしたい方は是非。公開中。

『異人たち』

都心の高層マンションに住む脚本家のアダムはある日、亡くなったはずの父と母に出会い…山田太一の原作をイギリスのアンドリュー・ヘイ監督がリメイク。主人公が性的マイノリティと多様性を重視した設定で、80年代ブリットポップで彩られた美しい作品となって甦りました。4月19日公開。

『死刑台のメロディ』

エンニオ・モリコーネが音楽を手掛けた映画の特選上映で、貴重な2作品が劇場公開に。赤狩り時代のアメリカで冤罪で死刑になったイタリア人のサッコとヴァンゼッティの物語。移民差別はまるで最近のニュース映像を見ているかのよう。日本初公開『ラ・カリファ』も同時に4月19日公開。

『青春』

検閲を避け出身国では作品を公開していない孤高の映像作家、ワン・ビン(王兵)。最新作は中国の衣服工場の青年たちのドキュメンタリー。厳しい賃金条件下の重労働の工場も、生命力あふれる青年たちにはテラハ…ミシンをかけつつ恋の駆け引きが続く、格差S Fみたいな映画です。4月20日公開。

『マリウポリの20日間』

アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞作。ウクライナの港湾都市マリウポリがロシアに制圧された際、最後まで残ったジャーナリストによる記録。民間人への攻撃、たった2週間で都市が壊滅する様子はフィクションを超えてきます。現実を知ることの重要性を再認識させられる力作。4月26日公開。

『システム・クラッシャー』

父親からひどいDVを受けたため怒りをコントロールできない9歳のベニーは、どんな施設に行っても持て余される存在に。支援が行き届かず子どもが犠牲になってしまっているのですが、怒りまくるベニーの強さに大人が救われてしまう映画。みんな子どもに甘えすぎなんですよね。4月27日公開。

『正義の行方』

『エルピス』の冤罪事件の元になった飯塚事件の検証ドキュメンタリー。冤罪だとは考えてもいない刑事たち、”容疑者”特定をスクープした記者、事件を検証し調査報道する同じ媒体の記者…真実とはどういうことなのかを考えさせられる、これこそ必見作。4月27日公開。

『革命する大地』

クーデターによって権力を得たが貧民層に土地を分け与え教育制度も改善した政治指導者。いま悪者にされている彼は本当に悪党なのか、英雄だったのか――映画の引用や音楽の使い方が巧みでスピード感がある、新世代監督による近代史。ドキュメンタリーファンは是非。4月27日公開。

『ミセス・クルナスvs ジョージ・W・ブッシュ』

タリバンと疑われ拘束された長男をグアンタナモから救出…まったくノンポリだったお母ちゃんがアメリカ大統領を相手にした集団訴訟に参加し、息子を取り戻した実話の映画化。なりふり構わないって大事。パワフルな明るさで悲惨さを吹き飛ばす女性の力に元気が出ますよ。5月3日公開。

『人間の境界』

アグニエシュカ・ホランド監督の作品はすべて必見。どちらの国も目的地じゃないのにベラルーシとポーランド国境で国家権力の思惑から立ち往生させられ虐待される難民たちと、彼らを助け出そうとする支援活動家を描く名作。救いのある結末で音楽の力にも励まされます。5月3日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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