GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#98『マッドマックス:フュリオサ』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回は『マッドマックス:フュリオサ』。
『怒りのデス・ロード』の前日譚で、バイカー軍団に拉致された少女フュリオサが野蛮マッチョ世界を生き延びる物語。
野郎映画だった『マッドマックス』シリーズでしたが、最新作は女性が主人公になった以上の画期的進化を遂げているんです。
Text_Kyoko Endo
マッドマックスでも! Male Gazeはもうおしまい。
原題は“Furiosa:A Mad Max
Saga”。マッドマックスが大河巨編になったと堂々宣言するタイトルです。マッドマックスはもともと暴走族を使ったアクション映画としてスタート。近未来、核戦争後に環境が破壊されつくした砂漠地帯を野郎どもが爆走するスタイルには変わりがないけれど、気候変動が気候危機となってオーストラリアが山火事だらけになり「お前ら本当に化石燃料使って走り回ってていいと思ってんの?」的に物語を支える価値観が大きく変わったのが前作『怒りのデス・ロード』でした。
『怒りのデス・ロード』はそもそもマックスが主人公でしたが、独裁者イモータン・ジョーに反旗を翻す軍団長フュリオサがカッコよすぎてほぼほぼ主役が喰われた形となり「マックスの映画じゃないじゃん!」という声も多かったと記憶しています。
前作ではシャーリーズ・セロンが演じていたフュリオサを本作ではアニャ・テイラー=ジョイが演じています。長身のシャーリーズと比べたら小柄なアニャが演じる若きフュリオサはナウシカみたいに身軽でシャーリーズとはまた違った魅力があり、アクションも見どころです。
デマゴーグを得意とするバイカー軍団のリーダー(昔は第二のブラピと言われていたクリス・ヘムズワース)やリーダーにハクをつけるためだけにいる御用学者みたいなヒストリーマンとか、ウォーボーイズの犬死に特攻、子産みマシンから母乳マシンにされる母親など、現代社会批判も感じられる設定で、本作から見はじめても楽しめます。旧作ファンにはフュリオサが女性の身でどうやって軍団長になったのか、そもそもどうして緑の谷から砂漠に来ることになったのか、なぜ左腕を無くしたのか、などの疑問に答えてくれます。
フュリオサは少女のうちに誘拐されながらもサボタージュで抵抗したり、妾部屋から逃げ出したり、メカニックとして腕を上げていったりしていて、#Metoo以降に噴出した「なんで女性が無抵抗なの?」「女性の役は文系のお姫様だけですか?」というモヤりを解消する内容に。フュリオサの母親役の新星シャーリー・フレイザーの山刀+バイクアクションもクールです。しかしストーリーとキャラ設定がフェミ的になった以上の更なる進化を『フュリオサ』は遂げているのです。
それがMale Gazeの排除です。Male
Gazeとは映画研究者のローラ・マルヴェイさんが70年代に使用したら一気にバズった言葉で、男性目線というよりはぶっちゃけ“男のエロ目線”ってことでいいかと。で、この言葉をまた近年バズらせたのが日本ではいま絶賛公開中のニナ・メンケス監督のドキュメンタリー『ブレインウォッシュ』なんです。しばし『フュリオサ』以外の映画について書きますが、これを書かないと『フュリオサ』の劇的な進化が伝わらないのです。『ブレインウォッシュ』は映画の見方がガラリと変わる魔法の眼鏡というか、女性としては自分をモノ化しないためのワクチンみたいな映画なので、まず打っとけ!ってことで。
Male
Gazeとは、胸やお尻だけを切り取ったアップ、身体を舐めるようにパンするカメラ、ソフトフォーカスやスローモーションなどを用いたシスヘテロ男性を喜ばせるためだけに使われる撮影テクニックの総称。それらを用いて、ハリウッドが女性を意思がない人形のように描いてきたことをニナ・メンケス監督は暴いたのです。女性をモノのように撮る手法が蔓延した結果、映画を見た観客は性差別的な観念をサブリミナルで埋めこまれ、映画産業の労働現場でも雇用差別やハラスメントが慢性化してしまいました。
もちろん、女性がメイクを楽しんだりセクシーに装うことが悪いのではないのです。デヴィッド・グレーバーが言うところの“いんちきな幻想”的映像に女性が悪影響を受けて自信をなくしたり、自分の意思を主張できなくなったり、自分をモノのように扱ってしまうようになることが問題なんです。名作といわれる映画にまでMale Gazeが使われ続けたあげく、女性監督までもがその手法をうっかり再生産してしまっていたこともニナ・メンケスは指摘しています。
そんな『ブレインウォッシュ』を見たあと『マッドマックス:フュリオサ』を見た私は驚きました。Male Gazeカットが入ってない! Male
Gazeはオーソン・ウェルズからスパイク・リー、タランティーノまでが伝統様式のように使ってきたのに、それを使わなかったジョージ・ミラー監督の感受性を讃えたい。女性の胸のアップがなくてもおもしろい映画が作れるし、79歳の男性だってMale
Gaze排除できることが同時に証明されたわけです。←これエイジズムでもセクシズムでもないです。監督よりずっと若いそこらのおっさんたちのブルシット会話を聞いていれば、この変化への決断がいかに重要かわかるというもの。
まあでも『ブレインウォッシュ』が現地公開されたのは2022年。映画の元になったサンダンスでの講演が行われたのが2018年、さらにその前の2016年、ワインスタイン事件(#Metooのきっかけになった、有力プロデューサーによる俳優の性的虐待事件)が報道された時点でニナ・メンケスはMale
Gazeが引き起こす問題についての文章を書いていたので、やっとハリウッドで女性の人権が常識化したとも言えるのですが…。
おそらくは2020年ごろから準備された映画はMale Gaze排除して撮られているはず。『猿の惑星 キングダム』もMale
Gazeは使っていませんでした。ビッグバジェットの大作がもうこの流れになっているので、今後この動きは業界全体に広がっていくでしょう。Male
Gazeはもうおしまい。すべてのジェンダーの観客のものとなった新たなマッドマックスシリーズ『フュリオサ』を楽しみ、ハリウッドの進化を寿ごうではありませんか。
『マッドマックス:フュリオサ』
監督:ジョージ・ミラー出演:アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワース(2024/オーストラリア/149分)
配給:ワーナー・ブラザース映画
5月31日(金)より全国ロードショー日本語吹替版同時上映 IMAX/4D/Dolby Cinema/SCREENX
(C) 2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation.
Dolby Cinema is a registered trademark of Dolby Laboratories.
『マッドマックス:フュリオサ』だけじゃない!今月のおすすめ映画
月末アップが多いGCC、お知らせしたい映画だらけなのは素敵なことですが、どこまでを「今月のおすすめ映画」とするか悩みます。先月は上旬で切ってしまったらギリ中旬の10日公開作が…(涙)今月は6月15日までの公開作から知っていただきたい作品を選びました。
『ブレインウォッシュ セックス−カメラ−パワー』
女性とLGBTQは全員、映画ファンを名乗るなら男性も、何を措いてもまず見ておくべきドキュメンタリー。製作者の意識を変えトレンドを変えた、映画史に残る重要作です。ニナ・メンケス監督の4Kレストア『マグダレーナ・ヴィラガ』『クイーン・オブ・ダイヤモンド』も同時公開中ですよ『恋するプリテンダー』
弁護士志望のビーはカフェで親切な男性ベンに出会ったのに、一晩遊んだだけの女の子みたいに彼の部屋から出てきちゃった。急いで彼の部屋に戻ったけれど彼女の悪口を言っているのを聞いて…シェイクスピアの『から騒ぎ』が原案の楽しいロマコメ。公開中。『ありふれた教室』
アカデミー賞外国語映画賞ノミネーの5本に選ばれた秀作。よくある小さな盗難事件がビデオ通話中のPCの前で行われたため録画が残ってしまった…若い教師が時間的な余裕がまったくない中どんどん正義感に走って事態が泥沼化していく過程がリアル。正義感について問われるドラマです。公開中。『ミッシング』
毎日子育てして息抜きでライブに行ったらその間に子どもが失踪…母親はネットでその不在をなじられ…ムラ社会みたいなSNSの闇を吉田恵輔監督が描く劇映画。これも正義感マターですね。見どころは主演の石原さとみ。デニーロみたいな役づくりでヤンママ役に挑戦していて素晴らしい演技です。公開中。『バティモン5』
バンリューが舞台のラジ・リの新作。移民たちの豊かなコミュニティが育った団地が老朽化を理由に行政に取り壊される瀬戸際、アフリカ系の若い女性アビーが立ち上がりますが…神宮周辺で似たようなことが起こった日本でも見られるべき階層格差問題を描く傑作ドラマです。5月24日公開。『関心領域』
アカデミー賞外国語映画賞受賞作。アウシュビッツ収容所の隣に住んでいた収容所所長一家を描いた実話に基づくドラマ。人間ってここまで同じ人間の苦しみを無視できるんだ!という非人間ぶりはまさにホラーですが、悲惨な報道を見て抗議どころか投票もしないのはこれに近いことなのかもしれません。5月24日公開。『暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE』
ドキュメンタリーファンには一般教養的な『阿賀に生きる』、パレスチナ問題がよくわかる『エドワード・サイード OUT OF PLACE』、アウトサイダーアーティストたちを撮った『まひるのほし』『花子』…対象へのリスペクトに溢れた佐藤真監督作品をスクリーンで見るチャンスです。5月24日公開。『ユニコーン・ウォーズ』
かわいいクマちゃんたちが大暴れ!じゃねーんですよ。クマちゃんたちがベトナムのアメリカ軍みたいにユニコーンが住む森を侵略。戦争そのものの不条理を描く刺激的なアニメ。麻薬生物を食べてキラキラドープになったりする描写も見もの。センスのかたまり映画です。5月25日先行公開。『チャレンジャーズ』
怪我で引退したテニス選手のタシ(ゼンデイヤ)は彼女に憧れていたアートにコーチを頼まれ、彼を全米チャンピオン候補に鍛えあげますが、タシの元カレかつアートの元親友パトリックが勝ち上がってきて…ルカ・グァダニーノ監督が描く人間ドラマ。観客の動きが群舞のように見える音楽もよいです。6月7日公開。『HOW TO BLOW UP』
逃げ切り世代の老人たちに都合よくいい子でいるのは自分たちの未来にとってどうなの? Z世代の環境活動家たちが抗議のため石油会社のパイプラインをサボタージュ。徹底したリアルさとすごい緊迫感があるドラマでありつついい感じのハッピーエンド。是非楽しく見てほしいです。6月14日公開。PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
Instagram @ cinema_with_kyoko
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