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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #99『Shirley シャーリイ』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #99『Shirley シャーリイ』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#99『Shirley シャーリイ』

2024.06.19

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『Shirley シャーリイ』。
いまでも新鮮な驚きを持って読まれる天才作家
シャーリイ・ジャクスンの人生からインスパイアされた劇映画です。
原作小説、脚本、監督すべて女性で、
とくにこの監督のためにスコセッシがプロデュースを買って出たことも話題になりました。

Text_Kyoko Endo

『シャーリイ』が描く性差別のレイヤー。

シャーリイとはシャーリイ・ジャクスン。1916年生まれでもう亡くなっていますが『くじ』や『たたり』『山荘奇譚』などで、令和の日本にもファンが多い小説家です。もう作品のタイトルが怖いんですけど…と思ってる人も多いことでしょう。その予感は当たっていて『くじ』はしきたりやルールやシステムさえあれば人をなぶり殺しにするのさえイベントにできる、個人に対していくらでも残酷になれる大衆の怖さを描いた作品。アメリカでは教科書に載ったりテストに出たりもしているそうです。

この映画は、シャーリイの評伝ではなく、彼女の人生からインスパイアされた小説をもとに創られています。伝記という言葉は間違いとも言いにくいけど雑なのでは。史実とは違うところもあるみたいなのでご注意を喚起したい。たとえば、この映画ではシャーリイは家事をなんにもしないのですが、息子さんの証言によると(というか、短編200本長編6本量産していながら子どもが4人いたのにも驚いた)実際のシャーリイはいつも書いているか書くことを考えているかという生活でありながら、三食きっちり食事の用意もしていたらしい。しかしだからといって、この映画の魅力が失われることにはなりません。

本作の設定は1948年に『くじ』がニューヨーカーに掲載されて多くの読者に衝撃を与えた後、長編『絞首人』に取りかかっている時期です。傑作を書いたものの、あまりにもショッキングな内容で物議を醸し、本を読まない大衆からも「なんかすげえ怖い話書く怖い女らしい」と色眼鏡で見られているシャーリイ。地方大学都市のコミュニティではすでに浮いた存在になっていて、夫は浮気していて(なんとここは史実!)浮気相手が食事どきに電話をかけてきたりします。

作品がうまく書けていれば夫のことなどどうでもよくなる…いや、書くことに集中してしまえば雑事に心乱されるどころではないのでしょうが、シャーリイはスランプでベッドから起き上がれない状況。そんなところに、夫が助手夫妻を家に連れてきます。夫は凡庸な秀才タイプの助手のことは全然認めていないが、助手の妻の家事力をあてにしようというのでした。

その助手の妻ローズをシャーリイは最初は完無視。自己紹介するローズに「あなたの名前がベティでもデビーでもキャシーでも私には関係ない」と言い放つほど。ローズが腕を振るった食卓で、わざと非常識なことを言って怒らせたりもします。ところが近所で失踪した女子大生をモデルにした『絞首人』を書いていて、その女子大生は当たり前にどこにでもいる、でも個性もプライドも持ったローズみたいな人物だったのではないかと気づくのです。

シャーリイの話し相手兼助手兼ミューズとして存在感を増していくローズ。ローズもシャーリイという年上女性のロールモデルを得て自己を確立していきます。しかし、夫同志のライバル心やマチズモ、親密な女性同士への男たちの嫉妬、夫の浮気相手への女性たちの嫉妬や、社会との接点をあらかじめ奪われて家に閉じ込められている主婦という環境などから、それぞれの関係性が少しずつ変わっていきます。

なにしろこの物語と設定には何層ものレイヤーがあるのです。才能ある女性とその信奉者である夫という関係性の陰に、当時の女性差別が反映された稼ぎ手と主婦のパワーバランスが見え隠れします。ハイマンはローズに「学士の君に家事をさせるのは申し訳ない」などと言っていて家事への職業差別は明確、それでもローズは妊娠や結婚などのライフイベントでドロップアウトして専業主婦にならざるを得ない状況に置かれています。不可視化される女子たちと、研究者の妻の女学生への嫉妬も鏡のように描かれています。ある性差別を気にして観ていたら、また別の差別出てきた!とマトリョーシカのようにいろんなトピックが出てきます。

脚本がすごくおもしろく、天才的な女性作家シャーリイと文芸批評家の夫ハイマンの会話が文学者らしく語彙が豊富で、さらにシャーリイの妄想が前触れもなく日常に入りこんでくる映像描写や効果的にノイズを使った演出が素晴らしいです。白昼夢が突然出てくるので、注意して観ていないとどの登場人物が何をしているのか当惑する人も多いかもしれませんが、そうした幻惑性もこの作品の大きな魅力の一つです。

主演のシャーリイ役はエリザベス・モス。60年代のアメリカの広告代理店を舞台にした『マッドメン』でブレイク、配信好きな方には『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』のジューンといったほうが伝わるかも。フライヤーにも「怪演!」というコピーが踊る貫禄です。それを受けるオデッサ・ヤングの演技も見応えあり。是非劇場でご覧ください。

『Shirley シャーリイ』

監督:ジョゼフィン・デッカー
出演:エリザベス・モス、マイケル・スタールバーグ、オデッサ・ヤング、ローガン・ラーマン(2019/アメリカ/107分)
配給:サンリスフィルム
7月5日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
© 2018 LAMF Shirley Inc. All Rights Reserved

『Shirley シャーリイ』だけじゃない!今月のおすすめ映画

こちらも実際に見ておもしろかった映画ばかり。ネタバレ禁止だけどストーリー展開がヤバいファンタジーホラーあり、孤高のアーティストのドキュメンタリーありの華やかなラインナップ。映画館で快適な初夏をお楽しみください。

『ザ・ウォッチャーズ』

ネットは通じず磁気も狂う深い森で車が故障し出会った女性の案内で小屋に逃げ込んだミナ。でもそこに入った者は誰かに観察され…二転三転するストーリーに引きこまれるファンタジーホラーです。M・ナイト・シャマランの娘イシャナが才能を証明した監督デビュー作。6月21日公開

『蛇の道』

黒沢清監督が98年の自作をフランスでリメイク。ミステリアスな日本人精神科医役を柴咲コウさんが演じています。えげつない拷問シーンもありますが、そのえげつなさの理由が最後に明かされる元の脚本が本当に素晴らしい。マチュー・アマルリックなどフランス人キャストも熱演。公開中

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

アカデミー賞助演女優賞受賞作。家族もなく本だけが友だちの歴史教師と、ベトナム戦争で息子を失ったばかりの料理人、親に顧みられず家に帰れない男子寮の学生がクリスマス休みを一緒に過ごすことになり…夏見ても心温まるクラシックなクリスマス映画。6月21日公開

『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』

ナチスとナチスを擁護した哲学者ハイデガーを糾弾する作品を発表し続けるアンゼルム・キーファー。ヴィム・ヴェンダース監督がその孤高の芸術家を描くドキュメンタリー。巨大アトリエでの制作過程なども見られます。現代アート好きな方は是非。6月21日公開

『わたしの物語』

生まれつきの障がいで股関節がなく大腿骨も短いエラ。自分だけが異質という感覚から同じような障がいを持った人をネットで探しはじめて…障がい者に健常を押しつけるのは健常者のエゴかも!まったく気づいていなかった自分の偏見を思い知らされるすごいドキュメンタリー。6月22日公開

『WALK UP』

ホン・サンス監督の新作。モテモテで女が切れることはないけど一人の女性と永続的な関係を持つことはできない流され侍の映画監督と彼をめぐる女性たちのドラマ。ミニクーパーと都会のこぢんまりしたビルを効果的に使い、時の流れや途切れない意識の流れを描いています。6月28日公開

『リッチランド』

マンハッタン計画でプルトニウムの生産拠点となったハンフォード、そこで働く人のために作られたベッドタウンのドキュメンタリー。高校の校章がキノコ雲、原爆は町の誇りだったけれど、流石に若い世代から疑問の声が出はじめ…『オッペンハイマー』を見た方に是非見ていただきたい逸品。7月6日公開

『アイアム・ア・コメディアン』

芸人が政治について語ることを許さない日本のテレビ界を去ったウーマンラッシュアワーの村本大輔。彼の渡航とその後を追ったらテレビのあり方までもを問う力作に。意見を言える人を叩いてばっかりいたら、業界には妥協する人しか残らないんじゃ…。7月6日公開

『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』

ペドロ・アルモドバル監督+サンローランの制作で西部劇の時代の男性同士の許されない恋を描く。馬に乗せた毛布まですべてのテキスタイルが美しく、キャスティングも絶妙で、31分でこの世界観とメッセージ性を描ききるとはさすが名匠です。7月12日公開

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』

36歳の女性が13歳の少年を誘惑して逮捕され獄中で少年の子どもを出産し二人は結婚。事件の映画化で女優が二人のもとを訪れたところから物語が始まる。共依存的な人間関係に巻きこまれてしまう女優、決着は…。トッド・ヘインズが惚れこんだ脚本が素晴らしい人間ドラマ。7月12日公開

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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