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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#30『永遠に僕のもの』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。#30『永遠に僕のもの』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#30『永遠に僕のもの』

2019.08.16

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
プレスリリース引き写しのサイトでは読めない情報を深掘り気味にお届けします。多少のネタバレはご容赦ください。
今回ご紹介するのはカルト化必至の青春クライムムービー。
アルゼンチンで警戒が最も厳重といわれるシエラ・チカ刑務所にいまも収監される実在の美少年(当時)犯罪者が主人公です。
主演は南米のティモシー・シャラメとも称されるロレンソ・フェロくん!

Text_Kyoko Endo

実在の美少年シリアルキラーの犯罪が映画化。

本作の主人公のモデルとなったカルロス・エドゥアルド・ロブレド・プッチは、1971年の3月から1972年2月に逮捕されるまで殺人11件、殺人未遂1件、強盗17件、強姦1件、強姦未遂1件、誘拐2件、窃盗2件で、死刑のないアルゼンチンで最高刑の終身刑となりいまも収監中で、2019年に収監45年となった同国で最も長く収監されている犯罪者です。逮捕当時20歳になったばかり、金髪でベビーフェイス。ニュースメディアがつけたあだ名が「死の天使」「黒い天使」で、犯罪者ながら人気者に。映画のなかでもうっとり見惚れるファンの姿が描かれています。

映画は、天使のような巻き毛の男の子がなんの躊躇もなく施錠された門を乗り越えて他人の家に入るところから始まります。そこにあったレコードをかけて踊る彼が、もうなんか不謹慎ながらかっこいいとしか。70年代の普段着で、コテコテの曲なのになんでこんなにかっこいいのか、このダンスシーンに心を掴まれて見入っていると、カルロスはレコードとアクセサリー数点とバイクだけを盗んで家に帰ってくる。盗みが生活のためなどではなくレクリエーションなんだなとわかる描写です。常習だってことも。

帰宅した家には一生懸命働く実直で愛情深い両親が。カルロスの好物のミラノ風カツレツが置かれた食卓では、お父さんが「勉強をやり直す機会だ」と教え諭す。カルロスってば素行不良で転校させられたのです。なのにお父さんの言うことなど聞いちゃいません。自分の盗みが成功しているので親を小馬鹿にしている節すらある。

で、転校先で、その後一緒に盗みを働くラモンに出会ってしまうのです。ラモンの家に遊びに行くとリビングで銃の手入れをするようなごつい親父さんがいます。カルロスの家とは正反対な、犯罪の匂いがぷんぷんするような家です。カルロスの“素質”を見抜いたラモン父は、二人に盗みの手伝いをさせますが、カルロスの行動はどんどんエスカレートしていく。場当たり的に適当に銃を撃って警備員を殺してしまったりします。

ラモンがまたカルロスとは違うタイプの見目好い青年です。カルロスとラモンはプラトニック・ゲイ的な不思議な友情で結ばれていてそれが邦題にもなっているのですが、犯罪だけでなく日常生活もいつも一緒。カルロスが付き合っている双子の片割れとラモンも付き合ったりして、女性を分け合っているようにすら見える。ラモンが盗品売買で近づいたゲイの金持ちとの関係をカルロスがやっかんだり、BL的なテーマもありです。やはり『欲望の法則』などがっつりのゲイムービーも撮ってきたアロモドバル製作。

カルロスの動機らしきものは描かれないのですが、1971年のアルゼンチン事情が作品全体の理解の鍵になるかもしれません。アルゼンチンて、20世紀初頭には世界で最も進歩した国で個人所得も経済成長率も高かったらしい。第二次世界大戦直後の時点でもまだ南米で最も豊かな国でした。それがペロン大統領の経済政策が大失敗して、一気に貧困国に。ちなみにペロンて国を貧困に追い込んだのに絶大な人気があったポピュリズム政治家で、彼の二番目の妻が『エビータ』として有名なエバ・ペロンですね。

で、その貧困国化したアルゼンチンの、カルロスが事件を起こした前後1966年から1973年まではアルゼンチン革命といわれる時期。軍事独裁政権が社会主義ばかりでなく民主主義も弾圧していました。1966年から1970年までの大統領がそもそもヒドくて、クーデターで政権を奪ったあげく、大学に乱入して教授や学生に乱暴したり、政治活動どころかミニスカートや前衛文化まで禁じたりして、結局またクーデターで別の軍人に政権を奪われたのですが、その次の大統領も結局ストライキを暴力で鎮圧したりしてまた別の軍人がクーデターで…と、もう『仁義なき戦い』のような混乱ぶり。

政府がそんなんだから、官僚のモラルも低下して贈収賄なども日常化しているし、ラモン父のようにこっちはこっちで好きにやったるワイ、という犯罪者も増えて治安もさらに悪くなります。カルロスも彼女になぜ銃を持ってるの?と聞かれて「街が物騒だからさ」と答えたりしている。アンタ絶対賄賂渡したね、と読み取れるシーンもあります。未成年のスター犯罪者の出現は世相を反映している感じもするのですよね。ちなみにこのあと1976年から1983年にかけてアルゼンチンは本当に恐怖政治下に、政府が聖職者を含む民間人をばんばん誘拐、拷問して3万人も殺されたりします。

で、カルロスはどうなったのか…。本国では最初からネタバレている通り収監中なので、どう捕まるか、乞うご期待! といったところですが、見どころはストーリーだけではないのです。『朝日のあたる家』スペイン語版など使用楽曲もクールで、構図なんかフランスのバンド・デシネみたい。主役のロレンソ・フェロくんは将来的にはスティーブ・ブシェミみたいな顔になりそうな気もしますが、かわいい美少年でこれが初主演作。アロモドバル作品常連のセシリア・ロスがお母さん役。映画ファン要チェックの映画なのであります。これはカルト化必至と見ました。

『永遠に僕のもの』

(2018/アルゼンチン・スペイン/115分)

監督:ルイス・オルテガ
出演:ロレンソ・フェロ、チノ・ダリン、セシリア・ロス
配給:ギャガ
©2018 CAPITAL INTELECTUAL S.A / UNDERGROUND PRODUCCIONES / EL DESEO
8月16日(金)より渋谷シネクイントほか全国ロードショー
公式サイト

『永遠に僕のもの』を観た人は、こっちも観て!

今回は美少年映画特集。基本中の基本から邦画スターの美少年時代まで厳選しました。しかし異論はおありでしょう。なんでこの人入ってないんですか?というご意見、承ります。知らなかった美少年に出会えるかもしれないし…。

『ホット・サマー・ナイツ』

北半球の美少年、ティモシー・シャラメの新作も8月16日公開に。本作の彼は、ダサい髪型のモテない男子役。「君僕」のティモテを期待しないこと。この変化こそ俳優です。そのさえない少年が地元で有名な不良青年と友だちに…これも青春クライムムービー。
公式サイト

『ベニスに死す』

これね、映画ファンにとって美少年といえば?と言ったら必ず出てくる作品。改めて当時のビョルン・アンドレセンの美しさって神がかっている。ティモテとロレンソ二人分くらいの威力ですわ。美青年てことならヘルムート・バーガーもアラン・ドロンもいるのですけどね。

『共喰い』

日本の若手俳優の美少年時代もご紹介しておきましょう。9月に『タロウのバカ』公開を控える菅田将暉主演作。田中慎弥の芥川賞受賞作を青山真治監督が映画化。暴力的な父親と自分の性衝動に戸惑う少年を熱演。圧倒的な存在感でその後邦画界を席巻したのはご存知の通り。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。出版社を退社後、フリーのライター、編集者に。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿。