GCC拡大版! リュック・ベッソン監督『DOGMAN ドッグマン』を語る 「自由になるにはアーティストになること」
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リュック・ベッソン監督『DOGMAN ドッグマン』を語る
「自由になるにはアーティストになること」
2024.03.04
『DOGMAN ドッグマン』は不思議な魅力のある映画です。
何年も犬たちと閉じ込められるという虐待を生き延びたダグラスは、
犬と自由に意思疎通するドッグマンとなって大勢の犬たちと暮らしています。
表の顔はそっくりさんショーのショーマン、裏の顔は義賊。
街のマフィアと対決することになって…というストーリーなので、
ショーや音楽、バイオレンス・アクション、
そして犬好きな人にはもちろん犬! と見どころが多様。
一体どこからこの映画が生まれたんですか? と、リュック・ベッソン監督に聞いてみました。
Interview & Text_Kyoko Endo
- ―警察犬も手なづけてしまえたら無敵で、ドッグマンはすごいアイディアだと思います。犬を使うアイディアはどこから生まれたんですか。
- ドッグマンのアイディアは新聞記事から生まれた。父親に犬のケージに閉じこめられていた5歳の男の子についての小さな記事だった。4年間も閉じこめられていたんだ。ものすごく驚いた。俺も父親だから、どうしたらそんなことができるのかわからなかった。それが始まりで、それから、その子にどんなことが起こるのか想像し始めたんだ。一体、どんな大人になるんだろうか? 根を切ってしまった木はどんなふうに成長できるのか? この少年が何者かになるのを見せたいというアイディアに夢中になっていたと思う。あらゆるトラウマを背負っていたとしても、彼には選択の機会がある。意地悪にもなれるし復讐もできるが、それを良いことに使いたい。いまみたいにトラブルだらけの時代にはすごく面白いんじゃないかと思った。どれだけ傷つけられたとしても、それを好転できるんだと示すことが。
- ―ポップミュージックが効果的に使われています。ユーリズミックスが流れてきて、そのままアニー・レノックス(のそっくりさん)が出てくるのに驚きました。
- 音楽については、俺は年がら年中映画のことを考えていて、ディナーで友だちと話していて「うんうん」って言ってるけど実は聞いてなくて映画のことを考えてるんだ。車に乗っていて、誰かがユーリズミックスのこの曲をかけた。それで歌詞を聴いていて「オーマイゴッド! 映画にピッタリじゃないか!」と思ったんだ。スクリプトにキャバレーのショーのシーンを書いていて音楽が必要だった。これがぴったりだと思って使ったんだ。
- ―そっくりさんショーのアイディアはどのように生まれたのでしょうか。
- ただ、ダグラスの立場から考えてみただけなんだ。彼はハンディキャップを負っていて、誰も助けてくれる人がいない。可哀想だねというけれど、手を差し伸べはしない。ダグラスはあらゆる仕事をしようとするけれど断られてしまう。彼にハンディキャップがあって半人前だからみんな「ノー」と言う。でもアンダーグラウンドな世界に行ったら…。俺が考えたのは、誰なら彼にイエスと言えるのか? もちろん他人の痛みがわかる人間だ。普通の人とは違っていて、クリエイティブで、彼のようなアーティストなら。それでショーをする人々を登場させた。彼らは彼のハンディキャップなんて気にしない。彼の芸が良ければそれでよくて、そこにはもっと自由がある。セクシュアリティを気にしない人々だけが彼を助けられることを描いたのは楽しかったよ。彼らは普通の人よりずっとオープンなんだ。まあ大抵、貧しい人が貧しい人を助ける。金持ちは自分たちの金を守るだけだよね。
- ―最後の曲、お嬢さんのサティーン・ベッソンの曲も印象的でした。
- ありがとう。
- ―サティーンが生まれたことでご自分に変化はありましたか。つまり、娘を持つことで父親が女性の人権や安全に目覚めることも多いと思うのですが。
- 俺には父親がいなくて母親とおばに育てられたんだよね。男がまったくいなかった。だから俺は感じやすくフェミニンに育ったと思う。娘から影響を受けたかどうかは、確かにそうだけど、息子からも影響を受けてるからね。子どもが多いんだ。
- ―サティーンの音楽を選んだのは、ただ気に入ったからということなのでしょうか。
- 本当のところは、フランスで歌手として活動してる娘がスクリプトを読んで気に入って、「曲を書いてもいいか」って言ってきたんだ。俺は「やってみろよ」と言った。いい曲かどうか聞いてみないと。そこは厳しく選ぶことにしてるんだ。でも彼女は頑張って曲を作ってきた。最初に聞いてみたとき「うわ、映画にぴったりじゃないか」って言ったよ。それで使ったんだ。
- ―女装するダグラスに対して、父・兄・街のギャングはみんな有害な男らしさを体現しているように見えます。ダグラスはそっくりさんショーに出るために女装しているわけですが、男性性を批判している側面もあるんでしょうか。
- 俺たちみんないいところも悪いところも持っているよね。男は欠点だらけだけど、女も同じ(笑)。主人公は車椅子の男だ。男性であっても女性であっても困難な状況だ。車椅子生活では性的な生活は持ちにくいだろう。(ダグラスは)セックスしてないし歩けないし何もできないんだ。だから自由を別の場所で見つけるしかない。それはアーティストになることなんだ。アーティストになったら、コミュニティや家族が必要で、その世界を理解しなくちゃならない。彼は男でもないし、女でもないし、動物でもない。ただ人間だってことなんだ。
- ―だからケイレブをキャスティングしたのですか。性別から自由な存在として?
- いやいや、彼はテキサス出身の男だよ(笑)。彼は俳優で、役を演じているだけなんだ。
- ―ケイレブは『ニトラム/NITRAM』などイノセントな役がよく似合いますし、この映画もイノセントな感じなので、それが決め手になったのかと思いました。
- この役をケイレブ以上にうまく演じられる俳優はいないと思うな。彼はすごい俳優だし、キャスティングできてラッキーだった。初対面では二匹の犬がクンクン相手を嗅ぎ回るみたいな感じだったけど、すごくいいやつで仕事へのアプローチも格別だった。実人生では経験しないような設定だったから5ヶ月間も車椅子で過ごして歌い方も学んでくれた。素晴らしかった。
- ―ダグラスの兄はカルト的なキリスト教信者で、祈るけれども弟のダグラスに対しては全然思いやりがないですよね。このキャラクターには独善的な宗教信者への批判があるのでしょうか。
- 君はアメリカの情勢を知っていると思うけど、アメリカの半分くらいはこういう人がいると思う。すごく怯えていて原理主義的なんだ。そして神の名の下に人を殺せる。一ドル札を見ると、そこに神の名が書いてある(裏面にIN GOD WE TRUST ONE と書いてある)。神のうちにって書いてあるんだ。神の名が金に書いてあるんだよ(笑)。面白いじゃないか。金ってまさしく原理主義的力だ。金はすべてを殺す。しかも神の名の下に。キリストがカラシニコフ銃を持っている画像があるだろう。あれと同じだ。
- ―ということはラストシーンには宗教信者たちへの批判も込められているのでしょうか。
- いやいや、信者たちのことはずっとリスペクトしてきた。俺が嫌いなのは原理主義者たちだ。神の名の下に人殺しをするような連中は、神の言うことなんか聞いていやしないんだ。どんな神も「他人を殺せ」なんて言いはしない。宗教が権力者のアリバイに使われているんだよ。だから批判というよりは…人々に考えてみてほしいと呼びかけているんだ。ただ、考えてみてほしいと。ドッグマンは痛みを知っていて神の言葉を本当に理解していて、痛みがあるのになおもみんなを救おうとしているんだ。ドッグマンの面白いところは、女医が出てくるよね、彼女は映画の間中ずっと彼を助けようとしているけど、最後に彼女を助けるのは彼なんだ。俺はこのエンディングが本当に気に入っているんだ。冒頭で神はすべて助けを求めるものに犬を与えると言っているだろ。そして…。
- ―そしてエヴリンは素晴らしいガードドッグを得るんですね。エヴリン役のジョージョー・T・ギッブスの演技も素晴らしかったです。
- 彼女は素晴らしい俳優だ。それほど有名じゃないけれど、オーディションをして、映像を送ってもらって、テストの段階ですでに完璧だった。台詞を完全に理解していた。ただただ完璧だったんだ。エヴリンとドッグマンの留置所でのシーンはほかの撮影が全部終わってから撮った。それまで彼女はケイレブに会ったことがなかった。彼らを会わせないようにしていたんだ。セットのシークレットミラーは実際にあった。片方の部屋で彼女とリハーサルをして、もう片方の部屋には3台のカメラがあった。じゃあ撮影だとなって、彼女はカメラのある部屋に入ってきてケイレブと初めて会ったんだ。それで彼女は台詞を全部言った。彼女はどう映っているかさえ知らなかっただろう。俺が何も知らせないようにしてたんだから。最初の場面で彼らが本当に初対面だったから、リアルなリアクションが撮れた。そうやって台本9ページ分くらい撮って、撮影後に俺がカットをかけたら、ケイレブが「ハーイ、僕の名前はケイレブだよ」って自己紹介してたんだ。驚きの瞬間だったよ(笑)。
『DOGMAN ドッグマン』
(2023年/フランス/114分)ある夜、警察に赤いドレスを着た男が拘置された。逮捕された際、男は負傷しており、運転していたトラックには無数の犬が乗っていた。男の処遇に困った警察は精神鑑定のため女医のエヴリンを呼ぶ。夜中に駆けつけたエヴリンに、男は静かに語りはじめる。凄まじい虐待を生き延びた経験、犬たちとの暮らし、ショーマンとしての成功、街のマフィアとの死闘を…。
監督:リュック・ベッソン
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョージョー・T・ギッブスほか
配給:クロックワークス
3月8日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー
PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。Instagram @cinema_with_kyoko
Twitter @cinemawithkyoko