GCC拡大版! 大巨匠パク・チャヌク監督がラブストーリー『別れる決心』を撮った理由。
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大巨匠パク・チャヌク監督がラブストーリー『別れる決心』を撮った理由。
2023.02.17
BTSのRMも複数回鑑賞したと言っているそうですが、
『別れる決心』はくりかえし見ても飽きない素晴らしい映画です。
登山中の死亡事故を捜査する刑事は、亡くなった男の中国人の妻に出会う。
しかしその後、彼女の周囲で二度目の殺人が起こり…という物語。
ファム・ファタールが登場するミステリーだと思いきや、二回めに「すごいラブストーリーじゃん!」と気づいてびっくり。
見れば見るほど発見があると思います。撮ったのはパク・チャヌク監督。
復讐三部作の監督、韓流ブームの産みの親で、この作品でもカンヌで監督賞受賞。
そんな映画の神様は、とても柔和で繊細で誠実な方でした。
Text_Kyoko Endo
- ――この俳優のこの表情、こういう仕草が良かったと思うシーン、お気に入りのシーンはどこですか。
- 男性主人公チャン・ヘジュンの場合は、死体安置室で初めて女性主人公ソン・ソレと対面するシーンです。そのときにへジュンをかなりクローズアップで撮っているんですが、長い間彼女をじっと見つめて、そしてぽつりと一言「携帯のロックを外すコードを知りたいんですが」と言います。確かに私はパク・ヘイルさんに「ここはちょっと長めに彼女を見て、それから次の台詞を言ってください」と言ってはいたんですけれども、撮影に入るとすごく長く見つめたままでいるので「ああ台詞を忘れたんだな。そんなに長くもない台詞なのにこんなのを忘れたのか。情けない奴だな」と思っていたら、ちゃんと計算した上での表現だったんです。ソン・ソレでは、後半のイポ警察署の取調室でのシーンです。私はこの映画のなかでもここがいちばん素晴らしいと思っています。刑事のへジュンの質問に答えて自分自身のことを「本当にかわいそうな女」と表現するシーンですが、彼女の表情が悲しくもあり愛らしくもある、素晴らしい演技だったと思います。
- ―タン・ウェイさんとパク・ヘイルさんはふたりとも黒目がちで、目薬を差したりヘッドライトが当たるなどの目を強調するシーンも多かったですね。そこは意図されていたんでしょうか。
- おふたりが黒目がちなのは偶然で、狙ってキャスティングしたわけではないんです。ただ、目を強調したのはその通りで、もともと『霧』という歌からインスピレーションを受けてストーリーを作り始めたんですが、霧のなかにいるとすべてぼやけて見える、それをはっきり見ようとする人のイメージからスタートしてるんです。実際に『霧』の歌詞にも「霧のなかでしっかり目を開けて」というフレーズがあります。すべての始まりがそこだったので、劇中でヘジュンが目薬をしきりに差すところも、しっかり前を見ようという意思の表現です。ソレが頭につけたヘッドライトにへジュンが照らされるシーンはちょっと意図が違っていて、向かい合うと夜であってもどうしてもヘジュンは煌々と照らされてしまう、だから表情を隠せないということになります。 強いライトで照らされたへジュンは気持ちも何もかもすべてあからさまになってしまう。どちらかというとヘジュンは普段は自分の感情を隠したい、ちょっと気弱なところがある人間なんだけれども、ソレという強い光を放つ女性の前では自分の感情を隠すことすら叶わない。すべてを見せていて、何も隠せなくなる、そういったふたりの関係性を表わそうと思いました。
- ―中国人俳優のタン・ウェイさんの韓国語のディレクションについて、どういう指示でキャラクターを作り上げていったんですか。劇中でソレが時代劇を見ることも話し方に影響していたんでしょうか。
- タン・ウェイさんは韓国がまったくできない状態からスタートしました。映画撮影中、俳優が外国語で演技をするとなると、普通はその台詞を音として覚えて演技することになるんですが、タン・ウェイさんの場合は彼女なりのこだわりが――言ってみればちょっと愚直すぎるぐらいのところがあって「私はそれでは納得できない、実際に文法から韓国語を学んで、単語がどういうことを意味するのかちゃんと知りたい。何故ここではこの単語ではなくこっちの単語を使うのかということまで納得したい」というタイプの人でした。そして自分の台詞だけでなく相手の台詞も理解して覚えて演技に臨みたいという。時間もかかるし大変な作業だったと思いますが、そうして臨んでくれました。
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彼女の韓国語はどうしても外国人のイントネーションで発音的にも少し拙いところがあるので誰が聞いても外国人だとわかるんですが、文法は完璧で、おっしゃる通り時代劇から言葉を覚えるので、普通の韓国人が使う言葉よりもむしろ優雅で品のある言葉遣いだったりします。
タン・ウェイさんは先ほど言ったように韓国語を本当に一から学び始めました。それで私は彼女にふたりの先生をつけました。一人は文法をきちんと教えてくれる方、もう一人はご自身も演技ができる方です。どう演じながら言葉を発すればいいかがわかるように。さらに演劇俳優の女性にソレの台詞を私が演技指導した上ですべて録音してもらって、その録音をタン・ウェイさんに渡しました。あとタン・ウェイさんがどうして必要としたのかわからないんですが、監督の声で台詞を言った録音もほしいというので、私は男ではあるんですけれども、彼女が言うべき台詞を録音して、それも渡しました。また相手役の人の声もほしいということなので、パク・ヘイルさんがへジュンの台詞を全部録音してそれも渡して、彼女はずっとそれを聞きながら練習していました。
- ―今回はとくに主演ふたりが感情を抑制しているキャラクターで監督の作品の独特なリズムを強く感じました。このリズムは一体どういう風に生み出されたんでしょうか。脚本の段階から意図されたのか、それとも編集の段階で生まれたものなんでしょうか。
- 当然ながら脚本を書く段階でリズムは決まっていました。いつも脚本家のチョン・ソギョンさんと話し合いながら脚本を書くのですが、今回の作品では露出とか情事の場面とか暴力的なシーンをできるだけ排除し、繊細で微妙で優雅で深みのある映画にしたいと思いました。ただ、それを観客がちゃんと感じられないと意味がないので、抑えながらも見ている人に感じとれるような表現にしたいねと。そのためにも刺激的な表現は避けようということになったわけです。だからこそ俳優の目の動きとか、揺らぎ、微かな表情に映画的な編集、カメラワークなどの技法で表現しようと思いました。ですから「愛している」「I love you」という言葉は一言も発しないラブストーリーを作ってみようと思ったわけです。
- タン・ウェイさんとパク・ヘイルさんには、どういう映画になるかということは最初に説明しました。おふたりとも最初に会った段階ですね。というのも、本作では脚本が全部出来上がったあとに俳優さんに見せて出演してもらうっていうふうにはしたくなかったんです。おふたりに演じてもらいたかったので「まだ脚本はできてませんけど、こういう映画になります」ということをそれぞれ長い時間をかけて説明しました。それでキャスティングもOKになり、脚本ができ上がったとき「監督が初めて会ったときに話してくださったそのままの映画になりましたね」と言ってもらいました。すでにその段階でこの映画はもうある程度でき上がっていましたし、それが最初の説明でちゃんと伝わったんだと思います。
- ―事前に頭のなかにイメージがあったとのことですが、脚本家の方やキャストとディスカッションしながら作品を作っていくなかで、新たに着想を得たことなどはありましたか?
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俳優さんの提案で台詞が変わる部分は現場ではまずありません。というのも、基本的には脚本が完成する前からことあるごとに俳優の方達と沢山話をします。例えば「この画面でどうしてこうなるのか、この感情が理解できない」と言われたら、私はどうしてこうなるのかを説明します。それでも俳優さんが納得できない場合に台詞を外したり変えたりすることはあります。ただし、それは撮影現場に入る前の段階のことで、現場で「じゃあここを変えようか」と変えることはありません。本作に限らずいつもそうしています。
脚本家のチョン・ソギョンさんとは一緒に一つの作品を作っていて、単語一つ一つでも彼女と話し合いながら決めていくので、ふたりの考え方が半分ずつ入っていると思います。ふたりの考えが一つになって脚本に表れています。ですからどこが彼女の提案でっていうのはちょっとわからないぐらいなんですが、最初は山で始まって最後は海で終わりましょうっていうのは彼女の提案ですね。
- ―『別れる決心』はアイデンティティーを捨てるほど女性を愛した男性と、命を捨てるほど男性を愛した女性のすごいラブストーリーだと思うんですが、テーマが復讐から愛に変わったことには監督のどのような心境の変化があったのでしょうか。
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そうですね、私が本作を作った後、記者の皆さんとお話しするときに「いままでもそうであったように、今回もまた新しい愛の映画を作りました」と言ったら皆さん笑ったんですね。でも私は決して、笑わせようと思って冗談を言ったわけではないんです。
復讐劇と言われる『オールド・ボーイ』もやはり愛情というものを描いていますし、それ以外の『渇き』とか『リトル・ドラマー・ガール』にしても、私がいままで作ってきた作品はすべていろんな形で愛情が盛り込まれています。
「愛の映画を作りました」と言うとみんな笑うので「なぜそうなんだろう?」と数年前から考えていました。よくよく考えてみると、やはり暴力やエロティシズムが強すぎるんだろうと。そういう肉体的な部分が強すぎて、内面的な感情とかロマンスの部分を観客はともすると忘れてしまうようだと。だから今回の作品は私が「愛の映画を作った」って言ってもみんなが笑うことのないようにと思い、暴力やセクシャルな表現は抑えました。仮に、次にまた『オールド・ボーイ』みたいな作品を撮ったとしても「パク・チャヌク監督がまた新しい形の愛の映画を作ったんだな」と言ってもらえるようにしたいなと、それを楽しみにしています(笑)。
- ―愛の言葉を言わないけれども愛があることがわかる映画ですが、でもソレの夫たちみたいに愛がわからない人もいますよね。その分かる人と分からない人の違いはどんなことだと監督はお思いになりますか。
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愛というものも、例えば芸術作品とか食べ物とかワインのようにやはり吟味すべきだと思うんですね。何気なく見過ごしてしまってやり過ごしていては、その価値は決して分からないと思います。本当にそこにあることすら気付かないで終わってしまうと思うので、相手のまなざしとか言葉一つ一つに深い関心を持って、言葉どおり吟味する必要があるんじゃないでしょうか。
私も何度も経験したことがあるんですけれども、食事に行ってみんなでおいしいご飯を食べながら、あれこれおしゃべりしながらワインやお酒を楽しんで帰ってくると、その次の日とか2日後に「実はあのときに飲んだワインは百万ウォンしたらしいよ」なんて聞いて「最初に言ってくれればよかったのに! 何も気づかずにそのまま飲んじゃって全然味わえなかった!」なんてことがあるじゃないですか。それと一緒じゃないかなと思います。
- ―前作『お嬢さん』は#MeToo以前の作品ですが、女性の気持ちが描かれていると話題になりました。『お嬢さん』製作後に#MeTooムーブメントでどんどん映画界が変わっていくのをご覧になって、どのように感じられましたか?
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私の場合は『お嬢さん』という作品を作りましたが、原作がフェミニスト的な考え方で、その考え方に共感して感動したのでこれを映画にしようと思ったわけです。
映画のなかでジェンダーをどう扱っているかによって、いま世界がどうなっているのかがすごくわかると思いますね。10年から20年ぐらい前に作られた映画を見れば「ああ、これは昔の映画だな」ってことがすごくよくわかると思います。いくら素晴らしい映画でも、最近だったらこういう作り方をしないだろうなと。それぐらい速い速度で変化が起こっているんでしょう。それが望ましい方向だと思っています。ただ同時に、自分が本当に言いたいこと、映画を通して表現したいことがあるとすれば、もしかするとそのまま作ると攻撃されるのではないか、みんなに批判されたりするのではないかと予想がついても絶対にやりたいんであれば、勇気も必要なんじゃないかと思います。誰もがこれはいいと言うであろうことを追求するのか、あるいは大胆だったり、人に指差されるようなことかもしれないけれども自分はこれを表現したいと思うことを、まず自分の頭のなかで議論して、どうすべきか…ちょっと抑えるのか、勇気を出すのか判断する必要があると思います。
『別れる決心』
(2022/韓国/138分)監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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2月17日(金)より全国ロードショー
公式サイト
PROFILE
遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。Instagram @cinema_with_kyoko
Twitter @cinemawithkyoko