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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #103『ノーヴィス』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #103『ノーヴィス』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#103『ノーヴィス』

2024.10.23

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。今月は『ノーヴィス』です。
『セッション』のサウンド・クリエイターが監督したことも話題で『ブラックスワン』とも並び称されていますが、
それら2作とまったく違うのは、鬼コーチや鬼ママがいないこと。
じゃあなんで主人公はそんなに頑張っちゃうのでしょうか…と考えさせられる作品なのです。

Text_Kyoko Endo

目的指向すぎる女性監督が描く、競争という病

競争があるから健全な市場が生まれると言われていたのに、中小企業を買収しまくった巨大企業が市場を独占しちゃって政治も巨大企業に牛耳られてる昨今ですが、そもそも競争しすぎると大変なことになるんだよ! と競争の本質を描いた映画に注目したいと思います。舞台は大学のボート部。そう、体育会系の世界。

主人公のアレックスは、小柄で細い女の子。しかしものすごい負けず嫌いで、高校時代も侮ってきた男子学生をギャフンと言わせたいためだけに一位を獲って、全米中の学校一位の生徒ばかりが集まるような名門大学に進学してきました。とにかく失敗したくないのでテストもほかの生徒が全員提出を終えて出て行ったあとギリギリまで粘り、そのためにボート部の説明会にも遅刻するような有様です。いつも何にでも粘るので余裕なく走り回っている。諦めが悪いとも言えます。

ボート部では早速、同じ一年なのに体格が良く、奨学金が出るからと勧誘されたと話すジェイミーを意識します。ライバル確定。仮想敵にロックオンです。同じ二軍の仲間やコーチが彼女を褒めるたびに落ち着かない気持ちになるアレックス。コーチは体格差を見て「君は急がなくていい」と言ってくれてるのに、聞くふりだけして全無視。マイペースとか考えられない。調子を崩して自滅しても、まだ努力でなんとかなると思っている引き際を知らぬ女子です。

しかしアレックスはもともと奨学生の資格をバッチリ持っていて、焦る必要は何にもないのです。それなのに奨学金のために頑張るライバルをなんとか出し抜こうとしてばかりいる。2年になって一軍に入れても、今度は体格のいい新人にビビる始末。そんなアレックスは当たり前に孤立していきます。その結果…という物語。別にリーグ優勝とかじゃない、一大学の体育会の中の個人の話なのに、すごくサスペンスフルで引きこまれます。

撮ったのはローレン・ハダウェイ監督。じつはアレックスのモデルです。プレスリリースを見ると、お顔もアレックスに似ていてびっくりなのですが、ハダウェイ監督の目的指向も相当すごい。10代で『キル・ビル』を見て映画監督になりたいと思って大学ではビジネスと映画をダブル専攻。アメリカの大学は専攻1本でも日本よりきついと言われているのにさらにボート部に入って、アレックスみたいな猛練やってはった。

しかしあまりにも名門に入っちゃったので監督になる夢は一旦諦め、音響の授業が楽しかったので音響編集とミキシングの道に。しかし業界に入ったらみんながみんなそんなに優秀でもないことを知って、2016年に一念発起して監督業にチャレンジすべく脚本を書き出し、脚本を業界関係者に売り込むサイトThe Black Listに投稿して2019年に撮り始めて、これが長編デビューという人です。これを作っている間も、音響編集の仕事と掛け持ちで週100時間働いていたという…。昔の自分を俯瞰して映画を撮っても性格は変わらないのがおもしろいですね。

しかしこれ、競争というものの真実というか、競争社会では起こりがちな弊害で、こういう人たまに見かけますよね。というか、そこそこの進学校に行ってた人なら少しは身に覚えがあるかもしれません。成績が良くて真面目な子がやりがちなやつ。ぼっちだからこうなるのではないのです。また、マッチョだからこうなるのでもない。アレックスは女子で、しかもレズビアンの恋人がいるんです。

自分の努力でどこまでいけるのか試したい気持ちと、努力を良しとする社会の風潮があってはじめてこうなる。コーチがやれと言ったからやるのではなく、やめろと言われてもやってしまう。中毒や依存に近いものがあるかも。

たとえば過労死は昭和企業のブラックさという要因だけで起こったわけではないのです。努力を重要視して、健康を軽視するカルチャーだったから、競争第一主義だったから、頑張るタイプの人がどんどん身体を壊して亡くなっていったのです。特攻兵みたいなもんで、そういう生き方がいいとされるからそっちに行くのです。そういう人が増えて社会問題になったから働き方改革がやっと出てきたのですよ。つまり、競争主義社会ではいい子はみんなアレックスになる素養があるのです。

仏教をはじめとする東洋哲学で知足だ、中庸だと「あんまし行き過ぎんなよ」というのには、やっぱり意味があるのです。古くからある文明だから経験則でやりすぎの害がわかっていたわけ。しかし新自由主義の大暴走後、それまでも競争大好きだった人たちが、中庸なんか知らん、とりあえずぶんどれるものはぶんどれ、資源をぶんどったやつが勝ちだという世界にしてしまったのですね。

しかしそんなことをしていたらもう地球がもたないのです。地球がダメになったら火星に行こうなんてハシャイでいたmoronな億万長者もいましたが、そんなことをしたら人類は宇宙のガン細胞みたいになってしまう。いまはもう一人勝ちはNG、協調して誰一人取り残さずやっていこうというインクルーシブな時代になったのです。

ちなみに『ノーヴィス』とは新米、新入り、初心者のこと。アレックスはしなくてもいい競争をして、周囲と自分を比較してひたすら自分を駆り立て、進級して一軍に入ってもマインドは初心者というわけなんですね。努力は確かに美徳ではあるけれど、周囲を蹴落として努力だけするやつがエライと言われた時代は世界でも日本でも終わっているのです。

『ノーヴィス』

監督・脚本・編集:ローレン・ハダウェイ
出演:イザベル・ファーマン、エイミー・フォーサイス、ディロン(2021/アメリカ/97分)
配給:AMGエンタテインメント
11月1日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネリーブル池袋、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
© The Novice, LLC 2021

『ノーヴィス』だけじゃない!そのほかのおすすめ映画

猛暑が終わったと思ったらあっちゅうまに冬ですか? しかし映画館は夏も冬も秋も居心地がいいところです。そしてハリウッドからロシア、パキスタン、パレスチナどころか日本の拘置所まで世界を覗けるすごい場所ですよ。

『グレース』

昨年のカンヌで唯一上映されたロシア映画。辺境の集落を著作権無視の映画上映やサギに近いDVD販売をして回ってなんとか生活している父とその娘。ソ連という国が壊れて地方は廃墟だらけ。ディストピアS Fのような世界でも美しくたくましく成長していくヒロインになぜか勇気づけられる美しい映画です。公開中。

『ジョイランド 私の願い』

アカデミー賞外国語映画賞のショートリストにパキスタンで初めて選出された珠玉作。失業中のハイダルは賎業とされるダンサーの仕事を得るが家族には言えない。ハイダルの妻は本当は外に出て働きたい。家父長制という最悪の習慣や見栄が人間を不幸にする有様が、それでも明るく描かれたすごい作品。公開中。

『拳と祈り』

冤罪大国日本。刑事裁判の有罪率99%は中国とロシア並みで無実でも有罪にする警察と検察の怖さを示す数字です。中でも有名なのが先日無罪が確定した袴田事件です。48年間、死刑囚として拘留された袴田さんと、袴田さんを支え続けた姉のひで子さんのドキュメンタリー。再審期間を合わせて58年間の苦闘が2時間半でわかります。公開中。

『五香宮の猫』

相田和宏監督の観察映画第10弾。どこかしらに猫がフレームインする牛窓。猫のために観光客が集まる一方で、地元では保護猫活動をする人、猫嫌いな人、猫嫌いではないけれど糞害に困惑している人などが共生の道を探る。かわいい猫を見ながら、社会について考えさせられる秀作です。都内公開中。10月25日全国公開。

『ガザからの報告』

世界の諸問題を知るのは苦しいこと。だけど後になって「知りませんでした」とのうのうと言う人にはなりたくないですよね。第一次中東戦争以来80年近く難民生活を続けているパレスチナの人々。30年以上現地に通う監督が撮った、ガザの真実とは。知られるべきドキュメンタリーです。10月26日公開。

『ヴェノム:ザ・ラストダンス』

地球外生命体ヴェノムと共生するエディは今度は警察に指名手配され軍の特殊部隊からも宇宙最凶の敵からも追われる羽目に…。デカくてかわいいトム・ハーディとコミカルなヴェノムはキャラ的に最高の組み合わせ。なのについに完結でこのコンビも見納めになるんでしょうか…。11月1日公開。

『ドゥーム・ジェネレーション デジタル・リマスター版』

ニュー・クィア・フィルムの旗手、グレッグ・アラキの95年の意欲作が劇場公開! エイミーとジョーダンが車でしようとしていたら突然グザヴィエが乗り込んできて…異性愛なのにすごーくクィア。破天荒なストーリーなのに、登場人物も音楽も当時のカルチャーシーンもカッコ良すぎます。11月8日公開。

『動物界』

伝染病のように人間だった人が突然動物になってしまう世界。動物とはあらゆるマイノリティのメタファーでもあるのです。差別による暴力と抵抗を、まったく予想できないストーリーで美しく描いたフランス映画。俳優はもちろん、美術も特撮も世界観もすべてが素晴らしい。11月8日公開。

『ベルナデット』

夫の出世のために尽力したのに、夫が大統領になってからは誰からも見向きもされず孤立してしまった大統領夫人。じゃあ実力見せてやらあ! と反撃する夫人を大女優ドヌーブがコミカルに演じます。保守系大統領夫人が主人公ですが、めっちゃ正しくて楽しいフェミ映画です。11月8日公開。

『本心』

AIがいまより少しだけ発達した近未来。台風のとき突然亡くなった母が「自由死」を選んでいたと知った主人公は、母の人格をA Iで蘇らせますが…格差社会に翻弄されながらも主人公が自分の本当の気持ちに目覚めていく物語。キャスティングも素晴らしい感動作です。11月8日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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