GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#104『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『グラディエーターII』。
初代『グラディエーター』から24年後の続編公開…。
ひと世代前の歴史的超大作ですが登場人物もすっかり世代交代。
IIからいきなり見ても全然大丈夫です!
Text_Kyoko Endo
リドリー・スコット監督のパッション炸裂
まず見どころその1、世代交代した新しいヒーロー、ポール・メスカルです。それを聞けば映画好きな方ほど、「えっ…大丈夫?」と思うはず。だってメスカルの役って『aftersun/アフターサン』の自殺直前の父親役とか、『異人たち』のじつはもう死んでたゲイの美男子とかばっかり。「すぐ殺されそう…」と思ってる人も多いと思います。しかし本作ではトレーニングを積んだ別人のような身体で初代ラッセル・クロウにも負けない戦いを見せてくれますよ。
見どころその2、この数十年で長足の進歩を遂げたSFXを駆使し2000年に作りたかったけど作れなかったローマ時代の剣闘士の戦いを再現。ローマ人てエンタメ大好きだったのね。そして奴隷への人権意識はなかったのね。サイに乗った兵士との戦いとか、コロセウムを海にしちゃって奴隷を船で戦わせた試合を映像化。アクションも殺陣も素晴らしく目が離せません。
見どころその3、スタッフはオタクだらけ、衣装も美術も素晴らしいの一言。史実よりはラファエル前派が描いた歴史モチーフの絵画をヒントに、ローマ貴族のゴージャスな衣食住を絢爛豪華に描き出しています。巨大セットも見応えしかなく、美化&デフォルメされたローマ帝国テーマパークを巡るかのようなおもしろさです。
物語の始まりはアフリカのヌミディアで、いまのアルジェリアあたり。マルクス・アウレリウス帝の没後16年経ったA.D.200年。主人公ハンノは自国を侵略するローマ軍と戦い、弓の名手だった妻を殺されてしまいます。捕まって奴隷となり、剣闘士として売られるハンノ。妻を殺せと命令したアカシウス将軍(ペドロ・パスカル)を深く深く恨んでいて、復讐を誓います。ローマ帝国はゲタとカラカラという青年皇帝が二人で帝位についていて、剣闘士のゲームと美食を楽しみまくっているのですが、暴政と腐敗と疫病で国自体はボロボロという状況です。
ところが、ハンノは初代『グラディエイター』のルキウス少年で、皇位継承争いに巻き込まれないようお母さんが砂漠に逃がした皇帝の孫だったとハンノ自身も後に知るわけです。これはフライヤーにも書いてあるネタバレなのでご容赦ください(というか、フライヤーでネタバレますか、こんな重大事を…とは思いましたが書きました)。ハンノは剣闘士としてどんどん人気者になっていくのですが身バレもし始め、ハンノを買った成り上がり富豪のマクリヌス(デンゼル・ワシントン)も絡んだ権力闘争に巻き込まれていきます。
初代もローマの歴史ではコモドゥスはマルクス・アウレリウス暗殺なんかしてないじゃん!と歴史家に物言いつけられていましたが、今回もちょこっと歴史改変してます。この映画ではゲタとカラカラは『ビーバス・アンド・バットヘッド』のようにと演出されたそうで、とっても仲良しなのですが、現実には生まれたときから不仲だったんです。あと、ハンノがいたヌミディアは当時とっくにローマの属州なんでした。
ツッコむとこはそのほかにもなきにしもあらず(あんな遠くから弓の射手が女ってわかるの?とか、ハンノがルキウスとしての人生を受け入れる心境の変化があんまり描写されてないなど)ではあるのですが、それでもこの映画はやっぱり名作だと思います。リドリー・スコット監督のパッションがすごい。監督はどうも昨今の政治情勢に一言言いたかったのではないか。そう思わせるシーンに結構な尺が使われているのです。
アカシウス将軍と妻(ローマ皇帝の娘のルッシラ&ハンノ/ルキウスの母)との会話で、ローマの腐敗ぶりと暴政についての批判を語らせています。皇帝兄弟は権力者として神聖視されすぎた結果、甘やかされまくって遊びすぎ、カラカラなんて梅毒で頭がイっちゃってる設定なんですよ。『ビーバス〜』というより殺人的『バッドアス』を奴隷にやらせて苦しむのを大笑いして見ているような最高権力者たちなんです。これ、権力の集中と独裁の行き着く先を見せたかったのではないでしょうか。
前作から出演しているルッシラ役のコニー・ニールセンの、プロダクションノートの言葉もかなり政治的です。引用しますと「(彼女は)「『グラディエーター』の永続的な魅力は、公平で公正な社会への願望と、そのために犠牲を払おうとする多くの人々の意思にあると考え「ルッシラは慈悲深い民主主義に憧れている。(中略)ローマを支配したのは、混沌、腐敗、利己主義なのです。」と言っているのですよね。
そして、ハンノ/ルキウスは剣闘士だけど自分から武器を取ろうとはしません。メリケンサックみたいな手甲を渡されてもそれを捨てて素手で戦うし、剣を捨てるシーンも何箇所もあって、戦いそのものを止める場面もあります。ローマからの侵略時も「奴らは人の土地を侵略し、それを平和と呼んでいる」と言っているのです。この台詞、聞いたことある…パレスチナやウクライナの人から…と、ここ2年ほどの記憶が鮮明に蘇ったりもしますが、これだけ大掛かりな作品の準備期間を考えると、もっと普遍的に戦争やめようぜと言いたかったのではないかなと。
でもハンノが皇帝の血を引いてなくてもよかったじゃん、結局権力者の息子じゃん、とパンクロック好きな私としてはやや不満も感じます。ただ、穿ちすぎかもしれませんが、製作陣は一般ウケする血統路線をあえて取ったのかも。なぜなら「この映画は明らかにローマ帝国について描いている。でも、人類が決して教訓を学ばないということでもある。我々は何度も何度も歴史を繰り返しているのだから。」と監督がコメントなさってるんですよ。マッチョな権力者にすがってばかりの人民に、言ってもわかんねーだろうと諦めつつそれでも一言言ってやりたい気持ちが漏れ出るコメントではありませんか。
というわけで、なにしろ監督のパッションがほとばしった超大作。是非、映画館の大スクリーンと大スピーカーでご覧ください。
『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』
監督:リドリー・スコット出演:ポール・メスカル、ペドロ・パスカル、コニー・ニールセン、デンゼル・ワシントン
(2024/アメリカ、イギリス/148分)
配給:東和ピクチャーズ 全国公開中
©2024 PARAMOUNT PICTURES.
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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