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上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #105『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #105『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#105『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』

2024.12.25

お世辞が言えないライターが実際に見ておもしろいと思った映画しか紹介しないコラム。
一年が早い。もう年末です。映画を見ては原稿書いている間に世界は気候危機で災害だらけになり、
それなのにマッチョな人がアメリカ大統領選に再選、またも気候危機を全否定…
というディストピアSFみたいな年でしたな。マチズモが世界を不幸にするよね。
だからこそフェミ映画をガンガン紹介していきたい所存。
師走にこの作品をご紹介できることをうれしく思います。

Text_Kyoko Endo

セックスと女子とマイクロアグレッション

本作はカンヌをはじめとする世界の映画祭で大人気のフェミ映画。48歳まで処女だった主人公の人生が初体験から変わっていく物語です。20代の若い読者さまは「私にとっては先のことだし…」とお思いかもしれませぬが、年はみんな取るし、一年の早さからも想像がつくでしょうけど、かなりあっという間のことですよ。変わらないものなどない。それだけが、唯一絶対の法則なのです。

というわけで話を進めますが、主人公のエテロがブラックベリーを摘みに行き美しい黒つぐみに見惚れていたら、足元の崖が崩れて谷に転落しそうになってしまいます。なんとか這い上がってきますが、いつ死んでもおかしくない人生だと気づいた直後、店に行くと納入業者の男がやってきたのでむらむらと押し倒してしまう。「ついに48歳で処女を失った」と彼女が独白するところでタイトル。

恋愛云々はセックスのあとに始まる。こんなにはっきり女性の性欲をモチーフにした作品は珍しい。女性の性欲を扱う映画は思い出したように出てくるのですが、リアルに感じられる作品は少ないんですよね。解剖学的に当たり前のことなんだからこのようにフラットに描いてほしい。性欲は個人差もありアセクシュアルでも全然いいと思いますが、女性に性欲がないとかいう家父長制主義者の言論ってなんつうの? 童貞くさいってゆーかさあ…個人の感想ですけど、アイドルはうんこしない的なのと同列で時間とデータの無駄以外の何物でもないですよね。

この作品を撮ったのは、ジョージアのエレネ・ナヴェリアニ監督。映画大国ジョージアでは、多くの女性監督が活躍していて彼女もその一人…だったのですが、ジョージアはいまだ家父長制が根強く残っている国でもあって、保守勢力も強く、政治介入を阻止する名目で海外からの映画制作資金流入を制限するようになってしまいました。ナヴェリアニ監督はいまはスイスで映画を制作しているようです。

監督はCineEuropa.orgのインタビューで「なぜセクシュアリティが自由のシンボルなんですか」という問いに「こうした(家父長制)社会では、ある年齢の女性のセクシュアリティはまるで存在しないかのように扱われてしまう。女性は年齢とともに美しさまでも失われてしまうかのように扱われる。(中略)主人公は「私にとって必要なことだわ」と考えて自分を取り戻す。ここにスポットライトを当てたかったのです」と答えています。

エテロは雑貨店を経営しながら一人で暮らしています。甲斐性のある女性ですが、保守的な村の女性の中ではむしろ浮いてしまう、というか、ネタにされてしまう。何もない村で女性たちはケーキを食べるくらいしか楽しみがないのでゴシップが人気コンテンツ、独身者はアウトサイダーとして格好の標的になってしまうのです。

監督は「エテロは独身でいることで家父長社会の厳しい伝統に反抗している」ともはっきり語っているんですよね。結婚した村の女性たちがどう見ても幸せそうには見えないので、強権的な兄と父の世話という大きな理由もありつつ、結婚を回避したエテロを、女性たちは「結婚できなかった可哀想な女性」と見下げることでなんとか自分たちのプライドを保っているのです。

だから面と向かっての悪口雑言もすごいが、マイクロアグレッションもすごい。マイクロアグレッションとはマイクロ=小さな&アグレッション=攻撃のこと。たとえば「いいお嫁さんになるわね」や「子どもは産まないの?」にもしあなたがイラッとするなら、それはイラつくあなたが正しいですよ。悪意はないと言われても、そうした言葉は言われた側にとっては攻撃なのです。この映画で言えば、「あなたを心配しているのよ」を枕詞に発せられる容姿へのディスや暮らし方への批判の数々がそれ。女性の生き方って結婚→子育て→孫育て→死だけじゃないんだってば。

エテロがかなりふっくらした体型なのもこの映画の大事なところです。エテロは眉も太くて、ルノワールというよりは村山槐多がモデルにしそうな力強い感じ。エテロはとても個性的で魅力的。そこには、監督のどんな体型でもみんな魅力的なんだよ、という思いが入っているんです。

エテロはカフェでミルクたっぷりコーヒーとナポレオンパイを食べたりするのですが、そんな憩いのひとときですら「そんなに太っていたら結婚は無理だ」とわざわざ店員に伝えさせるおっさんが出てきます。店員も店員だ。マンスプどころかヘイトなのですがジョージアのジェンダーギャップ指数は69位で日本の118位よりはるかに上…。日本でも地方に行ったら同じようなことが起こっているのかしら(怖)。

しかしそんなジョージアの田舎の村にいながら、若い女性の意識はもう全然変わっています。エテロの友だちの娘は髪を青く染めて自由と愛を歌うラップを聴き、母に悪魔と言われていると不敵に笑ったりしています。誰もがスマホを持つ時代、情報にフタはできないのです。ジェンダーギャップや環境の数値もすぐわかり、情報リテラシーを身につけてさえいれば誤魔化されることはありません。経済力があり、若い世代とも交流できるエテロは、たぶん何が起こっても幸福に生きていけるはず。ほろ苦さもありつつ、希望を感じられる作品です。

『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』

監督:エレネ・ナヴェリアニ
出演:エカ・チャヴレイシュヴィリ、テミコ・チチナゼ(2023/ジョージア、スイス/110分)
配給:パンドラ
2025年1月3日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺他にて順次公開
© – 2023 – ALVA FILM PRODUCTION SARL – TAKES FILM LLC

『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』だけじゃない!今月のおすすめ映画

おいしいもののためには銀座から立石まで移動するガール読者の皆さまが見たい映画は「おもしろい映画」一択なはず。ディズニーの超実写作品からミニシアターのドキュメンタリーまで年末も横断的にご紹介します。

『太陽と桃の歌』

かつて地主の生命を救ったことから自由に使わせてもらっていた土地で果樹の世話をして幸福に暮らしてきた桃農家。しかし地主が亡くなった途端に地主の息子が家族に土地を開け渡せと通告してきて…女性監督が描く農業版ダニエル・ブレイクのような感動作。公開中

『キノ・ライカ』

フィンランドのカルッキアは自然も豊かですが、映画監督アキ・カウリスマキをはじめとしてハリウッド生まれのモデルや恋人を追って居着いた日本人など個性豊かな人々が暮らしています。そんな街にカウリスマキが映画館を開館。手作り感あふれる現場や人々を描くドキュメンタリー。公開中

『お坊さまと鉄砲』

アメリカの銃コレクターは南北戦争に使われた貴重な銃をブータンで見つける。しかしその銃は高僧に譲られることになり…ブータンの初選挙を背景に描かれるコメディ。こんな銃の使い方があったのか、戦争反対を伝えるこんなやり方があったのか!と爽快な驚きの連続です。公開中

『ヘヴィ・トリップⅡ/俺たち北欧メタル危機一発!』

ど田舎コピーバンドだったインペイルド・レクタムはオリジナル曲で注目を集めた結果収監されたが脱獄してドイツのメタルフェス、ヴァッケンに辿り着く。背後にはもちろん追手が。というあらすじですが、愛すべき野郎どものやらかしに大笑いしてほっこりする楽しい映画です。公開中

『ライオン・キング:ムファサ』

字幕版の声優がやたら豪華でキャスト二度見しました。マッツにビヨンセにチャイルディッシュ・ガンビーノ。『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督作で、悪役の背景が描かれ切ないです。思いやりからついても嘘は遺憾ですよ。前日譚なので前作を見ていなくても楽しめます。公開中

『私の想う国』

『チリの闘い』のパトリシオ・グスマン監督による、新たな社会運動をとらえたドキュメンタリー。政治的な先導なく、自分たちの困窮をどうにかしたいと立ち上がる学生や女性たちが熱い。戦争、増税に指くわえて見てるだけの日本人はちょっとおとなしすぎるかもですね。公開中

『大きな家』

戦災孤児がいたころからシスターたちが営んできた都内の児童養護施設のドキュメンタリー。小さい子どもの目線で構えられたカメラ、日常の美しさを巧みに掬い取った映像が際立ちます。子どもが可哀想じゃないところがとてもよく、施設を運営する人々の思いやりと子どもたちの成長が感動的です。公開中

『苦悩のリスト』

米軍撤退後、アフガニスタンに残っていれば殺される芸術家をなんとか国外に逃れさせたい…ハナ・マフマルバフ監督が緊迫感に満ちた瞬間を切り取ったドキュメンタリー。父、モフセン監督がイスラエルで融和を模索する人々を描く『子どもたちはもう遊ばない』も同時に12月28日公開です

『ブルースの魂』

渋すぎ、なんて言わないで。レジェンドたちの証言とニューヨークのハーレムに暮らす若い夫婦の物語を組み合わせたユニークなドキュメンタリー。ブルースがどういう音楽なのか、ものすごくよくわかります。ロックやラップファンも必見。というか、必聴! 12月28日公開

『カルキ2898-AD』

マッドマックスみたいな世界にコブラみたいな賞金稼ぎの主人公…と既視感だらけなのに滅法おもしろいインドSF巨編。どれくらい巨編かというと2D上映版で168分なのに主人公が覚醒するのは開始153分…すべてが規格外の世界。是非、年始からあっけに取られてください。1月3日公開

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

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