上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #109『クィア/QUEER』
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #109『クィア/QUEER』 上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。   #109『クィア/QUEER』

GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#109『クィア/QUEER』

2025.04.23

実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『クィア』。ビート文学の代表者というか
ファウンダーであるウィリアム・バロウズの小説を、あのルカ・グァダニーノ監督がA24で映画化。
人によっては全ワードで鼻血出しそうな組み合わせで、
サブカル大好きガールフイナムとしては取り上げないわけにいかないのです。

Text: Kyoko Endo

彼史上最高にかわいいダニエル・クレイグ!

御年57歳、6代目ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグをかわいいと言ってもピンとこない女子も多いかと思いますが、この映画のダニエル・クレイグはやたらかわいい。そのかわいさの秘密に迫ります。

クレイグが演じるのは原作者ウィリアム・バロウズの分身、リー。母国にいられなくなってメキシコに流れ着いた一人暮らしのアメリカ人中年男性で、毎夜ゲイがたむろする馴染みのバーで飲んだくれています。ゲイなのにマッチョで女性っぽいゲイを嫌っていて、友人は少ない。言葉を交わす相手はいるし男娼を買ったりしているものの、恋人もいず、孤独な日常を過ごしています。

そんなリーの前にアラートンが現れます。戦後軍務を離れて学生としてメキシコにやってきた美青年。原作では初登場のシーンでこんなふうに描かれています。以下引用「背が高く、とても痩せていて、頬骨高く、小さな明るい茶色の口で、琥珀色の目は酔うとほんのり紫に染まる。金茶色の髪は、いいかげんな染め仕事をされたみたいに、日光でまだらに白くなっていた。まっすぐな黒い眉毛で、黒いまつげだった。とても若く、清潔で少年ぽく、だが同時に化粧したようで、繊細で、エキゾティック、東洋風というあいまいな顔だった。」この後にまだ描写が続くけど引用終わり。

素面と酔ったときの目の色の違いまで見ている…。かようにアラートンにメロメロなリーなんですが、ゲイの自分を受け入れてもらえるかどうかわからない。とにかく近づきたくて必死で、なんとかして会いたくて、アラートンの行動に合わせてアラームをかけたりする。目が合ってにっこりされただけで舞い上がっちゃう。もういじらしくてキュンキュンしますな。

また、それをグァダニーノが美しく撮っている。冒頭、ユダヤ人青年と別れて店を出てくるクレイグを街路樹のジャカランダの花越しに撮ったりしてるんですよ。バロウズの直筆原稿やタイプライターを背景に作ったクレジットからすでに熱意を感じさせます。

同じバロウズ原作映画でもクローネンバーグの『裸のランチ』はまがまがしい感じだったのに、グァダニーノは悪夢のシーンさえも綺麗。映像美は素晴らしくて、おっさんが暗闇でクスリをやってタバコを吸いながらビールを飲んだりするしょぼくれたシーンでさえ、背景をバイオレットに人物を夕焼け色にして美しく撮ってしまう。アヤワスカでトリップするシーンはコンテンポラリーダンスです。

さらにグァダニーノはこれまで彼の作品では見られなかったような映像表現もやっています。クレイグの顔にザッピングをかけたり、原作の「想像の手が強烈な力で伸びた。」とか「映画館の暗闇で、リーの身体がアラートンに向かって引かれるのが感じられた」というシーンを映像化しているの(予告編を見て!)。ベタではあるのですが、コクトーの映画を見ていても気持ちは彼にくっつきたいんだなあというのがすごくよくわかるんです。そんなこんなで実際いたらウザいはずのクレイグがじつにかわいく見えてくるのです。

バロウズの原作『クィア』は、88年にペヨトル工房から『おかま』というタイトルで出ていて、試写が回り始めた当初は絶版だったのですが、いまは河出文庫刊で無事、書店店頭に並んでおります。バロウズは絵画のコラージュのように既成の文章をつなぎ合わせるカットアップ手法を生み出した作家として、いまとなってはアメリカ文学史の人なわけですが、実際にはそんなに読まれていない。でも有名。

なんでかというと、小説が発禁になったり本人がドラッグ中毒だったり奥さんをウィリアム・テルごっこで殺しちゃったりしたアウトローな生き様で、80年代に彼に憧れるニック・ケイヴやトム・ウェイツなどミュージシャンとのコラボでサブカルのアイコンになったから。本作と同日公開の彼自身のドキュメンタリー『バロウズ』に出てくるのがパティ・スミスやフランシス・ベーコンというアイコン度です。

本作ではニルヴァーナの曲がカバーも含めて2曲使われていますが、カート・コバーンもバロウズのファンだったんです。グァダニーノがこれまでにない映像表現を入れてきたのは、やっぱり実験的作家としてのバロウズへの敬意なんじゃないかと思われます。

そんなバロウズですが、私自身は正直ちょっと苦手でした。奥さんを殺した逸話にはドン引いたし、アイコンとしてもなんか軽薄だし、当時のテック会社創業者一族の甘やかされたボンボンで、言ってることはマッチョでピストル大好きだし、右翼だし。こうやって嫌いなところを書き出しているとまるでテスラのあのお方のようではないですか…。

しかしいろいろ調べてみたら、なんかバロウズのマッチョは偽装だったっぽいです。最初の奥さんはナチス政権下のドイツを逃れたユダヤ人で、アメリカのビザを取らせるために結婚したみたい。殺しちゃった二番目の奥さんとは、彼女がベンゼドリン中毒(と言っても当時はこれもペインキラー的に薬局で買えたという)で前夫に離婚されて子供の養育権を失いそうだったときに結婚したというし、どうも情にほだされる人らしかった。

奥さん射殺の件も、麻薬を断とうとしてセックス中毒のゲイになっちゃったバロウズと奥さんが不仲になり、売り言葉に買い言葉的な悪ふざけ中に起こったことのようです。その罪悪感と孤独をバロウズはずっと背負っていて、それをこの小説の序文にも書いている。つまり、バロウズがマッチョな殻から弱くて柔らかい部分をうっかりさらけ出したのがこの原作というわけですね。原作文庫版の“訳者あとがき”で柳下毅一郎さんが「辛くせつないゲイの恋愛小説」と喝破していらっしゃるのだけれど、そのせつなさをさらに凝縮したのがこの映画なんです。

あと、グァダニーノ監督は過去に『君の名前で僕を呼んで』でティモシー・シャラメの美しさを国際社会に知らしめたお方。今回もドリュー・スターキーの魅力を全開で見せつけてきます。レジェンドの文学×愛くるしいベテラン×若手美男を是非スクリーンでご覧ください。

『クィア/QUEER』

監督:ルカ・グァダニーノ 出演:ダニエル・クレイグ、ドリュー・スターキー(2024/イタリア・アメリカ/137分)配給:ギャガ
5月9日(金)新宿ピカデリー他にて全国ロードショー
©2024 The Apartment S.r.l., FremantleMedia North America, Inc., Frenesy Film Company S.r.l.

『クィア/QUEER』だけじゃない!そのほかのおすすめ映画

GWを控えて巨匠の傑作選や隠れた名作特集がごりごり劇場公開に。アカデミー賞ノミネート作にカラックスの新作、さらには昨年末SNSを騒がせた『トレンケ・ラウケン』の全国ロードショーと質量ともに大変な名画鑑賞推進月間です。

シンシン/SING SING

アカデミー賞主演男優賞・脚色賞・歌曲賞ノミネート。刑務所の更生プログラムの演劇ワークショップ参加者を描いた人間ドラマ。外出する機会を得たいために参加したはずが演劇の魅力に引き込まれていく収監者たち。犯罪を生む環境や犯罪者の処遇についても考えさせられる感動的な作品。公開中

アブラハム渓谷「完全版」

1908年生まれで2014年まで作品を発表していた人生=ほぼ映画史なマヌエル・ド・オリヴェイラ監督の没後10年特集上映が公開中。なかでも『アブラハム渓谷』は、才気あふれた美少女が中流階級に押しこめられた鬱屈から静かに狂っていくフロベールの『ボヴァリー夫人』を翻案した名作です。

ここではないどこかで

米議会図書館の保存作品としてセレクトされながら日本では劇場未公開だったアメリカ黒人映画傑作選が5月1日まで公開中。本作は、黒人女性が監督した史上初の長編映画。哲学教授のサラは画家の夫の独断で郊外でのバカンスに付き合うことに…知識人階級女性の抑圧を描いているところも先駆的な珠玉作です。

メイデン

いつも一緒にいた友だちがある日突然いなくなってしまう…リアルとファンタジーを彷徨しつつティーンの存在の不安を描くストーリーですが、むしろ映像の美しさを味わっていただきたいのです。タギングの単語が浮かび上がるタイトルから目を奪われる美しい映画です。公開中

カップルズ

エドワード・ヤンの名作が4Kレストアで公開中。90年代の台北を舞台に、悪どく儲けてきた実業家の息子や、女性をおもちゃのように扱って逆に同じ目に遭うジゴロや、ピュアな青年が織りなす群像劇。母国で食い詰め一発逆転を狙った外国人が集まる租界のような街はいまの港区みたいかも。

異端者の家

高齢化してハンサム俳優でいることをやめてから、むしろノリに乗っているヒュー・グラントが『クワイエット・プレイス』の監督たちと生み出した新たなヴィランがおもしろすぎ、また宗教の本質を突いたA24のサスペンス。伏線だらけで一瞬たりとも目が離せません。4月25日公開

ミステリアス・スキン

8歳で性的虐待を受けたブライアンはその記憶を失い宇宙人にアブダクトされたのではないかと思い悩むが、同じ加害者に出会ったニールはそれを愛だと思ってしまう…こんな残酷な話を衝撃的に美しく描いたグレッグ・アラキの力作。シガー・ロスやスロウダイヴ、コクトー・ツインズの音楽も素晴らしい。4月25日公開

青春―苦―

検閲を回避してヨーロッパで活動する中国出身のドキュメンタリスト、王兵。彼が中国の衣服工場を撮影した『青春』は以前ご紹介しましたが、第二部と第三部『青春―帰―』がともに4月26日公開に。ファッション業界にいる人にこそ見ていただきたい末端加工業者の苦難。新自由主義化した新興国のヤバさがここに。

トレンケ・ラウケン

一昨年カイエ・デュ・シネマ1位になったアルゼンチン映画が満を持して全国公開。女性研究者の突然の失踪、物語はフェミからS Fとあらゆる要素に満ちて…Part 1とPart 2合わせて260分、長い旅に連れて行かれて知らない場所に放り出されたような驚きがありますよ。ラウラ・シタレラ監督特集と同時に4月26日公開

IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー

ポンピドゥーセンターで展覧会を開催するはずだったレオス・カラックスが、結局実現しなかった展覧会の代わりに作り出した42分の映像コラージュ。ゴダールの遺作もコラージュでしたがゴダールと比べるとかなりエモいです。永遠に脳裏に残るドゥニ・ラヴァンの美しい疾走をもう一度。4月26日公開

女性ゲリラ、フアナの闘い ―ボリビア独立秘史―

先住民の視点に立ったボリビアの映画制作集団の特集上映が4月26日に開始。美しい民族音楽と民族衣装、力強い思想を背景にした名作群を劇場で見るチャンス。本作は、夫を喪いながら独立を勝ち取ったものの独立後の政府から先住民差別で冷遇され不遇のまま亡くなった実在の女性運動家を描いた力作です。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
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