上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。 #110『サブスタンス』
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GIRLS’ CINEMA CLUB

上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#110『サブスタンス』

2025.05.21

実際に見ておもしろかった映画しか公開しないコラム。
今年のアカデミー賞中継で司会者のコナン・オブライエンがデミ・ムーアの背中から出てきたの、なんで?
と思った方はこの映画を見れば納得がいくでしょう。
オスカーではメイクアップ&ヘアスタイリングの受賞にとどまりましたが、
カンヌでは脚本賞を受賞、世界各地の映画祭での主演女優賞や作品賞ノミネート数も凄まじく、早くから話題になっていました。

Interview & Text_Kyoko Endo

阿鼻叫喚後のカタルシスがすごい

人気女優エリザベス・スパークルのウォーク・オブ・フェイムの敷石がつくられ、本人が忘れられるに従ってその敷石が古びていく映像から物語が始まります。いまではエアロビクス番組しか持っていないエリザベス(デミ・ムーア)ですが、50歳の誕生日を迎えて、若い女性=商品だと思っているようなプロデューサー(デニス・クエイド)に番組を降ろされてしまいます。帰り道、自分が出ている商品広告が取り払われている現場をたまたま目撃してショックを受けているところに車が突っ込んできて、エリザベスは病院へ。

軽傷で済んだものの落ち込みからは救われないエリザベスに、若い男性看護師がUSBを渡してきます。そこで知ったのが“サブスタンス”。注射すれば“より良い自分”が現れるという薬品でした。迷ったけれど、やっぱり使ってしまうエリザベス。するとコナン・オブライエンのように(彼が真似したのですが)現れるのがスー(マーガレット・クアリー)で、エリザベスと精神を共有しながら、エリザベスのエクササイズの後番組に応募してすっかり人気者に。別の人格としてエリザベスが失った人生を取り戻します。しかし母体であるエリザベスと分身であるスーが健康を保つには、1週間で交代するなど一定のルールを守る必要があったのです…。

幼いころグリムやペローの童話に親しんだ方はもうお察しのことと思いますが、これは童話と同じように、悪魔や魔法使いと取引して願いを叶えてもらえたのに、やりすぎて失敗する人の物語なのです。だから物語の予想がつくかは問題ではなく、何かヒドいことが起きることは最初からわかっていて、それがどれくらいドイヒーなのかが醍醐味という類の映画ですね。

主要登場人物はみんな肉体美と欲望に取り憑かれたお馬鹿さん。でも、この物語がフェミ的な視点から描かれているのも特筆すべきところで、若さと美への渇望、そう感じざるを得ないように女性たちを駆り立てる男性(≒社会)からの圧力、そうした男性社会の視点を内在化させてしまう女性という多層的な問題が描き出されています。

あのババアをいつまで使うんだというようなことを平気で言い、女性アシスタントの名前を覚える気もないプロデューサーは典型的な女性差別者なのですが、このテレビ局自体が女子トイレが故障してばかりいて、株主は全員爺さんというような会社です。エリザベスはほかの生き方を知らないので、せっかく若返ってもわざわざそんなヒドい場所に戻ってしまう。そもそも体制順応型で男性目線で自分を見てしまっているので、不当な仕打ちに抗議もしません。この男性目線の内在化がいちばんの問題です。

おっさん目線で自分をジャッジするエリザベスは、若さと美貌がなくなればアイデンティティの拠りどころも失ってしまいます。名前も覚えていなかった元同級生と偶然再会して、その彼が変わらぬ美貌を誉めてくれたとて自分自身はそれを信じきれない。格下だと思っていた彼に電話するほど弱っても、自分とスーを見比べてしまうと着飾って出かける気にはなれず引きこもってしまうのです。元同級生の男なんか、どうせ目も悪くなってるし思い出の幻想の延長線上に彼女を美化して見ているんだから、自分の老いなんて気にしなきゃいいのに、エリザベスは気にする。

電車の中で、若いお嬢さんが必死でお化粧しているのをいまだに見かけますが、そんな至近距離からジャッジする人はあなただけです。化粧なんか、だいたい1メートルくらいの距離で小綺麗に見えりゃいいのです。必死でお化粧するお嬢さんたちのように、エリザベスも美しくあることが強迫観念になってしまっているのです。また彼女には「大丈夫だから出かけなよ」と言ってくれる家族もいない。独り頑張ってきたのに、彼女になんの見返りも与えていない業界の苛酷さも浮き彫りになっています。

脚本&監督はフランス人のコラリー・ファルジャ。公式インタビューで、前作『リベンジ』を40歳で撮った後、歳を取ることに非常な不安を感じてその理由を考え始めたことがきっかけで、この脚本を書き始めたと述べています。「周りを見渡すと、目に入る全てが、「君の体形は完璧じゃない」と外見に対する不安を煽っているように感じました。 振り返ると、若い頃は完璧なお尻や胸じゃないと感じたり、人からの注目を欲しがったり、体重を気にし過ぎたりしていました。そして 年を取ると今度は急にシワや老化が気になってくる。つまり、女性は人生の各段階で常に、「自分は完璧じゃない、何か問題がある」と感じざるを得なかった」と。

ゴールデングローブ賞作品賞受賞時のコメントでは、そうした傾向がSNSで若い人たちにさらに極端になっていると憂慮していて、そんな価値観を吹っ飛ばすためにこの映画を撮ったと宣言なさっていました。まさに、そんな強迫観念に陥りそうなとき我に返らせてくれる映画だと思います。あなたの価値を決めるのはあなた。他人に決めさせるととんでもないことになるよという教訓的な映画なんです。

そんなファルジャ監督、絵作りのセンスも抜群にいいです! 監督が描いたストーリーボードに従って接写で撮られた画像は、SNSで近視眼的になっている私たちへの警告のよう。SFXも素晴らしくて、スーの誕生シーンには15日かかったそうです。YouTubeのMUBIチャンネルにメイキングが上がっているので、映画を見た後是非ご覧ください。

撮影監督は『プロミシング・ヤング・ウーマン』のベンジャミン・クラクンで、俳優にヘルメットカムをつけさせたり、ハンドカムを持たせたりもして、観客が自分の目で見ているかのような映像を創り上げました。スマホで配信を見ても絶対インパクトがあるはずの映像ですが、是非これはスクリーンで見ていただきたいですね。

『サブスタンス』

監督:コラリー・ファルジャ
出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド(2024/イギリス・フランス/142分)
配給:ギャガ
全国ロードショー公開中
©2024 UNIVERSAL STUDIOS

『サブスタンス』だけじゃない!そのほかのおすすめ映画

昨日の気温は23度、今日は急に30度という日にこの原稿チェックしており、木曜はたぶん雨。こんなに変わりやすい天気でも、映画館に入ってしまえば目の前には映画の世界が広がるのみですよ。先月ご紹介した『クィア/QUEER』もお忘れなく!

新世紀ロマンティクス

90年代から作品を発表している中国の巨匠ジャ・ジャンクー監督。作品には中国が資本主義化し新自由主義化した過程がありありと映されてきました。本作はゼロ年代から撮っていた過去の作品を使用し激変を生き抜いた女性を描いているのでビジネス女子必見。もう男を待つなんてやめやめ!と態度で示す主人公に感動。公開中。

リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界

『シビル・ウォー』主人公のモデルにもなった女性報道写真家リー・ミラーをケイト・ウィンスレットが熱演。言われたことを大人しく聞いているだけではスクープなんて取れないのだということを身をもって示す先駆者リー。彼女は極端かも知れないけど私たちはちょっと見習った方がいいかも。公開中。

ガール・ウィズ・ニードル

第一次大戦後のデンマーク、夫が出征して行方知れずになったカロリーネは工場主と交際して妊娠したが捨てられてしまう。そんなカロリーネを助けてくれたのは赤ん坊を斡旋するという女性だったのですが…。実際に起こった連続殺人事件を元にした重厚なドラマです。公開中。

能登デモクラシー

日本の地方政治のヤバさがわかるドキュメンタリーを撮ってきた五百旗頭幸男監督の新作。金銭授受に近いことが平常運転で行われていたり、昭和か!と驚くことばかり。でも手書き新聞で民主主義を問う滝井さんご夫妻の姿に希望が。こういう映画見てリアリティチェックしてから選挙に行ってほしい。公開中。金沢では5月24日公開。

無名の人生

正直言って絵や技術は拙いところもある。しかしそれを補って余りあるストーリーテリングのおもしろさ! いじめられっ子だった少年が伝説的な男性アイドルのビデオを見たことから芸能界へ。という物語が最終的には地球規模のSFに。この監督は天才だと思いますよ。公開中。

ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング

もはや伝統芸能みたいな超大作エンタメですが、今回は核兵器なんてどうせ使えないし悪用されるだけだということをハリウッドが改めて伝えたという点でエポックメーキングな作品になりました。そして、未来少年コナンみたいなことを実写でやっちゃうトムはやっぱり偉大。デートで見たら楽しそうです。5月23日公開。

デビルズ・バス

夫が自覚していないゲイで待ち望んでいた子どもができず、うつ状態に陥ったアグネスが引き起こしてしまったこととは…。魔女狩り以外にもあった女性受難のキリスト教黒歴史を描いた、ハッキリ言ってトラウマ映画です。が、それを絵画みたいな美しい映像で描いちゃう才能…。5月23日公開。

ポルトガルの鬼才、ペドロ・コスタ監督の代表作を劇場で見られるチャンス。必見の作品群のなかでもこの長編デビュー作を是非。印象的な音楽、イネス・デ・メデイロスの健気なかわいらしさ、影が美しいから光がより美しく見える陰翳の素晴らしさにやられちゃってください。5月24日公開。

テルマがゆく!

孫かわいさにオレオレ詐欺に騙されちゃった93歳のテルマ。落ちこんだのも束の間、孫と一緒に見た『ミッション:インポッシブル』を思い出して、自ら犯人捜索に乗り出し…刺繍のタイトルバックからもうかわいい、おばあちゃんの大冒険。何歳になろうとこのオプティミズム。お手本にしたい。6月6日公開。

MaXXXine マキシーン

『X』『Pearl』と続いてきた物語が完結。ついにハリウッドにやってきたマキシーン。時代はもう85年になっていて、下積みのポルノ女優だった彼女にやっとチャンスが巡ってきますが…『サイコ』のセットやグレタ・ガーウィグ似の女性監督などカルチャー要素たっぷりな背景も楽しい。6月6日公開。

PROFILE

遠藤 京子

東京都出身。
出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。

Instagram @ cinema_with_kyoko
Twitter @ cinemawithkyoko
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