

GIRLS’ CINEMA CLUB
上映映画をもっと知りたい! 語りたい倶楽部。
#114『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』
実際に見ておもしろかった映画しか紹介しないコラム。
今回ご紹介するのは『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』。
自分の利益しか考えてこなかった億万長者が、
目先の利益だけを追う生き方に疑問を抱くクリスマス・キャロル的な物語ですが、
撮ったのがウェス・アンダーソン。
とても楽しい映画なうえ、美しいセット、かわいい小道具、
豪華キャストでほぼすべてが見どころなんです。
Interview & Text: Kyoko Endo
新自由主義をハッピーに批判するウェス・アンダーソン
ハリウッド業界内幕コメディ『ザ・スタジオ』でも「彼が撮ってくれたら…」的に憧れられているカルチャー界のアイコン、ウェス・アンダーソン。ミニチュア細工のような美しく繊細なセットに豪華キャスト、なのにドタバタコメディやシュールなギャグが頻発する親しみやすさが特徴で、作品を発表するたび注目を浴びる存在。今回の作品は中でも傑作なので、その傑作ぶりをお伝えしたいと思います。

主人公ザ・ザ・コルダ(英語ではジャージャーと言っている。SWのジャージャー・ビンクスを思い出します)は、冷酷な億万長者。飛行機で移動中、突然飛行機が爆破され秘書の上半身が吹き飛ぶシーンから物語が始まります。100ドル札が舞い散る中、冷静にパイロット席に行くザ・ザ。「だから言ったじゃないですか!」と強引に離陸させた雇用主に抗議するパイロットに馘を告げ、脱出ボタンを押して機外に追い出し、自分で飛行機を緊急着陸させます。ザ・ザを演じるのはベニチオ・デル・トロ。

時代は1950年、バルカン上空。1950年といえば第二次世界大戦が終わって、かつて大国の植民地だった国々のほとんどが独立したものの、まだ借金を背負わされたりしている大変な時期。いまもですか。そんな世界で、詐欺まがいのビジネスや価格操作や関税逃れで各国政府までも敵に回したザ・ザ。これが6回目の暗殺のニュースで、彼がどんな人物かを観客に伝えてくれます。アバンタイトルの段階で情報量が多い。真俯瞰で撮られただだっぴろいバスルームで5人くらいの看護婦に入れ替わり立ち替わり世話を焼かれる描写で、ザ・ザの富豪ぶりとわがままぶりも見せつけます。

暗殺未遂も6回に及んで、ビジネスの後継を考えるザ・ザは6年間修道院に預けっぱなしだった娘のリーズルを呼び戻します。見習い修道女でアイデンティティの元になっているのは信仰。だから、奴隷制や貧困に加担する父の魂の堕落を止めたい。愛がない実家にいるより、すべてが規則正しくオーガナイズされた修道院に帰りたいけれど、自分のモラルのために父のビジネスを助けることにします。

このリーズルを演じるのはミア・スレアプレトン。ケイト・ウィンスレットの娘さんで、骨太な存在感があってストイックな佇まい。悪く言えば無愛想でふてぶてしいんだけどそこがいいんですよね。昔のアメリカ映画にいるヒロイン像を完璧に裏切っていて、ワーキャー言わないし何があっても冷静なところが最高。億万長者の娘だったら媚を売る必要もないし、こういう感じなのリアルです。

清貧な修道生活を愛するリーズルですがかわいいものは大好きで、父がプレゼントしてくる宝石でできたロザリオやコーンパイプを気に入ってしまい、修道院長から戻ってくるなと言われてしまいます。このロザリオが、カルティエの作品。コーンパイプはダンヒル。札束を入れたリュックをデザインしたのはプラダ、短剣はアーティストのハルミ・クロソフスカ…と、眩い小道具だらけ。
セットにはリアルにルノワールやマグリットの名画が飾られています。ウェス・アンダーソンにはみんな絡みたい。ザ・ザが「いい絵を買うな 名画を買え」と言うような俗物だからでもあるのですが、まあ実際、金を持つとコレクターにはなります。美術館が立つほど集めた石油王も現実にいますし。さらにセットの重厚さも名画と小道具に負けてはいない。ベルイマン映画みたいなモノクロームの天国から1930年代のハリウッド黄金期ばりの煌びやかなホテルまで凝りに凝ってます。

やたらとバスケが上手いブライアン・クランストンやコメディアンのような早口のジェフリー・ライトなどゴージャスなキャストを惜しげもなく使った小ネタやシュールなギャグを散りばめつつ、最近のウェスの作品の中では珍しくしっかりと社会批判的要素が入ってきたのも見どころ。

暴利を貪りたかったザ・ザでしたが「奴隷制はやっぱりダメですか」と天国の神(コメディの神ビル・マーレイが演じてる!)に聞いて「地獄行きだ!」とダメ出しされ、さすがに改心。家族もの大好きなウェス・アンダーソンらしい、娘によって変わる父親像とも言えるのですが、やっぱりこれは新自由主義経済への批判でしょう。ベネディクト・カンバーバッチが演じるのは過去にザ・ザが一緒に毒ガスを作って戦争で大儲けした従兄弟なんですが、その末路にも批判がこめられています。

あと、監督の盟友の脚本家のリチャード・アイオアディがチェ・ゲバラそっくりな革命家に扮して大活躍しているんです。監督本人が語った「ブニュエルに影響されて」という以上に共産主義ゲリラたちの存在感が際立ってクールです。
つまり、かわいいものと名画と豪華なセットと豪華キャストを使って、拝金主義から自由になる主人公を描いたラヴリーな作品。是非スクリーンでご覧ください。これまじでテレビ画面でも小さすぎると思う。スマホだとディテールはわかんなくなるかもと思いますよ。

『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』
監督・脚本:ウェス・アンダーソン出演:ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、ベネディクト・カンバーバッチ(2025/アメリカ・ドイツ/102分)
配給:パルコ ユニバーサル映画
全国ロードショー公開中
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遠藤 京子
東京都出身。出版社を退社後、映画ライターに。『EYESCREAM』、『RiCE』、『BANGER!!!』に寄稿。
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